200話:ダンジョン街で留守番を
「おはよう! 起きてる、エイダ?」
「エリー! 昨日はあれから会えなかったけど大丈夫だった?」
スタンピードの終了が宣言された日の夕方、エリーがシドと一緒に呪文店に現れた。
二人とも無事な様子に、私は胸を撫で下ろす。
昼まで怪我人の治療や侵入したスライム捜索に忙しく、特に熱心なテーセ村出身者はじっとしておらず会えなかったのだ。
エリーたちも昼に仮眠をとれと帰されたようで、夕方の今おはようと言ったのだろう。
「お互い無事だ。これから街を上げての祝いなんだよ。功労者を迎えに来たぜ」
「私? そんなことないよ、シド。みんな努力してたし、それにクライスが準備してくれてたから…………」
「死者なしよ! それはエイダがスライムにだけ効く毒を作ってくれたからじゃない」
「俺たちは犠牲はしょうがないと思ってたんだ。だからこの結果は文句なし! エイダのお蔭だ」
テンションが高い二人に連れ出されて、私は花絵祭をやっていた市庁舎前の広場に向かう。
そこには椅子やテーブルが幾つも置かれ、疲れながらも笑顔の人々がすでに飲み交わしていた。
「来たな、エイダ。先にやってるぜ!」
「叔父さんまた飲んでる!?」
「飲むくらいなら寝ろよ!」
ヴィクターさんがジョッキを掲げるとエリーとシドが止めに向かう。
「エイダ、無事だったんだね」
「サキア。崩落大丈夫だった?」
私の姿に埃っぽい恰好の勇者たち、サキア、ルイーゼ、ヘルマンがやって来た。
「外壁崩れた時はどうなったかと思ったわ。けど、巻き込まれた者もいなかったわよ」
「馬の走る音がしたから無事だとは思ったけど、聞いた話そのまま砦で戦ったって?」
きっと教会の片づけを手伝っていたから埃っぽいんだろう。
私たちはお互いにその後の顛末を話し合う。
「それと上から三人の奮闘見てて気づいたんだけど…………」
聖剣の呪いは人数が多いほど薄れるらしいことを教える。
三人が考え込んで話が途切れると、待っていたように肩を叩かれた。
振り返ると魔道具店のマールさんがおり、一緒に鍛冶屋のヤーヴォンさんと酒場の女将ヘクセアさんもいる。
「あ、お世話になりました」
「それはこっちの台詞だよ。住む街を守ってもらったんだから」
「わしらはスライム探しをしたくらいじゃな」
「あたしはここの酒の準備だね。ま、上手くいって良かったじゃないか」
怪我をするようなことはしていないという三人と話してると、足音が近づいて来た。
「あ、いたいた! エイダ、それに他も!」
「あ、ロディ? そう言えば砦で見なかったけど何処にいたの?」
衛兵のロディと一緒にいるのは闇ギルドのイザークだ。
こちらもスタンピードの間姿を見ていない。
「俺たちはドラゴンが出た時に報せる役でダンジョンの山の上で見張りだ」
見ないと思ったらずっとドラゴンに張りついていたという。
「それでな! 次はドラゴン退治って話で、あの防具もう一つ作れないかって!」
ロディが息荒く訴える横で、イザークは静かだけど闘志を漲らせた目で迫って来た。
私がちょっと退くと、そんな二人を後ろから引き戻す手がある。
それは闇ギルド会頭のアダルブレヒトさんと商業ギルドの会頭さんだった。
「気が早いわ、馬鹿者。防具を使わなかったからと言って同じものがすぐにできるか」
「ベルトもまだ貸し出しのままだからね。今度は時間がある。焦る必要はない」
あの、それって作るの決定してません?
まぁ、ソフィアさんの言葉からして話はすでに通ってたみたいだけど、ここで作戦考えるんですか?
スライムの巨大変異種は彼らテーセ村の人からすれば仇で、それはドラゴンも同じだ。
お姫さまの薬として倒す必要がある以上の思いがあるんだろう。
だからってスタンピードが終わってすぐ、もう防具を作ってドラゴン退治をすることを考えるなんて、確かに気が早い。
けど会頭さんもアダルブレヒトさんも、ロディとイザークと一緒にドラゴン退治に必要なものは何かを話し合い始める。
「話し長くなるから逃げるなら今よ。お手柄じゃない、エイダ」
「え? あ、トリィ」
私を引き離してくれたのは盗賊サザンクロスの頭目だった。
行く先にはしっかり振る舞われるお酒に手をつけたフューエとノインがいる。
あ、ダンジョン焼きもある、美味しそう。
「はぁい。私たち数に入ってなかったから城砦に取り残されたけど、ま、情報を集めたわよ」
「…………医師は、嘘吐いてなかった。姫は倒れた」
「え!? 大丈夫だったの?」
トリィたちが言うには、疲れと心労で倒れたらしい。
ただベルトが効いてすぐさまどうにかなる容体でもないそうだ。
その上で三人は南の城砦から戻って、この祝いに参加するのともう一つ用事があったという。
「何、向こう? あ…………イーサン、アルヴィン、サンドロさん」
トリィたちに指を差されて見た先で、私は端に固まる騎士たちを見つけた。
トリィ曰く、落ち着いて来た時には砦から始まる謝罪行脚を行ったそうだ。
職人たちの下にも向かい、その後には教会、そして市庁舎で伯爵にも頭を下げたという。
そこに来て祝いが始まり帰る機会を逃して固まってるらしいので、私は声をかけに向かった。
「エイダ、改めてすまなかった」
「心から感謝ももちろんしてるよ、エイダちゃん」
「含む所はあろうが、今後もどうか姫君のために力を貸してほしい」
「それはもういいですけど、酷い顔ですよ。一度帰って休んでください。たぶんこれだとまた朝までやってますから。また来ればいいですし」
そういうと困ったように笑われた。
「彼らは自分たちが参加すべきじゃないと思っているんですよ。まぁ、今までが今まででしたし」
音もなく現れた司祭さんと一緒に、トビアス、ワンダ、ダニエルも無事な姿でいた。
「悔い改めるなら許すのが神の教えだ。そう卑下するものじゃないし、立ち向かったのは事実だ」
「実際あなた方の加勢で被害が押さえられましたし、お祝いに参加する資格はあると思います」
「今回のことで協力体制は取れると実証したしな。ただ頼むからこっちの言い分も聞いてくれ」
年下の三人に言われ、騎士たちは返す言葉もないようだ。
「せめて飲食をして少しは英気を取り戻してくれなければ、今度は姫君から私たちが無理をさせたとお叱りを受けてしまうかもしれないね」
そう言って現われたのはテーセを領有する伯爵さまで、冗談めかしてウィンクする。
すると司祭さんたちがイーサンたちを飲食スペースにぞろぞろ移動させ始めた。
「さて遅れたけれど、エイダ・ラスペンケル。君の活躍には私もこの地を守る者として感謝している。また後日褒賞について話をしよう。ただ今日は楽しんでくれ」
そう言って手を差し向けるその先にはソフィアさんたちがいる。
「エイダさん、本当にありがとうございました」
「いやぁ、いいもの見れたよ。クライスより口うるさくないのもいいね」
「腰が、痛い…………あれは拷問器具だ…………乗り回す騎士の気がしれん…………」
目を潤ませるソフィアさんの後ろで楽しげなオリガさん、そして馬に乗ったダメージを未だに引き摺る薬屋さんだった。
「他にもエイダさんにお礼をしたい人たちが待っていらっしゃるので簡単ではありますが」
「私たちから一つ先にお礼を渡そうと思ってね。メンシェル」
「やれやれ、約束したのはこちらだが、まさかこれほど早いとはな」
言って薬屋さんが小さな袋を出すと、広がる香りに覚えがあった。
「これ! 夢の通い路?」
「驚くような成果を上げたならお渡しすると約束されたんでしょう?」
ソフィアさんが言うのは初めて薬屋さんに会った時のことだ。
もうずいぶん前のことのように思える。
「面白いポプリなんだってね。まぁ、すぐに試したい気持ちはわかるけど」
そわそわしてしまう私に、オリガさんは私を捜すらしい人を指して教えた。
商業ギルドのアンドレアさんと冒険者ギルドの人だ。
「夢は逃げない。クライスには遅いと文句を叩きつけつつ、眠る間に今回のことを良く説明することだね」
薬屋さんは腰をさすりながら私の手にポプリを渡してくれた。
そうして私はスタンピードを無事に乗り切った祝いへと戻る。
楽しかったし美味しいものもあったけど、正直待ち遠しい思いが勝っていたのは秘密だ。
そして夜暗くなってから店に戻ると、私はすぐに寝る準備をした。
最初の言葉は決めている。
問題は眠れるかどうかだけど…………。
「クライス! 私、ちゃんと留守番できてるよ!」
夢の中、開口一番そう宣言すると、鏡合わせのような顔が驚きの表情を浮かべていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
*蛇足
ラスペンケル本家には常に複数の当主候補として才能ある男を囲っている。
現当主が体調不良のため、本家は囲っていた候補たちを呼び集めた。
そうして集まった候補のラスペンケルの男たちは誰も当主にはなりたくない。
能力を認められる、魔女に気に入られる、逆に心底嫌われる。
そうした立場になってしまえば当主の座に近づいてしまう。
クライスを始めとした候補たちは、壮絶な当主選びからの離脱戦を行っていた。