20話:依頼を受けることになりました
レンズ茸とスライムの核片を売って、私たちは冒険者ギルドへ入った。
中は天井が高い広々とした空間で作りつけの物以外無駄な調度はなく、武器を携帯していてもぶつける心配のない実用的な造りをしている。
奥行きもあるらしく手前のカウンターに用がない冒険者は奥へと向かっているのが見えた。
「欲しい素材がある時には奥の依頼受付に行くの」
「手前は依頼探す冒険者がいるから建物の奥のほうの入り口から入ってもいいんだ」
「へー」
物珍しく見て回る私に、エリーとシドが説明をしてくれる。
ヴィクターさんは外で待つと言った。
「中だと酒飲めないだろ」
なんて腰の水筒を振って。
なんでかシドとエリーは顔を顰めただけで止めずにこうして私と一緒にいる。
何か冒険者ギルドに入りにくい理由があるのかな?
それとも酒場に行かれるよりましだと思ってるとか。
「で、ここが依頼の張り出された掲示板。文字読めなきゃ、受注窓口でどんな依頼があるか聞くんだ」
「依頼を出す時には相場も教えてくれるし、ちょっと会いたくない相手へのお遣いを依頼として出す人もいるのよ」
エリーが笑って教えてくれるけど、そんな人いるの?
そう思ったらシドが掲示板の一角を指す。
そこには三角の印がついた依頼書が固まっていた。
「痴情の縺れや金の貸し借りもあるが、だいたいいつもお遣いしてほしいって出されてるのはあいつだ」
「『薬屋メンシェルへ、未払いの金銭を受諾してもらう』?」
受諾してもらうって何?
依頼出す分、高くなるけどいいの?
「そちらお引き受けになりますか?」
「うわ!?」
突然の声に驚いて振り返ると、身ぎれいで爽やかそうな青年が立っていた。
服は冒険者ギルドの受付の向こうに座る人と同じ。
外に飾られてた記章も服に縫い付けてあるギルドの職員だ。
「おい、エイダのことは報せが行ってるんじゃないのか? 怖がらせるな」
シドが私を背に庇ってくれる。
どうやら顔見知りの職員らしい。
「いや、こっちも困ってるんだ。この依頼今、五件もだぶついててね」
営業スマイルから一転、すごく真面目な顔でそんなことを言う。
「だからっていきなり薬屋はないでしょ」
「君たちも一緒なら大丈夫だろ。それに店の留守を預かるんだ。だったら顧客であり取引相手。依頼を理由に逃げ出すこともできるんだから、一度顔を合わせるくらいしたほうがいい」
「本当にお前口が回るな。けど行かねぇから」
シドが呆れてるけど拒否しないなら一理あるの?
「薬屋から逃げるとか、五件もだぶつくとかどういうこと?」
私はシドの後ろでエリーに聞く。
「ちょっと店主のメンシェルが癖強くてね。苦手な人が多いの。クライスもあまり得意じゃなかったみたい。でも相談ごとがあると普通に足は運んでたわ。薬屋も仕事にはきちんと取り組むから」
「そうそう。それに君にはまだあの薬屋に交換条件を出されるような関わりもない。安全に仕事相手と顔を繋いで、ついでに金銭も得られる。悪い話じゃないよ」
ギルド職員が揉み手してる。
「えっと、正当防衛のみ攻撃行動許容って書いてあるのは?」
「下手に頷いて試薬を飲まされそうになったら逃げていいってことだよ」
嘘だぁ。
けどシドとエリーは否定しない。
そんな危険人物なの?
それで攻撃行動許容ってどうやって逃げろって?
「いちおう、研究家を名乗るパーティ組んでクライスとダンジョンも行ってた一人だ」
「ただ持ち合わせがない客を引き受けて、代わりに試薬飲ませるの。もちろん、後払いもできるわ」
「ただねぇ、彼は口が良く回るから結局金銭を得るよりも試薬の被検体になるよう迫るせいで支払いに行くのを嫌がる者がいるんだ」
三人ともすらすらととんでもないことを言う。
もちろん商売をしている人なので、強く出られない相手には普通に薬を売るらしい。
そのため手持ちもなくともかく薬をというような冒険者に被害者、もとい、依頼人が多いんだとか。
「研究家、あったな、そういう依頼人の名前。だったら、私が留守番になったんだし挨拶に行ったほうがいいよね」
「エイダ、それは」
「素晴らしい人柄だね! 何ごとも挨拶は大事だ。人間関係の最初の一歩であると同時に次への二歩目に通じる大切な行動。それをわかっているなんて!」
職員に褒められちょっと照れる。
けど、シドを遮ったのはわかってる。
たぶん危険を教えてくれようとしたんだろう。
けど五件も溜まってる依頼書には、金額が後から増額された加筆が見られる。
これ出した人も相当困ってるようだ。
「商売ならやっぱり自分で対価を支払うべきだとは思う。けど、今回は正当防衛が許されるってあるし」
何より今、私にはすぐに手に入る収入の当てがない。
逃げてもいいと職員が言うんだったらこれはやってみる価値ありだと思う。
「そうかい! それではこちらへ。すぐに手続きを」
職員は上機嫌で私を案内し、シドとエリーは困り顔でついて来た。
「本当、薬屋は腕はいいんだがあくが強いからな」
「勝てないと思ったら即撤退を考えて」
「そんなに危険人物で強い人なの?」
「いや、腕力ないし魔法も使えない。ただたぶん頭はいい」
「話聞いてると理解できなくてぼやーってなるの。その隙に頷いちゃうことあるんだよね」
「それは、怖いね」
クライスはそんな人とも商売をしてたんだ。
これは逃げていられない。私もやれないことはないはず。たぶん。
依頼を私が受けて明日金銭を用意するからまた冒険者ギルドに来ることになった。
「お前さん一人で受けたのか?」
外で待ってたヴィクターさんに報告すると、目を向けられたシドとエリーは目を逸らす。
苦手そうだったから私から一人でいいと言ったんだけど。
「力尽くはないらしいので。それに私とはまだなんの関係もない人ですから」
ヴィクターさんはシドとエリーを庇う私を見て笑いを噛み殺す。
「本人がそう決めたならいいんじゃないか? 何ごとも経験だ」
「はい」
「じゃ、行くぞ」
「え、何処に?」
街の外について来てもらって売買や依頼についても教えてもらって、今日はもう終わりだと思ったんだけど。
聞いた私の肩をエリーが後ろから掴んだ。
「お風呂よ、お風呂! ダンジョンから危ない毒やなんかを持ち込まないために、ダンジョンのほうへ行ったらお風呂入るよう奨励されてるの」
「住人は税金に含まれてるから基本無料だ。有料サービスもあるし、今後も使う機会出て来るだろうからな」
エリーとシドが嬉しそうに教えてくれる。
「せっかくレンズ茸でお金入ったし、垢すりマッサージしよ、エイダ!」
「叔父貴もマッサージ受けるだろ? 俺もここのところ肩こりがさ」
「若いくせに軟弱なこと言ってるなよ。俺はそれよりいい酒飲む」
そうして私は、初めての公共浴場という施設に向かうことになった。
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次回:裏酒場にて