26話:薬屋にて
司祭のティモニウスがエイダというラスペンケルの魔女を連れて行った。
「そっちも客じゃないならもう帰ってほしいものなのだがね?」
店に面した二階への階段に潜んでた私らにメンシェルが面倒そうに声をかける。
「だったらあんたが上がって来な。私らはあんたを訪ねて来た客だよ」
長い付き合いでそう答えるけど、一緒にいたヤーヴォンはドワーフのような見た目で臆病そうに肩を竦めた。
「いつも思うがよくもそれだけ尊大に振る舞えるもんだな、ヘクセア」
「全くだ。そろそろ態度を改めてくれてもいいと思うんだがね、ヘクセアさん」
文句を言いながら私に応じてメンシェルは二階へやって来た。
ここはメンシェルの家の居間兼食堂。
パーティを組む生活力のないメンバーがたかりに来ることもあるので広いダイニングテーブルが目につく。
ただそれ以外は簡素で、家具はあるが必要な物だけ。
飾り棚や絵画の類はなく実用一辺倒で正直面白みがないもんだ。
「メンシェル、君にしては随分とお上品な対応だったじゃないか。どうしたんだい?」
マールも比較的おとなしく、メンシェルに声をかけた。
二人は一流と言える職人で、相手が冒険者だろうが役人だろうが追い返す処世術もある。
けどこのメンシェルは害はないがひたすら厄介だと知ってるんだ。
「慎重で繊細、計画性を愛し、些細な綻びが大局を動かすという先見に秀でた我らの商業ギルド会頭の訓示をいただいたものでね」
「小心者で融通が利かず臆病だって? そんないまさらだろメンシェル。手加減をハイモから言い渡されたにしても、あの子の薬の出来はどうだったんだい?」
この中で一番メンシェルと付き合いの長い私の対応に二人は居心地悪そうにしてる。
絡まれたら厄介だけど、別に意味もなく絡む奴でもないんだけどね。
メンシェルが今考えてることなんて単純だ。
最初に言ったとおり大人しく帰ってほしいだけだろう。
「Aマイナス」
「ほう、それは本当か? クライスはBプラス程度の製薬だったろう?」
ヤーヴォンが現金にも食いついた。
B級品でも十分売り物になるレベルだけど、この薬屋ではA級以下は売りに出さない。
それを可能にする腕がメンシェルにはあり、まぐれにしてもエイダにもその資質はあるようだね。
「そう言えばクライスは攻撃性の強い魔法が得意だったね。性格の違いが魔法の適性にも出たのかい?」
「経験が少ないからこそ基本に忠実で、下手に経験だけ積んだクライスよりも要点を押さえてるんだ、ヘクセアさん」
メンシェルは私に対して無駄に言葉を重ねない。
私がそういうのを嫌うと知ってるからだ。
テーセに来る前に世話したことがあり、それを今も律義に恩に着てる。
だから悪い奴でも性格が悪いわけでもない。ただ根性が曲がってるだけで。
「存外情があるのにエイダには嫌われたかね」
「嫌われたところで一向にかまわないがね。依頼を受け付けなくなるようなことがあっても困る」
私に答えたメンシェルにマールが苦笑した。
「君のパーティはバランスが悪いからね。クライスの籠めた呪文がないとダンジョンにも入れないだろう」
「いや、我らがリーダーは一人身軽にダンジョンに日参しているよ」
「なんじゃと? 武器も防具も魔法も扱えない女子一人でか!?」
呆れるくらいの無謀にヤーヴォンが声を上げる。
ただメンシェルが組んでいる相手は本人も含めてそういうパーティだ。
武器の扱いは素人、防具を着ても動きを阻害されるだけ、攻撃に使える魔法も適性がない。
なのにダンジョンで生き残れるのはひとえに逃げ足の速さと見切りの潔さだろうね。
「オリガには私の薬を持たせているから腕の一本を落としてきても生還はできるのではないかな? そうなった時ソフィアは卒倒するだろうが、命がけのフィールドワークをやめさせるチャンスだと思うべきだろう」
「わかってるのに止めないのかい? 一緒に行ってやればいいじゃないか」
思わず口にしたけど、こういう説教染みたこと言うつもりはなかったのにね。
ただ言えるのはオリガというダンジョン研究家が今このテーセにとっては有用な人材であること。
時期のわからなかったスタンピードの予兆と仕組みを発見した若き研究家。
テーセを領有する貴族が自ら支援を行う人材を放っておくほうが問題だ。
「ヘクセアさん、言って聞くわけがない相手に言葉を尽しても鳥のさえずりと同じだ。腕一本くらいならまだダンジョンへ乗り込むことが予想できるオリガを思うなら、その足が鈍るような同行者はいないほうがいい」
自衛さえままならないからこそメンシェルは同行しないという理屈か。
「それより、店を畳むことを考えたほうがいいんじゃないかね?」
「それは、スタンピードまでにクライスが戻らないと?」
マールは驚きもなく淡々と聞き返す。
たぶんハイモやヴィクターがいたらここまで冷静に聞けない。
何せ当事者なんだ。
比して私たちは他所から来た部外者で、スタンピードは町一つ潰れるなんてざらって認識だ。
本来は予兆があると知った時点で逃げるべきなんだけど、この街の人間はそれこそ命がけで残るんだよね、これが。
「期待しないほうがいいだろう。エイダに代役をさせるのも賭けだ。素養はある。だが時間はない。よしんば間に合ったとしても、不足自体が起きた時に対処する余裕はない。ないない尽くしだ。今の状況で完璧な対処など無理だろう。被害軽微で済めば御の字だ。だがこの街の人間、いや、テーセ村出身者は被害ゼロを目指している。土台無理なことだ」
「ヘクセアよ、本当にこれで情があるほうなのか?」
ヤーヴォンが街を捨てることを推奨してるようにしか聞こえないメンシェルを指して。
「馬鹿だねぇ。命よりも大事だと言ってる奴には言わないでいてやってるんだよ」
「そういうものか? ここは自らも力を振るってという選択がないようだが」
「できないことを言ってなんになる?」
メンシェルがすっぱり言い切ると、ヤーヴォンは渋い顔で黙った。
ここで言い返すと倍になって返ってくるのを身をもって知ってるんだ。
マールはいっそ開き直ったように言った。
「私としてはただでさえ問題の多いこの土地に今さら一つ二つ問題が増えても気にしないけれど、会頭たちの場合は私怨が濃いんだろうね」
私からすればマールのほうが薄情に聞こえるよ。
表面はいい人風だけど、内心は死に向かおうと何を大事にしてようと気にしないんだ。
他人は他人、自分は自分を一貫してる。
スタンピードが近いと知ってて残ってるのは壁の強度と命を張る気概のある者たちがいること、そして店の場所がスタンピードが起きても逃げるに困らない立地だからだろう。
「あの子、何処まで知ることになるかね。いきなり全部は言わないだろうけど」
「安定志向ならこんな街に店など持たないだろう、ヘクセアさん」
メンシェルの言うことは正しいし、マールのいうとおりこの街は立地に問題がある。
ただのダンジョン街ではないんだ。
だからこそ国内で強い影響力を持つラスペンケル本家の手を逃れるため、クライスが住まいを定めた場所でもあるんだけど。
「なんにせよ、ハイモたちができる限りの援助は行う。それで見捨てられないと思わせられれば勝ちだろうね」
「身もふたもないのう。メリットもデメリットも告げた上で正面から助力を請え」
「協力は求められているのだから、私たちもエイダくんを見守ろうじゃないか」
「後で知って騙されたと思うか、仕方ないと許すかは本人次第だ。いつでも捨てられると思っているなら、いっそギリギリまでつき合うのも祭の華だろう」
メンシェルは露悪的に言って、そんな自分に呆れたように肩を竦めた。
けど私たちの立ち位置はそんなところだ。
自分で選んでこの街にいる。
エイダも選んだと言えるような心構えができてくれればいいもんだね。
隔日更新
次回:簡単なお仕事だそうです




