29話:東門ではないそうです
司祭さんと別れて私は改めてトビアスたちと合流した。
場所は外壁に穿たれた扉。
東門かと思ったけどそうではないらしい。
「かつて計画された東門は衛兵の詰め所も置かれる予定でしたから、教会の外です。ここは通用門でして、私たち以外はお墓に参拝する方が使われます」
ワンダがおっとりとした口調で教えてくれる。
けど修道服を着たその手には草刈鎌。
背中には身長と同じくらいの長杖を背負ってる。
「東門ではないのはわかった。けど通用門なんて軽い言葉の割に鉄製の扉一枚どんとあるけど?」
「聞いた話だと、元から村の東にある森からはモンスターが迷い出て来ることがあったらしい。人が住まなくなったらその分出て来ても間引かれないからな」
危険性を語るダニエルの手にも草刈鎌が握られてた。
恰好は胸当てや剣帯をして魔物が出た時に備えてる。
「依頼をしてクライスに手伝ってもらっていたのですが…………エイダ、あなた本当に大丈夫ですか?」
やっぱり草刈鎌を持ってるトビアスが私を心配してる。
修道服のベルトに杖を挿してるからこっちも魔法職のようだ。
私は着の身着のまま借りた草刈鎌のみ。
杖さえない。
だって街の外に出るとは思わってなかったから持ってきてないんだよ。
「言ったとおり素手でも魔法は使えるから大丈夫、たぶん」
「やはり私かトビアスの杖を貸しましょうか?」
「いや、慣れない得物を握っても調子が乱れるというエイダの言い分も一理ある」
ワンダの申し出にダニエルが首を横に振った。
言わないけど、実際私には合わないんだよね。
何せ二人は聖職者。
その職に合うように整備された杖はアイシクルスライムの杖ほどに偏った性能だった。
たぶん聖職者が使うには強力なんだろう。
けど浄化なんかしたことのない私には癖が強すぎて使えない。
「慣れてなかったりよくわかってない杖を使うと、魔法が真後ろに飛んでしまうんで」
「それは、危険ですね。もしダニエルが対処できない魔物が出てきたら撤退をしましょう」
お墓の草とりで大袈裟、なんて言えない。
近くにはダンジョンがあり、元から魔物の住む森がある。
そして何十年もある墓場がある。
これだけ条件が揃っていれば『出る』んだろう。
「念のために聞くけど、日中はさすがにないよね?」
私の懸念に三人は揃って頷いてくれた。
「「「もちろん、出る」」」
「出るんだぁ」
「当たり前です。相手は霊の魔物です。死者の霊ではなく、魔物なのですよ」
トビアスが強調する。
どうやら魔物なら夜だとか昼だとかは関係ないらしい。
続けてダニエルも教えてくれる。
「だから特別なものじゃない限り防具も意味ないが、魔法は剣より効くからクライスに協力を頼んでたんだ」
「聖属性の魔法を使えなくてもクライスさんは上手くお墓を壊さず攻撃できたので助かっていたんです」
ワンダに言われて気づく。
「そっか、そういうのも気にしないといけないのか」
そう考えると細かな制御に杖は必要だ。
撤退覚悟なら墓石を壊さないことを重点的に気をつけよう。
それでだめなら一度戻って杖を持って来なくちゃ。
「屍霊のモンスターの面倒なところは場に現れることだ。その場が維持される限り季節も時間も関係なく湧く」
ダニエルが説明しながら通用門を開いた。
簡単に木の柵で囲われている墓地の向こうに森が広がっているのが見える。
あまり人が入っていないことを示すように膝丈の雑草が目立った。
「時間をかけずに手早く終わらせましょう。雑草と一緒に刈り取った霊草は壁の向こうに戻ってから選別します」
トビアスの指示に頷いて、私たちは通用門から外へと踏み出す。
「では左から行きましょう」
ワンダが率先して草刈鎌を構えて動く。
早く終わらせることは大事だけど、バラバラになると魔物が出て来た時に対応できない。
だから四人で固まって一定範囲を除草。
その後移動してまた一定範囲を除草。
移動ごとに見張りに立つ者を交代で務めるというやり方だ。
「このお墓の家族に手伝ってもらうことはしないの?」
「死者の月ならそういうこともありますが、これは日々の務めですから」
トビアスが言うのは、死者を敬い弔うと定められた月のこと。
死者の月ならそういう催しとして人を集めることがあるけど今は定期的な管理の一環として自分たちだけでやるそうだ。
だから何がなんでも今日除草を終わらせる必要はない。
そして管理するからには墓地という特殊な場所にしか生えない貴重な素材、霊草を採集しても誰に文句も言われない。
「霊草分けてもらえるのはいいんだけど、教会ではどうするの? というか、どうしてここって霊草が生えるの? テーセ村の時から?」
「いえ、ダンジョンができてから、この墓地には霊草が生えるようになったらしいと聞いていますよ。本来は千年も守られた墓所に生じると聞きますね」
ワンダは草を刈る手を止めず答えてくれたけど、新たな疑問が浮かぶ。
「それなりに距離があるのにどうしてここで生えるんだろう?」
「霊草自体は安定して濃い魔力のある場所であることと霊がいることが条件なのだそうだ。あと、あのダンジョンは地下があるので土を伝って影響が及んだのではないかとも言われてる」
「霊草を聖水につけて薬効を溶け出すようにすることで、とても安全な麻痺毒になるのです」
「それ本当に安全なの?」
ダニエルの後に霊草の使い方を教えてくれたトビアスに、つい疑うように聞いてしまった。
それに対してダニエルが首を傾げる。
「言い方が違うんだったかな? 麻酔? とかいう一時的に痛みを失くして眠ったような状態にする。その間に治療するための薬になるそうだ」
「あぁ、確かに眠りの魔法って一つ間違うと二度目覚めなくなるとか聞くしね」
「おとぎ話にその手の霊薬についてはよくあると思いますが」
トビアスが扇形の霊草らしい葉を見下ろして言った。
「あぁ、不幸なお姫さまを長く眠らせて運命の相手が現われるのを待つって確かにおとぎ話だよね。普通、魔法でそんなことしようとしても絶対目が覚めないよ。確実に運命の相手が現われる前に死ぬし、生きてても体ぼろぼろだよ」
正直あれは寝ていることが魔法としてすごいんじゃないと思う。
そのまま生かし続けて眠る前の状態を保つことがすごいんだ。
そこには魔法として不老や完全回復などの高度な技が必要になる。
だからたぶん麻酔の材料になる霊草のすごさとは違うんじゃない?
「そう言われましても、我が教会の大きな資金源なんですが」
「別に効能を疑ってるわけじゃないよ。うん、体になんの異常もなく治療して目覚められるならすごい薬なのはわかった」
困惑するトビアスにそこは肯定すると、なんだか照れたように頬を染めた。
「うふふ、その麻酔作りはトビアスの仕事なので、嬉しいんですよ」
「ワンダ!」
「うふふふふ」
責めるように呼ぶトビアスに、ワンダは草刈鎌を振るい続けて笑うだけ。
もちろんそんな話をしてるトビアスの手は止まることなく雑草を刈り取る。
私は一人墓石に絡みついた蔦と格闘中だ。
「エイダ、それ以上引っ張ると墓石が倒れる。細かく切ってから」
そう言って見張りのダニエルが寄って来た。
そして二人同時に、不自然に地面から盛り上がった土の動きを見ることになる。
「今…………」
「エイダ下がれ! トビアス、ワンダ!」
ダニエルの呼び声だけで草刈鎌から杖を握る二人。
私はまたパーティの連携の速さを目の当たりにすることになった。
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