2話:勇んで行ったら留守でした
「かつてはテーセ村があった場所から北にある山々の中腹に、ある日ダンジョンに通じる穴が開いた。溢れる魔物の脅威の中、人々は決死の覚悟で穴を調査し、山の中に魔物独自の生態系が築かれていることを知ったのは、今から三十年前。何度となく命の危機に晒されながらも、テーセ村は防壁を築き街へと発展し、今なおダンジョン目当ての冒険者や、ダンジョンの産物目当ての商人を相手に発展し続けている街である」
テーセを守る防壁の門の中で、力強く青い革鎧を着た若い衛兵が語る。
私たち、このテーセという街に来たばかりの旅人が聴衆だ。
「はい、拍手」
私エイダを始め、門の内に留め置かれた人々は、兵が相手ということで素直に従った。
身内に会いに来た私にとっては他人事でも、知らないことを知るって面白い。
初めての一人旅で不安だったけど、このダンジョン街とも呼ばれるテーセに呼んでもらって良かったなんて思うには早いかな。
「えっと、開門と閉門の時間は言った。案内所の場所も教えた。あ、公衆浴場は住民以外有料な。隣の水洗トイレは無料だから好きに使え。……これで言ったかな? 言ったよな?」
指を折りながら自問自答して、レンガのように赤い髪の衛兵は一度手を叩いた。
「よし、これで注意事項終わり。ダンジョン目当てじゃない奴らは、あっちの扉から出て街に入ってくれ。もう一度言うぞ、ここはテーセ西門だ」
「すみません、商業ギルドの場所をお願いできますか」
「あ、忘れてた。すまん。おーい! ギルドに用がある奴は聞いてくれ!」
商人が、若い衛兵に尋ねると、衛兵は自身の不手際に苦笑いしながら、他の商人にも聞こえるよう道順を答える。
私は勇んで門から外へと出た。
「…………あれ!?」
背後で誰かが驚きの声を上げてたけど、たぶん私は関係ないよね。
それよりも目の前の道が広く舗装されて、石畳が敷かれていることに感動する。
左右には途切れず露店が並んで、宿や食事の勧誘を行う人が歌うように声を出してた。
私が住んでた山の周辺では、村はもちろん麓の町でも石畳なんてなかったし、比べるまでもなく立派な街だ。
規模も全然違うのは門の時点でわかってたけど、クライスからの手紙に同封された地図で辿り着けるかな?
「西門から、真っ直ぐ…………大通りから外れて進んで…………」
積み木のような家屋が並ぶ中、私は『ラスペンケル呪文店』と書いてある看板を見つけた。
「ラスペンケルなんて姓、親戚にしかいないし、ここだ! …………え、ここだよね?」
あれ、店が開いてない?
大きな窓にはカーテンが引いてあるし、人の気配がしない?
「えぇ? 来いよとか手紙書いておいて、留守? 七年ぶりの再会だって言うのに」
念のためドアに手をかけると、体に血が巡るような感覚で魔力が通るのがわかる。
同時にノブを伝って開錠音と共に震動が伝わった。
「あ、開いちゃった。呪文で鍵してたの? えっと、クライスー? いるー? エイダだよー?」
返事はないし、室内は暗いし、やっぱり留守だよね?
「わぁ、ちゃんとお店だ。あ、この棚にあるのが売り物? 違う、材料か。本もいっぱい。これ、お父さんの工房にあるより立派な机だ」
ついつい好奇心で中へ入って見て回ってしまう。
アーチ状の柱が並ぶ縦長の建物の内部は、巨大生物の体内のようにも思える。
ワクワクしながら見回そうとした時、壁際のビューロに目が引きつけられた。
「立派な机あるのにまた机? …………けどこの気配、魔術書?」
使命感のようなものを感じて私はビューロの蓋を開ける。
天板になる蓋を降ろすと、一冊の魔術書が姿を現した。
魔術書の左右には魔法の道具らしい気配のペンとインクが直されてる。
「懐かしい…………」
これはラスペンケルの家に生まれた魔法使いが必ず作る魔術書だ。
お父さんもお母さんも持っていて、自分が作った呪文を書き残していくための物。
一緒に暮らしていた時、お父さんとお母さんから教えられて私とクライスで作った。
「やっぱり。これ、二人で作った魔術書だ。そうそう、山を登る風に転ばされたから、風を止める魔法考えて、ふふ」
これと同じものは二つとない。
ここはクライスの店で間違いないんだ。
「でも、なんでいないんだろう?」
そこでようやく、私は立派なほうの机に魔石を重石代わりに乗せたメモを見つけた。
『これを見てるってことは、先に着いちまったんだな。悪い。野暮用があって急に空けなきゃいけなくなったんだ。必要な物はなんでも使っていいし、店のほうも任せる。好きにしてくれていいぜ。なるべく早く帰るから』
「はぁ!?」
勝手な内容のメモに、思わず声が裏返った。
誰宛てだなんて書いてなくても私に書いてるのはわかる。
瞬間、背後から足音と声がした。
「おいおい、本当に開いてるじゃないか。おーい、クライス?」
「けどなんか他人の空似かもしれないんでしょ? なんでそんな風に思ったのよ?」
「いや、眼鏡かけてたし雰囲気違うし、最初は俺も見間違いかと思ったんだけど」
どうやら三人の来客はクライスの知り合いらしい。
店内にいる私の姿に三人揃って破顔した。
「ほら、やっぱりクライス帰って来てるだろ!」
「あの…………」
「おいおい、眼鏡なんてかけてどうした? なんかの変装か?」
「違…………」
「いきなり野暮用とか言って出かけたままだし、心配したんだから!」
もう口を挟む暇がない。
どうやら私をクライスと間違えてるみたいだ。
ということはもしかして、クライスと私ってそんなに同じ顔に成長してるってこと?
あ、あの赤毛。さっきの若い衛兵さんもいる。
「まぁ、一番目立つ髪と瞳の色誤魔化す気もなさそうだし。何してたのよ、クライス?」
「えっと、違います。私、クライスの女兄弟です。だいぶ会ってないんですけど、そんなにクライスに似てます?」
歳が近そうなポニーテールの女の子相手に聞いてみる。
そんな私の対応に向こうも違和感を覚えたみたいで困惑しながら答えてくれた。
「そのオレンジブラウンの髪と瞳そういないし、顔はほぼ同じ、よ? え?」
「女? 髪の長さまで一緒だぞ。だいぶ会ってないってそんなことあるか?」
「声が少し、高い? 本当にクライスじゃないのか? …………女?」
三人で顔を見合わせてる様子から、この人たちが仲良しなのはわかったけど。
…………まさかのクライスと髪型が被ってるなんて。
旅の間手入れできないからバッサリ切ったのに。
「別人…………あ、自己紹介しなきゃ! ごめんね、いきなり。私のことはエリーって呼んで。この兄貴と一緒にテーセで防具屋やってるの」
「革製品を扱ってるし、呪文関係でクライスとは取引もある。俺はエリーの兄でシドだ。悪いな間違って。で、こいつはロディ。俺らの幼馴染でクライスが戻って来たって騒いだ奴だ」
「ま、間違うだろ、こんなに似てたら! けど、その、悪かった」
誤解は解けたようなので私も改めて自己紹介をした。
「私は、エイダ・ラスペンケルです。双子のクライスから店を開いたって聞いて、訪ねて来たんです」
「ってことは、エイダもクライスが何処行ってるか知らないのね」
エリーが肩を落としてしまう。
「野暮用があってと置き手紙がありました。店を好きにしていいとは書いてあったんですけど」
「おいおい、好きにしていいも何も、あいつ依頼とかどうする気だよ?」
職人らしく革のエプロンをしたシドのぼやきは私も予想外だ。
仕事放り出すほどの野暮用ってなんなの?
「おやおや、これはどういうことかな?」
「会頭!」
さらに現れた新手に、ロディがそう呼びかけた。
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