23話:腕試しをされるそうです
私は薬屋のメンシェルさんに、ギルドで預かったお金を差し出した。
カウンターに、五枚の受領書も出す。
メンシェルさんはモノクルしか見えない目元で相手の名前と金額確かめながら喋った。
「さて、ここで私が少々手を滑らせて自らの名前を書き間違えたとしよう」
「え?」
「その場合、そんな受領書を持ち帰った君への依頼の達成に関する評価がどうなるか想像がつくかね?」
「え、ちょ、まさかわざと間違える気じゃないですよね?」
にやにやと口は笑ってる。
けど、なんか、違う気がする。
私は眼鏡をずらしてメンシェルさんの状態を見ようとした。
けどいつもならその人を見ればわかるはずの情報が何も浮かばない。
「え!? 読めない!?」
「ずいぶんと無作法なものだね。勝手に他人の情報を盗み見ようなんて淑女のしゅの字も名乗れない不調法者だ。その小さな頭で考えてみるといい。君が呪文を作るために扉をきちんと閉めていたのに、窓から勝手にのぞき込む輩がいるんだ。それを君はなんと呼ぶ? そしてその呼び名が今の君だ」
う、そう言われるといやな感じだなぁ。
けど魔眼で見られるって確かに他人からするとそういうことなんだ。
「ごめんなさい」
「素直なのはいいことだ。一つ覚えておくといい。魔眼は確かに魔女の専売だ。だが、この世の中には魔女以外にも魔眼を保持する者が存在するということを」
「じゃあ、メンシェルさんは魔眼持ちなんですか? 魔女同士でも魔眼が作用しあって読み取れないことあるって聞いたことあります」
「素直であるのは一種の美点だが、考えなしに答えを求めて馬鹿のように口を開くことを美点とは言わないのだがね」
「う、はい」
つまり聞くなってこと?
えーと、もしかしてこんなにずるずる顔にかかるくらい長い髪なのって、私の眼鏡と同じ効果?
私も魔眼で見えすぎるせいで注意散漫になる。
だから眼鏡で見え難くすることで魔眼から得られる情報を制限した。
薬効のある草の情報が大量に見えていると、逆になんの変哲もない石の情報を見落としてつまずくこともあるから。
「あの、質問い…………うん?」
魔眼について聞こうとしたんだけど、ふと空気の流れが変わった。
どうやら奥の中庭のほうから私に向けて風が吹いたらしい。
メンシェルさんから花のいい匂いがする。
これは呪文店にもあったポプリに似てる、気が…………?
「あ、あのポプリ! メンシェルさんが作ったんですか!?」
「ほう? その様子だとあれに何か記憶に残るような異常があったようだな? あれはクライスに駄賃替わりでくれてやった物だ。たまたま手元にあった正真正銘魔女の秘薬なのだよ。いったい何があったのかな?」
「え!?」
あれ魔女が作ったの?
呪文の気配はなかったけど?
ラスペンケルなら必ず呪文を媒介に使うから気配が残る。
けどポプリにはなかった。
つまりラスペンケルの魔女が作った物じゃない?
「夢で、クライスに、会いました。あれはただの夢じゃないと、思います。けど、ラスペンケルの呪文で、あんなことできる魔法、聞いたことなくて」
「ラスペンケルが呪文作りを専売にしているように、薬作りを専売にしている魔女の一族もいる。薬の名は『夢の通い路』。夢で思う相手に必ず会えるという、およそ薬というには魔法に寄っているふざけた代物だ」
メンシェルさんは受領書のサインを終えてペンを置いた。
「クライスに呪文作りで再現できるならやってみろと言っていたのだが。使用は一回きりだ。もうただのポプリになっていることだろう」
「あ、やっぱり。一度夢で見た後は何も効果がなかったんです」
「どうだね、君は再現できると思うか? もちろんできないならそう言ってくれて構わない。だがただ可否を口にするだけのつまらない問答紛いにしてくれるな。考え得る限りの理由というものを説明してもらおう。そこに主観が入っても全く問題はない。こうした技術というものはただの数字や環境の数値化だけでは語れない経験則というものが左右することは私も重々承知だ」
一気に喋るメンシェルさんにあっけに取られてると、また机を爪で叩かれて催促された。
「えっと、無理です。呪文を作ってできることは、結局物だろうと人間だろうとそのものに宿る力を引き出すことで、引き出した力をかけ合わせることはできても、その力を変質させて、ましてやそこにあるだけで発動させるなんてことは、できません」
まず安眠なんかの効果は呪文で抽出して別の物に定着はさせられる。
例えばポプリ。
あれに安眠効果はつけられるし匂いと共に発散せることも呪文でできる。
けど誰かがただ寝ただけで発動し、ましてや思う相手を勝手に探るような魔法どうやって発動させる?
一回きりということは夢を繋ぐという効果は私が寝て初めて発動したはずだ。
なのに私は寝るという以外に行動してないし、ポプリの存在を知らなかったんだから効果を発動させる特別なことは何もしていない。
「正直、全く理論が浮かびません。可能にするための道筋も」
「だが、可能であるのだ。それも、薬を作るというただの人間にもできる手法の中で」
確かにそう言われると、薬作りは呪文作りのような他では真似できない技術じゃない。
じゃあ、私にもできる?
それともクライスも知らないような効能のある特殊な素材が必要なのかな?
「どうやらやる気だけはあるようだな」
「あ、はい。できるなら再現したいとは思います。クライスが今どこで何してるかも聞けず仕舞いだったし」
メンシェルさんは答える私をじっと見る。
いや、これは観察してるんだ。
『こっちの常識や感情なんて無視して冷静な判断をする』
そうクライスも書いてた。
早口で言葉を連ねるのなんて表面的なことで、肌に感じる視線は私から離れない。
罵るような言葉遣いで配慮なんて感じないけど、その分本質的なところを観察してる。
「では腕試しだ。君の言う引き出した力を掛け合わせるだけの簡単なお仕事だ」
「え、え、ちょっと待って」
「これら四つの素材から薬効を取り出し精製水に溶かし込むことで製薬を行え。物の名前や薬効くらいは自分で調べたまえよ。数だけは揃えてやろう。何せ初心者だ。全部で十回分作れるくらいあればいいか。持ち帰るための袋はあるか? ない? ならこれを持って行け」
「えぇ?」
適当な木箱を渡され、まず白い石の隙間から緑色の結晶体が見える石をゴロゴロ入れられる。
次に見たこともない青い貝がらに目を奪われる間に、またガラガラ入れられた。
それから二種類の薬草らしい草なんだけど、これも初めて見る物だ。
いや、なんか片方は何処かで?
「待、え? 四つの素材からって、石や貝がらから薬効なんてどうやって?」
「知らないなら調べろ。その様子ならできないんじゃない、やったことがないだけだ。そうだろう? ならば探せ。必要な道具はクライスの店にある。呪文もクライスがすでに作っている。そして私が用意した材料があれば後はその腕一つ。ぐずぐず言っているだけ時間の無駄だ」
「いえ、あの、依頼、依頼ですか、これ?」
「腕試しと言っただろう。こんな簡単な作業なんてお遣いにも劣る。おっと、いやそうだった。金を払うというとんでもなく簡単で単純で文化的人間としてごく当たり前のことを依頼などという迂遠な形で達成せよと五つもの依頼を負って君は来たのだった」
うん、なんか今だったら依頼人たちの気持ちがわかる気がする。
この喋りにつき合うのもね。
私は最初で退いてもらえたみたいだけど、他の人はこの勢いでうっかり頷きそうにさせられるんだろうな。
試薬の被検体に…………。
「よし、ならば成功したあかつきには駄賃をやろう。さすがに『夢の通い路』はもうない。君が私も驚くような成果を上げたなら手配しなくもないが、その程度のことを依頼と思い戦いているようではとても無理だがな」
「うぅ…………、わかり、ました。やりますよ。やればいいんでしょう。けど、驚くような成果上げたらあのポプリ手配するって言うの、忘れないでくださいね」
正直欲しい。
だって他にクライスとの連絡方法がないんだ。
なんか私の興味を持ったものを上手く利用された気分だけど。
だけどこれはお駄賃のためにもやってやろう。
「まず受領書冒険者ギルドに出して来ますから」
「好きにするといい。締め切りは明日。そうだな、月が昇るまでは待ってやろう。どうせそれまでにできなければ無理だし材料も尽きているだろうからな」
うわ、言い方が…………けど、うん、やってやろうって言う気にはなった。
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