25話:褒められはしました
結局メンシェルさんに渡された素材全部を使って、なんとか薬を作り上げた。
私は翌日の昼に薬屋へ向かうことにする。
『自動書記ペン』が休ませてくれず、帰ってから薬が出来上がるまでご飯も食べられずにいた疲労のせいだ。
「上の下、Aマイナス。確かにいい出来だけどね」
改めて薬を見ても、最初に作った物と比べるとその出来の良さがわかる。
最初のは素材のカスが浮いてて品質は良くなかった。
あとたぶん薬草類のどっちかが何か悪かったんだと思う。
臭いに違いが出てるのと色の悪さがある。
勝手にビューロを開いた『自動書記ペン』がない胸を張ってるのが視界の端に映った。
「ねぇ、もしかして私がここで何か作る度にこうして採点するの?」
ピョンピョンしてるのは肯定?
「クライスにもしてた?」
って聞いたらビューロの天板が閉まる枠の頂点をペン先で叩く。
そこにあるのは天板の落下防止の留め具がある。
そう言えばそれ、最初は閉じてたね。
私が開けてからずっとそのままだったんだけど。
クライスはあの留め具で内側から天板開かないようにしてたんだな、たぶん。
「私もそうしようかな?」
言った途端、『自動書記ペン』が抗議するようにうるさくペン尻で天板を叩く。
地味にうるさい。
「わかったよ。私は素人同然だし、忠告はありがたく貰います。けど、今回みたいに時間ない時にはしつこくされてもこっちの都合優先するからね」
速度と品質のどちらかが優先になることはある。
山で両親が魔法をかけてほしいと言われる時、速度優先のことが多かった。
いい素材を見つけて丁寧にすればそれだけ質のいい魔法になるけど、今しも難産で死にかけてる家畜の赤ちゃんを助けるためには質なんて二の次だ。
テーセではそんなことあるかどうかわからないけどね。
「私は薬屋に行くから。大人しくしておいてね」
一応は納得してくれたのか、『自動書記ペン』はビューロの天板を自分で閉めた。
「ほう? いい出来じゃないか」
薬屋のメンシェルさんは訪ねた瞬間また被検体呼ばわりして来たけど、薬を出したら言葉短く褒めてくれた。
ちょっと、『自動書記ペン』に感謝すべきかなって思う。
「これならすぐに店にも並べられる。丁寧な仕事だ。魔法を使ったことで行程を飛ばしているにしても、きちんと効能だけを抜き出しているじゃないか。熟練の薬師ならこれができて当たり前だが、駆け出しは色も悪ければ素材の処理が甘く不純物が入る。元から薬作りはしていたのかね?」
「いいえ、初めてで。…………その、クライスが作った『自動書記ペン』っていうトレントから作った道具が指導してくれたんです」
「指導!? 道具から指導と来たか! これは面白い! あいつクライスに売り飛ばされても戻り、私が引き取ったら秒で逃げ出したというのに!」
そうなんだぁ。
好奇心旺盛なはずなのになぁ。
なんでこの人の所から逃げたんだろう?
というか、あのしつこい『自動書記ペン』がすぐさま逃げ出すってメンシェルさん何したんだろう?
「ちなみに素材は?」
「…………十回分使い切りました」
「朝からこの時間までかかってかね?」
「いえ、昨日帰ってから。休みなくやらされて起きるのが遅くなって」
そう言った途端、メンシェルさんが机を爪で叩く。
「道具に使われる人間など、どれほど滑稽で矛盾しているかをわかっているかね? 愚鈍だと謗られても文句は言えないな。しかも休みなし? 君は道具と生物の違いが分かっているかね? 物事には限度があり人間という生き物はとかく繊細で面倒臭い生き物なのだよ」
あれ、なんか怒られてる?
いや、集中力がとか失敗の元とかわかってる。
わかってるんだけど、そう思ったら今度はわかってるのにやる馬鹿さ加減を叱られた。
「今回のこの成功はまぐれだ。何故失敗したか、何が作用したか、その辺りの基本的な仮定もなくただやっただけで、たまたま最後の一回上手くいっただけの物だ。これは返そう」
「え?」
「店においてもいいと言ったがこれは論外だ。売り物として出すならば一定の水準の商品をその実力で誤差の範囲に収まる程度の振れ幅で常に作れなくてどうする。一度の投げ売りをする商品ではないんだぞ」
「は、はい」
確かに、消耗品だからこそ安定した供給がいる。
前は効いたのに次は同じ物を買ったはずが効きが悪いなんて論外だ。
「呪文作りも同じだ」
放り投げるような言い方だけれど、その言葉は私に衝撃を与えた。
全くそのとおりだ。
私はクライスの留守番でクライスの仕事を引き受けると決めた。
それにエリーやシドも私に呪文をお願いすると言っていた。
そして私はクライスの真似はできる、できるはずだった。
けど実際こうしてやってみれば十回やって一回上手くいく程度。
そのせいで誰かに不都合が起こると思うと、ことの重大さが身に迫った。
「魔法も、質が変わるんですか?」
「そんなもの魔法の使えない私に聞くな」
「え、あ、そうですか」
使えないんだ。
けど、こうして呪文を使って作った薬の効能に違いが出てる。
だったら魔法を使えるように籠める触媒が上手くできるかどうかも違いが出るはず。
もし上手くいかなかったら?
エリーたちが私が作った魔法が原因で怪我したら?
「ぐだぐだと考えるだけ無駄だ。まずは目的、その次に目的へ至る方法を模索せよ。考え得る限りの対策を講じよ。後は実験と結果だ。その後に考察だ。目的と結果の考察なくしてさらなる進歩はありえない」
一気に言われて身構えてしまう。
けど言ってることは間違ってないと思う。
そう思った時、薬屋の扉が開いて来客があった。
「司祭がいったいなんの用だ? 墓地のガストに腕を千切られたというなら被検体として文句ないんだが?」
「残念ながら五体満足ですよ。ご期待に添えず申し訳ない」
メンシェルさんの暴言に司祭と呼ばれた人は穏やかに微笑む。
口元に皺が寄るくらいの年齢で、服装は確かに白い修道服だ。
あと司祭さんによくある細長い布を肩から掛けてる。
「おや、あなたはクライスくんのご兄弟ですか。これは奇遇ですね。初めまして私はティモニウス。テーセの教会を預かる者です」
「は、初めまして。エイダ・ラスペンケルです」
「なーにが奇遇」
「おやおや、ずいぶんと疲れているようですが、どうしました? メンシェルの毒気に当てられましたか?」
メンシェルさんが喋り出そうとするのを遮って、司祭さんは心配そうに私に声をかけた。
「ダニエルもあなたが一人で薬屋に入る姿を見たと言っていて心配していましたよ」
昨日薬屋にいた先客のダニエルは、どうやら司祭さんの知り合いのようだ。
そう言えばメンシェルさんが教会に帰る時間がと言っていた。
「ダニエルは我が教会の聖騎士見習いなのです。あぁ、そうだ。良ければこれから教会へお越しになりませんか? 教会の者も帰らないクライスくんを心配していたのです。あなたの顔を見れば少しは安心するでしょう」
「えっと」
「客じゃないなら帰れ。被検体志望以外はお呼びじゃない」
あんまりなことを言うメンシェルさんはうるさそうに手を振る。
「では行きましょう」
そんな扱いなのに、司祭さんは気を悪くした様子もなくあっさり応じると、そのまま外に出て私を手招きして来た。
えっと、この人メンシェルさんの店に何しに来たのだろう?
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