193話:水撒きです
私たちは南門から馬で乗り込み、すでに騒ぎになっているテーセの街に戻った。
門で衛兵に止められたけど、オリガさんの持つ許可が効いて騎士も馬から降りず通してもらえてる。
「避難は北から南へだ。気をつけろ!」
顔を知る衛兵が逆走する形になることを忠告してくれた。
私たちは馬に乗ったまま街を行く。
有事専用の道とは言え、混乱と恐怖で走る人は忘れたり、元から知らなかったりで全力疾走は無理だ。
「退いてください!」
「危ないからこっちは駄目だよ!」
私とオリガさんが馬上から注意するけど、逃げるのに必死であまり聞いてくれない。
飛び出してくる人をイーサンたちは必死に避ける。
専用の馬だけあって手綱を引かずとも騎士の望むとおりに避けてくれるので、今のところ怪我人は出してない。
「これさ! 一度情報収集できるところ探したほうがよくない?」
アルヴィンが恐れ騒ぐ人たちの声に負けないよう言う。
するとそのアルヴィンと同乗するオリガさんが答えた。
「ところが、情報収集には北門が一番早いんだよねぇ」
「避難について何か決まりはないのか? これはあまりにも混乱しすぎている」
サンドロさんが南へ逃げる人たちが途切れないのを見て眉を顰める。
「今日、スタンピードについて告知の予定でした」
「すでに先立ってダンジョンは閉鎖して、北門の向こうには衛兵しかいないよ。いても街から直々に協力要請された腕の確かな冒険者だ」
私よりオリガさんが詳しく状況を説明した。
「たぶん西門の通りまで行けば各ギルドが避難を誘導してるはずなんだけどね」
北門周辺は冒険者ギルドが押さえている。
そして北門から西門までは工業ギルド、西門付近は商業ギルドが管轄して、東は教会と市庁舎と農業ギルドが分割しているそうだ。
そしてちょうど私たちが通ってる南西は、担当ギルドが置かれてない貴族屋敷やお高い宿屋近く。
そのため誘導するような人がいない、もしくは市庁舎のほうから派遣された役人も上手く連携できていないのではないかということだった。
「間が悪いな。スタンピード告知とほぼ同時にスタンピード発生か」
「確かに間は悪い。けど、悪いばかりじゃない。これは早すぎる」
「オリガさん?」
避けながら進むをしつつ、イーサンのぼやきにオリガさんが笑ってみせる。
「私たちが見た時点じゃまだ巨大変異種は出てくる気配なしだった。なのにそう時を待たずこうしてダンジョンからさえも出てきているんだ」
「どういうことだ? 巨大変異種を見た?」
サンドロさんはもっと前提のところで疑問を上げる。
騎士にはスタンピードの要因は教えられてるけど、営巣までは言ってなかったようだ。
だから私たちが営巣を見つけて倒そうとしたことも知らずにいた。
「あっぶないことするなぁ。え、あの伯爵令嬢も行ったの?」
アルヴィンが顔を引きつらせて、馬の上を見直す。
オリガさんはどう見ても非戦闘員だと思ってたようだ。
私も直接見てなかったら一人でダンジョンを調べ回るとは信じがたいけど。
「鳴動があったから生きてたんだよ。それはすでに聞いてるだろ。けど這い出て来るには早すぎる。これは成長を待たずに行動したと思うべきだろうね」
「つまり、未成熟のまま出て来たってことですか?」
確認する私にオリガさんは頷く。
もしそうなら倒せる可能性が高くなるんじゃないだろうか。
以前は成長しきった巨大変異種が現われたというし、今回はそれほどの大きさじゃなく、未熟ならその分以前より弱くなっているはずだ。
「そろそろ西門が近い。近づくにつれ南へ逃げる人は少なくなっている。いうとおり、この先は統制が取れていて、この道を使うなと指示する者がいるんだろう」
イーサンが人にぶつかる心配がなくなり道の先を見て言う。
そう言ってる間に西門から伸びる大通りに出た。
徒歩より早いとは言え馬の全力でもなく時間がかかってしまっている。
「次はどの道を…………、なんだ?」
サンドロさんがオリガさんに聞きかけたけど、けたたましい車輪の音に馬を止めた。
「目を閉じろ! 口に入れたら吐け! 水で流せば問題ない! スライム避けだ、我慢しろ!」
威勢よく叫ぶ声が車輪の音を越えて響く。
見れば暴走というべき乱暴な運転の馬車が西門の大通りを疾走していた。
屋根に乗り上がって桶を持つのは、揃いのフードと覆面姿の若者たち。
「闇ギルドの人たち!?」
暴走馬車からは桶を使って水がまかれる。
「あ! あれ、私が作ったスライム用の毒!」
「はは、エイダ。見知った顔がもう一人いるぞ」
「貴様ら何をしている!」
オリガさんの声に被せるように、威勢のいい恫喝が飛んで来た。
相手は闇ギルド会頭のアダルブレヒトさんで、暴走馬車の御者台からこっちを見てる。
「き、北門に向かうために送ってもらってます!」
「私は学術的な興味本位だが、エイダは対処できるからね」
「ふん! 結果として対処ができたからいいものの、盗人として袋叩きに遭う前に挽回できるくらいの働きをするんだな!」
吐き捨てて、アダルブレヒトさんはまた馬車を暴走するように走らせる。
闇ギルドの人たちはブーイングをしながらまた水撒きだ。
馬車の中身はいっぱいの水で、水の揺れが車体を大きく揺らして暴走させていた。
「さすが商人。使えるならなんでも使う。無駄な時間を割くよりスライムの侵入を防ぐために水撒きか」
オリガさんが大きく頷く姿に、イーサンは困惑しきりだ。
「あれはいったい何をしているんだ?」
「私がスライムの巨大変異種を倒す毒を作っておいたの。直接かける以外にも、こうして撒いてたらスライムが乗ると溶けて進めなくなるんだと思う」
つまり西門の大通りより南にスライムが行けないように予防している。
こういう使い方もあったんだって私が驚くくらいだ。
しかもスライム避けになるって教会で一回呟いただけなのに。
「いや、ほんと。したたかだねぇ」
アルヴィンは水を撒きながら避難誘導も行う暴走馬車を眺める。
「変に諦めるくらいならアダルブレヒトさんたちくらいの諦めの悪さを覚えてほしいな」
私の勧めにイーサンたちは驚いてしまった。
さすがに罪人扱いになった人を見習えは、騎士相手に駄目だったかな?
私たちが黙ると、オリガさんは手を叩いて切り替えた。
「さ、進もう! こうして街中に防衛ライン作ってるってことは思わしくないんだろう」
言われて私たちは息を呑む。
サンドロさんの合図でイーサンたちはすぐさま馬の歩を進めた。
「ダンジョン閉鎖とは言え急なことだ。対処が間に合っていないこともあるだろうね」
「洗濯槽の魔法陣は動かせるようにはしましたし、実際撒いてるなら使ってるんでしょうけど足りなかったんでしょうか」
オリガさんに私は不安を漏らす。
そうする間も北門へ向けて馬を走らせると、格段に人の姿は少なくなった。
開きっぱなしのドア、干されたままの洗濯物、道に転がる日用品。
誰もが取る物もとりあえず逃げた形跡がある。
「何故北に向かってるんだ?」
イーサンの呟きは、同じ馬に乗っている私にしか聞こえなかった。
目で追う先を確かめると、一つ向こうの道を北に向かう人の姿を私も見る。
すぐに馬が追い抜いてしまったけれど、恰好からして職人だ。
そして手には武器になる角材を持ってた。
「一人じゃない」
よく見ると袖をまくり、火掻き棒やフライパンを持った奥さまたちも留まっている。
それじゃ大した魔物は倒せないけど、スライムなら蹴りでも倒せるからちゃんと事情を知ってる人たちなんだろう。
「あれ、これってもしかして、スライムに侵入されてる?」
巨大変異種と一緒に現れると聞いたし、もしかしたらそっちが入って来てて冒険者以外も対処してるのかもしれない。
「北門だ! 開いているぞ」
サンドロさんの声に、私は行く手に目を凝らしたのだった。
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