28話:嘘はないそうです
「すまないね、エイダくん」
司祭さんが本当に申し訳なさそうに言った。
そしてトビアスは不思議そうに司祭さんを見上げる。
「言ってあっただろう? クライスの双子が店の留守を預かると」
「双子…………こんなにそっくりなんですか?」
「男女の双子は似ないと私も思ってたんだけど、自分の経験が常識ではないからね。それに双子でもないのによく似た兄弟も聞く話だろう?」
どうやらトビアスという少年は落ち着いてくれたようだ。
「初めまして。エイダ・ラスペンケルです」
気を取り直して自己紹介。
なのにトビアスは理解できない物を見たような顔をした。
酷くない?
けどこれもクライスの対応のせいかな。
「クライスが迷惑をかけてしまって、すみません」
「やめてください。クライスの顔で素直に謝られるなんて気持ち悪い」
「トビアス」
片手を挙げて拒否したトビアス。
司祭さんが叱る調子で名前を呼ぶとまた直立不動になった。
「すみません、エイダくん。トビアスはちょっと真っ直ぐすぎる性格でして」
「はぁ…………」
「ほら、トビアス。名乗られたならなんと返すべきですか? そこを忘れてはあなたもクライスを非難できませんよ」
「僕はテーセ教会助祭(仮)のトビアス。女性に声をあげるなど非礼極まりない対応は心より謝罪します。ただ、クライスへの言葉は撤回しません」
これは一応謝られたのかな?
それと、また(仮)?
というか本当に真っ直ぐというかなんというか。
そこにワンダが戻って来る。
後ろには昨日話をしたダニエルがいた。
「お呼びですか、司祭さま。あ、君は…………!」
「ダニエル、昨日はありがとう」
「あれから大丈夫だったのか?」
「うん、ちょっと腕試しに課題を出されて、今日もまた行ったんだけど褒められた後に叱られた」
「そうか。その腕試しに危険なことは?」
「ないない」
ほっとするダニエルは本当に私を心配してくれていたのだとわかる。
いい人そうだけど、薬屋でのぐだぐだを思い出すとちょっと笑ってしまう。
そんな私たちをトビアスとワンダが不思議そう眺めていた。
「いったい何処でエイダに会ったんです、ダニエル?」
「昨日は教会の外へは出ていなかったはずでは?」
「不思議ですねー」
最後に司祭さんがわざとらしく相槌を打つ。
ダニエルが薬屋に行ったことわかってて言ってる。
というか、私がダニエルと薬屋で会ったことを把握した上でここまで連れて来たのに。
けどそんな司祭さんの悪戯を、ダニエルは慌ててるのか気づかないようだ。
「えっと、それは…………! その…………!」
昨日忠告を貰ったし、ここは私が誤魔化そう。
「まだ街に慣れてないので少しお話を聞かせてもらったんです。お蔭で助かりました」
何処で会ったとも詳しくは言わず、助けられたことだけを伝える。
その上で、私は話題を変えることにした。
「今日は薬屋さんで司祭さんと会って、簡単なお仕事を手伝ってほしいと言われたんですが?」
「司祭さま、何故薬屋に?」
今度はダニエルが素直に疑問を向けた。
「怪我なら私が治療いたしますよ?」
ワンダも心配そうに司祭さんを見上げる。
怪我の可能性にトビアスが目を瞠って声を上げようとするのを司祭さんは察知したようだ。
すぐに笑顔を取り繕って、私が投げかけた話題に乗る。
「クライスの代わりに手伝ってほしいことがあるんです。まずは説明のためにもこんな所で立ち話もなんです。こちらへ」
うーん、切り返しが早い。
「三人は作業途中でしょうから、手が空いたら来てください」
「「「はい」」」
何か仕事の途中だったようだ。
申し訳ない。
私は司祭さんに案内されて教会の聖堂とは別の建物へと移動した。
どうやら会館のようなもので、応接室がある。
「どうぞ、三人もすぐ来るでしょう。それまでに少しこの教会の来歴について話しをさせてください」
私はちょっと気になって辺りを見回す。
「あぁ、他の者ならいませんよ。私たち四人がこの教会を維持する人員です」
「え!? ここだいぶ広いですよね?」
壁沿いに歩いただけでもわかる広さだ。
建物も大きく、どう見ても五十人はゆうに暮らせる。
「何から話しましょうか。そうですね、この街がテーセ村という農村が元になっていることは知っていますか?」
「最初に来た日に衛兵のロディに聞かせてもらいました」
「えぇ、そして先ほども言ったとおりここはテーセが街になる時に、村から位置はそのまま取り込まれました。テーセ女子修道院というのは国内でも由緒ある修道院でしてね」
どうやらここは独立した教会ではなく、修道院に付随する聖堂を街の教会として整備したものらしい。
「ダンジョンが発見されて危険度が増し、女子修道院でしたから修道女が怯えて人が減ったそうです。そしてテーセ村がなくなる際に全ての修道女が離れてしまいました」
「こんなに立派になったのにですか?」
「そこがまた面倒な話しでして。街の規模に見合った教会を作りたい者と、伝統ある修道院を存続させたい者と。けれどどちらも自らダンジョン近いこの街に赴任することを嫌がるという碌でもないことになりまして」
「いいんですか、そういうこと言って?」
「神は偽りなき人の心を喜びますから」
嘘を吐くことは悪いこととは確かに教会で教えることだけど。
なんだかこの人が言うと詭弁にしか聞こえないなぁ。
「なので私が来ました」
「どうしてそうなるんですか?」
「眠気と戦いながら説法するより楽しそうだったので」
「本当に偽らないんですね」
「こうした言動、他では許されないので私としてはテーセに骨を埋める気なのですよ」
私では、司祭さんの言葉が嘘かどうかわからない。
話半分に聞いたほうがよさそうだ。
「それでまぁ、少々困った役を押しつけられてしまったのがあの真面目な若い三人でして」
「トビアスたちは本人の意思ではなく?」
「いいえ。三人とも自ら志願して。ですが、一本気な彼らの性格をわかっていて押しつけた者がいないとも言えないんですよ」
若すぎる助祭のトビアス、一人しかいない修道院の院長ワンダ、だったらダニエルは?
「もしかしてダニエルにも(仮)つくんですか?」
「ご名答。彼は魔物跋扈するテーセにて神の家を守る聖騎士(仮)に任命されています」
「…………(仮)って必要ですか?」
「階級のある組織ですから。慣例に則った地位につけさせられないけれど、慣例に合致した者が赴任したがらなかったので、新たな名称を投げやりにひねり出したのでしょう」
この司祭さんはぶっちゃけすぎじゃないかな?
もしかして私を異教徒だと思ってるから何言ってもいいとか?
「司祭と助祭、修道院長とダンジョン街が近いので聖騎士一名。最低限体裁だけは整っているように聞こえる人員です。私たちしか手がない理由はわかっていただけましたか?」
「はい、それは」
「それでですね、教会につきものの施設が聖堂や修道院以外にあるんですが」
「つきもの?」
「墓地です。実は壁の向こうに旧テーセ村の墓地があるんですよ。仕事はそこの草むしりです」
長々と話した割に、思ったより普通の仕事?
いや、そうでもないか。
「つまり、壁の中に入れられなかった曰くのある墓地に行ってほしいと」
「察しが良いのはクライスと一緒で助かりますねぇ。もちろんこちらで用意できるだけの報酬はお約束しますよ」
司祭さんはにこりと笑った。
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