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32話:甘味は美味しいです

 目の前には事前に用意されていた白いお皿。

 並べられるのはクッキーとパンの中間のようなスコーン。

 そして甘い香りを放つハチミツやジャム。

 お茶も甘い香りのフレーバーティらしく、息をするだけで疲れた気持ちが緩んでしまう。


「あまり資金に余裕がないので現物とこれでどうか」

「いいんですか!?」


 思わず聞き返した。

 蜂蜜じゃないダンジョン産ハチミツでも、甘味であることに変わりはない。


 そんな私の反応に、一緒に席についたトビアスがスコーンをお皿に取ってくれる。


「全て教会で作っている物ですから、こちらとしては足りないと言われるかと思っていましたよ。クライスはお茶する時間さえ勿体ないと言いますし」

「あと素材のまま渡してくれと言っていたな。教会で作って売ったパンを触媒に転用して呪い耐性をつけられるアイテムにしたりしていた」


 ダニエルの言葉を肯定するように、司祭さんも笑って話す。


「パンをどんな作り方をしてるのか、と聞かれて困ってしまいましたね。バザー用に全て敷地内で育てた材料を使っていただけなので」

「司祭さまが魔術ギルドに持ち込んで変な顔をされたとおっしゃっていましたね。けれど今ではギルド内に小さな畑が作られ魔力を浴びせて触媒を育てられるかの研究がされてるとか」


 お茶を入れてくれながら、ワンダまで予想外の後日談を語った。


「クライス、こんなに美味しそうなのに食べないで触媒にしちゃったの? というか、これ全部教会で?」

「ハチミツはダンジョンで手に入れた物ですけれど。こちらのジャムは周辺にしかない珍しい品種の林檎で、修道院で育てているんですよ」

「ジャム以外にもお酒にしているので主力の品なんです。そちらも何かの触媒になるとクライスが手伝いの対価に求めてきましたね」


 司祭さん、それは不信心だと怒るところでは?


「地方の教会で自給自足とか、小麦と交換するために蝋燭を作ったり、絵の具を作ったりって聞いたことはあるんですけど」

「えぇ、それと同じことです。実は林檎はテーセ村の特産品で、ダンジョンができるまでは林檎から造った酒を主な産品としていたそうです。ですが、ダンジョンができて魔物の被害で林檎畑は壊滅。修道院の壁の中にあった果樹のみが残ったのだとか」


 トビアスの言葉で、防具屋兄妹の叔父ヴィクターさんが言っていたことを思い出す。

 草原はダンジョンができるまで畑だったと。

 もしかしたら林檎畑だったのかもしれない。


「わ、美味しい。甘いけど程よい酸味。それに香りがすごく強い!」

「実のほとんどはお酒にしてしまうのですけれど、私はジャムのほうが好きですよ」


 ワンダもスコーンにジャムを塗りながら笑顔を向けてくれる。

 同じようにスコーンを食べて、ダニエルが思い出したように教えてくれた。


「毎年行われる祭の時のバザーで露店を出してパンと一緒に売るんだ。それ以外でも林檎製品は商業ギルドに卸してる」

「お祭?」

「時期が近くなったら商業ギルドから連絡があるでしょう。クライスも去年そう言っていました」


 トビアスは露店をしていて見ていないらしい。

 お茶を飲んだ司祭さんも、クライスから聞いたことを教えてくれる。


「特別売る物も思いつかないと言ってましたね。その時期は確かダンジョンの素材を集めることを熱心にしていたので、準備に時間をかけるよりもと参加を見送ったのでしょう」


 そっか、確かに何を売るか考えないと出すだけ無駄になる。

 露店だと店で呪文を込めてほしいと言われるのとは形態が違うんだろう。


 慰杯も商業ギルドを通して売ってたみたいだし、薬や魔法の道具はすでにある店と被るからわざわざ露店を出す意味も薄い。


「あ、そう言えばあの霊草って」

「はい、お渡ししますよ。採れた分の三分の一でいいですか?」


 司祭さんがお茶のお代わりを入れてくれつつそう答える。


「ありがとうございます。えっと、実はそれ貰っても用途が私わからないので。このジャム貰えたらなって」


 正直気に入った。

 これってソースにしても美味しそう。


「クライスの留守を担うなら使い方を調べて試しに作ってみることも必要でしょう。ジャムもひと瓶なら用立てますよ」


 そう言ってくれた。


 スコーンを飲み込んだトビアスが隣のダニエルに聞く。


「そう言えばクライスは何に使っていたんでしょう?」

「確か保存液か何かだったと聞いたな。ダンジョンに行った時に持っていた」

「私は他に回復魔法を込める触媒と聞きましたよ。それもダンジョンで見せてもらいました」


 何かに使えるのは確からしい、というか思ったんだけど。


「三人はクライスと一緒にダンジョンも行ってるの?」

「懸念はよくわかりますよ、エイダくん」


 司祭さんが優しい笑顔で頷くけど、わかってるなら止めるべきなんじゃ?


「ですが、テーセのダンジョンは特殊でして。ダンジョンは何処も経験されたことはないのでしたね?」


 司祭さんの確認に頷くだけなのは、口の中にハチミツをかけたスコーンを入れた直後だから。


 そして戦いの後のお茶会の話題としてトビアスたちもダンジョンについて教えてくれた。


「まず弱い個体からとても新人では相手にできないような強力な個体があまり深度に関係なく現われるんだ」

「ダンジョンになじみがないなら深度も知らないでしょう。深度とはダンジョンを生み出す元となったダンジョン核に近いほど深くなり、また個体も強くなるのです」


 ダニエルの言葉をトビアスが補足する。


 ダンジョンは強い魔力を帯びた何かしらが核となって生まれる魔物の生じる場所。

 それは長く魔力を溜めた天然石、強力な魔物、外法によって生じた瘴気などさまざまだが、必ずダンジョンが発生した原因があり、それを核と呼ぶそうだ。


「ですがテーセのダンジョンは今のところ核が確認されていないんです。それに強力な個体もバラバラで深度の設定も難しいと聞いています」


 そう特徴を上げるワンダに続いて、司祭さんもダンジョンについて話す。


「さらにはダンジョンの進む方向で出て来る魔物も全く違い、エリアごとに相いれない特徴を持っているのです」


 例えば炎熱に満たされた洞窟、例えば氷雪に沈んだ地底湖。

 それらが一つのダンジョンに混在しているのだそうだ。

 しかも強い個体がそれぞれのエリアにいるけれど、どの個体も核ではないらしい。


「その多様なエリアの中に、屍霊系の魔物しか現れないところがあるんです。そこでは彼らは、無人の野を行くがごとく進めまして」

「あ、なるほど。自分に相性のいい場所を選べばダンジョンでも危険じゃないと」


 私の言葉に三人はやる気を見せる。


「いつまでも助祭(仮)では司祭さまのお役には立てません。ダンジョンの一角を浄化し尽して少しでも認められるようにならなければ」

「正直、聖騎士見習いならまだしも聖騎士(仮)なんて名乗れないんだ。手柄を立てて、この名称を何とかしたい」

「ダンジョン研究家の方にも、エリア一帯を浄化し尽した場合の検証をお願いされていますし、これも人々の安寧のためです」

「ダンジョン研究家?」


 ワンダの言葉を聞き返すと、司祭さんが苦笑した。


「まだ会ったことはない、訳がないですね。メンシェルが組んでいるパーティのことです」


 あ、研究家パーティってそれか。


「今までにない形のダンジョンであることがわかったのは最近なんです。それでも強力な個体が核でないならさらに深いところに核があるはずだと言われています」


 聞けばこのテーセの街を領有する伯爵家から招かれた立派な先生らしい。

 らしいんだけど、私の脳裏には『奇人変人しかいない』というクライスの書き込みしか浮かばない。


 詳しく聞くべきかどうか。

 迷いながら、私は香り良いお茶に穏やかな息を吐くことになった。


隔日更新

次回:初めてのお客さんです

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