33話:初めてのお客さんです
テーセの街についてから七日目。
私は店の魔法陣から一つの金属製の杯を持ち上げた。
「ついにできた、慰杯!」
慰杯の作り方は二つ。
慰杯にする金属の杯を用意して直接必要な素材を使って呪文と儀式で魔法をかける。
もう一つは金属杯自体に必要な呪文を打刻し、魔力源となる魔石を癒着。
魔法陣を設置した専用の水槽と薬効を煮溶かした水に三日つけて打刻した呪文を発動させたら出来上がりだ。
「施設への呪文の籠め直しは金属杯用の型押し機と水槽。行程は違うけど基本原理は同じだから、これができれば呪文の籠め直しも上手くいくはず」
これで会頭さんの依頼に一つは応えられる。
そう頷く私の背後でコンコン『自動書記ペン』が机を叩いてた。
嫌な予感を覚えつつ振り返ると、そこにはまた文字の書かれたメモ用紙が。
「…………Bプラス、中の上ならいいでしょ?」
ペンが文句を言うように机の上で飛び跳ねる。
本当にどんな原理で動いてるんだろう。
「どっちにしてもすぐにはできないよ。クライスが店に残してた慰杯に使える金属杯、これだけなんだもん」
他はすでにクライスが慰杯にしてたあと。
どうやらこの店でも少量慰杯を売っていたようだ。
だからまず慰杯の元になる薬草から薬効を取り出す練習をしたり、魔石という無機物に薬効を移す練習をしたりして確実に成功するという確証を持って慰杯を作った。
「ともかくこれを商業ギルドまで持って行って、会頭さんに見てもらうの。駄目だったら慰杯に使える金属杯お願いするから」
さすがに材料がないとどうしようもない。
それがわかったのかペンは大人しくなった。
いや、ふてくされたようにビューロに戻って行ってる。
「ペンなのに感情豊かだなぁ」
その様子を見ながら私は片づけを始めた。
薬効を出すために使ったすり鉢や皿を洗ったり、広げていた魔法陣を片づけたり。
軽く掃き掃除もする。
「さて、これで…………え!?」
突然店のドアが外からノックされた。
その音に驚いたのは私だけでなく、すねていた『自動書記ペン』もビューロから机に移動して様子を窺ってる。
「お、お客さん? え、まだ七日だよ?」
するともう一度ノックの音がして、ペンに後ろから押された。
まるで早く応じろと言わんばかりに。
「うぅ、そうだよね。断るにしても居留守は良くない。よ、よし」
けどちょっと深呼吸させて。
「…………はい、どうぞ」
返事をすると外で驚くような声があがった。
え? お客じゃないの?
ここ店だよ?
「失礼する」
そう言ってドアが開く。
入って来たのは冒険者風の三人組。
印象としてはこぎれいで若い。
私がダンジョン帰りの冒険者しか近くで見てないせいかもしれないけど。
「…………呪文作りの、ラスペンケルで、間違いないかな?」
そう声をかけて来たのは先頭の少年。
長い髪を背に一つに結び、片腕と胸を覆う軽鎧をつけてる。
剣は背中で、本来は剣を下げるだろう腰の剣帯には精緻な装飾がされていた。
それなりに使い込んだ装備の割に猛々しさは感じない。
どころか清廉そうな雰囲気があった。
「間違いはないですが、私はクライスの双子のエイダと言います」
「や、やっぱり別人か」
「すみません、クライスはいつ戻るかわからないので、私が留守番に」
やっぱりクライスの客さん?
少年の後ろには年頃の近い赤い巻毛の少女と、額宛てをした少年が顔を見合わせてる。
武装から少女は魔法使い、少年は戦斧使いかな?
「必要素材は集めてもらうことになりますが、一度依頼されてる方なら、呪文の籠め直しはできるかと」
呪文には使用回数に制限がある。
物品の劣化もあるけど、込める魔力に限度があるせいだ。
だから魔法使い以外の使用者は、媒体に籠めた魔力がなくなると使えない。
それを呪文の籠め直しでまた使えるようにする。
それがこの呪文店の仕事。
「私はクライスほどの腕はないのでほどほどになりますが」
「いや、彼には、一度依頼を断られた」
「え?」
髪の長い少年は魔法使いの少女に後ろからつつかれる。
「私たち、まだ名乗っていないわよ」
「あ、そうだね。すまない。僕はサキア」
サキアが迷う様子で一度口を閉じる。
すると額宛ての少年がさらにつついた。
「そこも言っておかないとだろ」
「そうだよね」
何か訳あり?
「僕たちは隣国からこのテーセダンジョン攻略のため招かれた、勇者だ」
…………はい?
えっと、聞き間違い…………じゃないみたいだね。
「勇者って、あの勇者?」
「勇者に複数の意味なんてないと思うけど? 私はルイーゼ。家名は省略させてもらうわ。けど隣国ではそれなりに名の通ってる魔導士よ」
うわ、貴族って初めて見た。
その若さで魔法使いの中でも実力と功績が合って名乗れる魔導士ってすごい。
けどよく見ればルイーゼが背中に負う杖は荘厳で、名のある業物とわかる。
「珍獣みたいなものだからな、勇者なんて。俺はヘルマン。隣国では一応騎士爵の家に生まれてるけど勇者と一緒にいる冒険者とでも思ってくれ」
ヘルマンは気さくに片手を上げて名乗った。
けど、こっちも貴族の子息ってことだよね。
え、私喋ってて平気?
「そんなに緊張しないでほしい、エイダ。なんだか、勇者と聞いて即座に『帰れ』といったクライスとはずいぶん違うね」
「まぁ、一応は魔女の血筋なので。勇者に襲われたなんて話、いくらでも」
「襲われた? あぁ、まぁ、あなたたちからすればそういう認識になるのね」
私の言葉にルイーゼが驚きつつ理解してくれた。
確かに世間一般では勇者が邪悪な魔女を退治したと言う話になる。
けど邪悪じゃない魔女なんていないと突っ込んでくる人間の話にも事欠かない。
「なぁ、魔女の家系って本当に魔王に与するのか?」
ヘルマンが興味津々で聞くのも良くある話だ。
「ずいぶん昔の先祖はそうだったらしいよ。ただ、ラスペンケルは違います。魔王と袂を別ってこの国に根付いたから。それに、魔女の秘術が魔王に与えられた邪術って言うのも違う。魔女の術は魔王に下る前から引き継いで来た秘術だよ」
「そうか。知らないことが多いな。うん、少し話を聞いてもらえないかな?」
勇者であるというサキアは、困ったようにそうお願いして来た。
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