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21話:裏酒場にて

他視点

 日が暮れてもテーセの街は街灯が夜道を照らす。

 と言っても目抜き通りから逸れた飲み屋に入る俺は明るさから遠ざかるように動いた。


「来たか、ヴィクター」

「よう、会頭どの。奢られに来たぜ」


 こんな風に言っても待ってた会頭は嫌な顔一つしない。

 そりゃそうだ。

 エイダと街の外へ行った今日の報告を酒と引き換えにするってのが約束だ。


 昼、甥と姪にどやされながら飲んでた酒も会頭からの貰い物。

 いいもん飲んでんな商業ギルドの会頭さんはよ。


「ヴィクター、あんたダンジョンには入らなかったそうじゃないか。それでうちの酒せしめようなんてね」

「初心者に合わせたんだ。ここで怖がられてもう行かないなんて言われるよりいいだろ、女将」


 店主のヘクセアは文句を言いながらも酒の準備をしてくれる。

 俺は取り出される秘蔵のワインボトルに目が釘付けになった。


 この店は品ぞろえがいい訳じゃないが質は女将の拘りで保証付き。

 その中でも美味さとレア度でも抜きんでた葡萄酒を取り出してる。

 仕入れ先は絶対秘密。ヘクセアが冗談交じりに魔王でも欲しがると言っていた。

 そのせいで俺たちの間じゃ魔王の葡萄酒と呼ばれるもんだ。


「おいおい、それを出すほどのことじゃなかろう」

「甘やかすのはどうかと思うね、ハイモさん」


 鍛冶屋と魔具屋まで俺の働きへの対価に文句をつける。


 元々小さい店で今いるのは顔見知りばかりとはいえ、文句多すぎじゃないか?


「何、これから先もということでね」

「貰った分は働くけどな、期待され過ぎも困るぜ」


 と言いつつ手は伸びる。

 あー、この匂い。

 摘みたての葡萄とも違う熟した豊潤さと漂う渋み。


 ワインを口の中で転がしてると、会頭が催促して来た。


「怪我はなかったのか? エイダくんは完全に素人だったと思うがね」

「全員無傷だ。ま、足手纏いではあるわな。ただ素直だし肝は据わってる。あれなら引率くらい楽なもんだ」


 会頭はエイダの腕を見るように俺に依頼した。

 ようはクライスの代わりになるかどうかの見極めだ。


「そんなに心配して無駄に金を使うくらいなら最初からクライスの代わりになるかを見極めてからすりゃいいんだ」


 ヤーヴォンがまた文句を吐くが、この職人大抵文句しか言わないから放置だ。

 腕はいいんだが口が悪いから初見の客はまずつかない。


 その腕でこの街に招かれたくらいだし、弟子を街から取って育成してくれてる。

 ま、こんな企てに首突っ込んでんだから文句言う分つき合いもいいんだよな。


「けれどあなたが楽だというならそれなりだったんでしょう?」


 目端の利くマール、こいつも外から来たやつだ。

 テーセに来る前からヤーヴォンとヘクセアとは知り合いだったらしい。


 腕は確かだしヤーヴォン往なしてくれるからぜひこのまま街の事情に巻き込まれて長居してくれ。


「適当に杖振って、中級くらいの魔法は簡単に使ってた。ありゃ、後ろに置いて魔法放ってくれるだけでも助かるな」

「杖の性能がいいのもあるだろう。元から炎熱地帯でならと考えていたんだよ」


 会頭は自分の予測のとおりなのか頷く。


「あと完全に見た目クライスなのに素直なせいでシドとエリーが世話焼いててな。あれは俺が同行しなくてもあいつらがダンジョン連れて行くだろ」

「よくあの違和感気にしないな」


 今まで黙ってたフードがそんなことを言った。

 こいつはテーセ生まれの顔馴染みだ。


「なんだ、今夜はお前のご主人どうした、イザーク?」


 ロディと同じ年で俺としては気安いんだが、向こうはそう思ってないんだなこれが。


 眉を顰めつつ口元を隠した襟巻を降ろして答えた。


「アダルブレヒトさんは静観する。あの呪文屋の双子は未知数すぎる」

「慎重なこって」


 ま、裏社会に足突っ込んでる奴はあのエイダには刺激が強すぎるだろう。

 こっちとしても変にちょっかいかけられて逃げられるよりいい。


 クライスの穴はでかい。

 置き手紙まで残して招いたエイダを、クライスの奴も穴埋めに考えてたはずだ。


「ハイモ、飲みすぎだよ」


 女将が叱るように声をかけた。

 見れば会頭はすでに魔王の葡萄酒を飲みほしてる。

 勿体ねぇ。


「急かすわけにはいかないが、気が逸るというところだろうね」


 俺に続いてしれっと葡萄酒飲んでた街の司祭が口を挟んだ。


「焦らずとも、十年前とは違うでしょう。あなたが財をなげうって築いたこの街の壁は今度こそテーセを守ってるでしょう」

「あんたはエイダに近づくなよ、司祭さんよ」

「どうしてですか? あ、いただいてます」


 生臭坊主め。

 このティモニウス司祭、真面目そうな見た目に反して相当愉快犯な性格をしている。

 教会の若手で組む教会パーティはいいとして司祭が口出すとエイダが警戒しそうだ。


 なんて思ってると俺と同意見が店内から上がる。


「確かクライスにも初見で胡散臭いと言われていたじゃないか、自重すべきだろうと思うよ」

「見るもんが見ればわかるんだ。大人しくしておけ、ティモニウス」


 マールとヤーヴォンが声を上げると、女将とイザークも続く。


「あんた黙ってりゃそれなりに見えるんだ。余計なこと言って戸惑わせるんじゃないよ」

「確かにだいぶ素直そうだったし、あんたに困らされたら近寄らなくなりそうだ」


 それらの意見を聞いて、会頭が司祭に振る。


「我が街の司祭としてこの評価はどうなんだね?」

「遺憾ながら否定できませんねぇ。ちょっと死んだふりして出迎えたいんですが」

「おい、それ教会の若いのが大騒ぎした悪戯じゃねぇか。二度とするなよ」


 たまたま近く歩いてたせいで、俺は泣きじゃくる若手に囲まれて教会に引きずり込まれたんだ。

 しかも一度や二度じゃないからたちが悪い。


「死に方のバリエーションもずいぶん考えましたし、何度騙されてくれるか興味あったんですが」

「明日薬屋にお遣いに行くんだ。その反応見た後でもいいだろ」


 俺の言葉に女将がつまみにチーズを出しながら眉を上げた。


「メンシェルかい。あの子ならめったなことはないだろうけど」


 うちの甥と姪も苦手意識があるくらい良く喋る。

 ただよく見たら相当冷めた目した冷静な奴なんだけどな。

 喋りの勢いがすごいんだよな、喋りの。


「ヴィクター、今後もエイダくんには目を配ってやってくれ」

「ま、ようやく掴んだ街を救う手立てだ。クライスの奴が戻らないなら、俺もエイダに代わりをやってもらいたい」


 会頭に答えると、ヤーヴォンが木製のジョッキを煽ってまた文句だ。


「ったく、若い娘に期待しすぎだ。スタンピードの予兆程度でピリピリしおって」

「ヤーヴォン、故郷がそれで滅んだ人たち相手にそれは気遣いがなさすぎる」


 マールが窘めてくれてるが、ま、どちらの言うこともそのとおりだ。


 会頭を見ると頷かれる。

 美味い酒は惜しいが、この二人も街には必要な存在。

 ここは美味い酒振る舞って親交深めておきましょうかね。


隔日更新

次回:薬屋へ行きました

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