192話:発生です
ソフィアさん側が用意してた案は、ベルトが返還されないことを見越しての脅迫まがいな要望だった。
最も重要なのはテーセの街の存続。
そしてそこに住む人たちの安全だと定めての妥協案。
そう割り切ったからこそいっそ心情的な嫌悪を出して、悪感情を隠さず相手の罪悪感を煽る方向なんだろう。
あと、お姫さまが長くないことを想定してできる限りテーセに有利に運ぼうと考えたのかもしれない。
まさかお姫さまのためを思って、医師の指示を守らない人たちが周りを固めてたなんて思わなかったけど。
そしてお姫さまもそれを止めないで死んでもいいと思ってるなんて知らなかったけど。
「スタンピードに今必要なのは人手です。相手はスライムとはいえ巨大変異種。いかに素早く削り切るかが重要になります」
「時間がかかればドラゴンが襲ってくるというのならダンジョンの中で仕留めないのか?」
ソフィアさんの説明にサンドロさんが意見を上げる。
騎士団長さんだったそうだ…………。
あとそこはもうダンジョンが崩落するって話し合った後です。
「北門の砦に誘導して閉じ込めてから上から狙うよ。もちろん相手は魔物でこっちの狙いどおり動いてくれる可能性は五分だ。ただ絶対西側の街道に逃がしてはいけない」
オリガさんも説明に加わり、砦への誘因失敗なら教会を次の迎撃拠点にし、そのために毒を用意しているとも話した。
「毒? それは巨大変異種とやらと戦う者の害にはならないのか?」
「っていうか量は? 巨大って言うくらいなら相当量が必要だろう?」
イーサンとアルヴィンの疑問には私が基本的なところから説明した。
その上で薬屋さんが容赦なく言い切る。
「ともかく自衛ができて集団で動ける人手が必要なのだよ。ついでに騎乗能力もあって運搬もできるとなればなお良い。そうした労働力を求められているのだ。意見など今さらどうでもいい」
もはや馬車馬扱いされているけど、サンドロさんは表情を変えなかった。
「引き受けよう。姫君のお命を救うためにその手段を選ばなければならなかったのはこちらのせいもある。少々の毒を受けようと退きはしない」
「あの、死にたがりのお姫さまの前でそういう命かけますって言わないほうがいいんじゃないですか? どうせならこうやって生きますっていう見本みたいなこと言えません?」
私は怒られないとみて、言いたいことを言ったら騎士にもお姫さまにもびっくりされる。
ソフィアさんはいっそ笑った。
「エイダさんの言い分は健康的でしょう。どうやらこの城塞全体に気鬱の病でもかかっているようですね」
「わたくしは、皆に、苦しい顔はしてほしくないと…………ただ、それだけで」
お姫さまが言い訳のように言うけど、それはもう回復するしか敵わない望みだし、諦めて死ぬんじゃ意味がない。
そしてイーサンはさっそく私の意見を取り入れるようだ。
「我が姫、我が主君。あなたの騎士は必ずやドラゴンを倒しその心臓を手に入れて御覧に入れます。そのためにしばしお側を離れますが必ずや生きて帰りましょう」
その横でアルヴィンも芝居がかって続ける。
「何、ドラゴンを撃ち果たさんとする騎士なれば、スタンピードに恐れをなすはずもなし。彼らの望む以上の働きをして戻ります」
他も倣う姿を見るに、思ったより騎士にとってここのお姫さまは絶対の存在らしい。
お姫さまが頷いてようやく本格的に人員の選抜を始めるようだ。
「わからないなぁ」
「柵が多いぶん動きが鈍い。だが動くとなれば柵で退けもしないから、やると言ったらやるだろう」
私の呟きにオリガさんが恐ろしいことを言う。
「…………静かだな」
低い薬屋さんの呟きは、一瞬わからなかったけど、そう言えばトリィの気配がない。
「え、あれ、いない?」
「テーセに異変!」
声だけでフューエが警告を発した。
サンドロさんたちは姿の見えない新手に驚くけど、私たちはテーセが見える窓に走る。
硝子の扉になっていて、開くと外にテラスがあった。
湖を越えてテーセの街が見える。
「さっき北門方面から狼煙が上がったのよ」
テラスに潜んでいたトリィが、私たちの側でそう教える。
次の瞬間、市庁舎から鐘が鳴り、続いて教会からも鐘の音が響いた。
どちらも重なり合ってすごい音になっている。
「これは! スタンピードが起きた合図!?」
ソフィアさんが言うには、両方を一緒に鳴らして緊急事態を表すそうだ。
「まさか鳴動はもはや営巣ならずと這い出て来たか?」
ここに来る前の報せから薬屋さんの想像はあり得る。
嫌な汗が浮かび、私はテーセの北が見通せないことに不安が募った。
ここから北門までは、遠い。
「さて、ここに来てる私たちは非戦闘員ではあるんだけど」
「え!? 行かないんですか?」
オリガさんに聞き返すと、途端に笑顔になる。
「もちろんこんな観察機会逃すわけないだろ。ま、エイダの場合は攻撃能力もあるし教会辺りを助ける手伝いはすべきだと思うよ」
「弟が全体指揮に回っているはずです。衛兵たちもこの日のために備えています。一番対応の遅れが懸念されるのは教会ですね」
「だが、一番被害が出るだろう場所は北門だ。さて、どうする?」
ソフィアさんに薬屋さんが懸念を上げ、私に意見を求めた。
「教会は壁に囲まれてますし、それより被害があるなら少しでも衛兵を助けないと」
「となると顔の割れてる三人が一番混乱なくエイダを送り届けられると思うんだけど?」
オリガさんが振り返った先には、イーサンとアルヴィンがテラスに出て来ていた。
その後ろで指示を出していたサンドロさんが命令を変える。
「私とイーサン、アルヴィンは先行する。副団長に指揮は委譲。隊を整えて教会へ向かえ」
「同乗は限られているのなら、先生とエイダさんで。私はメンシェルさんと後発の方々と向かいます」
ソフィアさんの言葉に薬屋さんは天を仰いだ。
「走る馬に乗れと? 私は使い物にならないと思ってくれたまえ」
すでに疲れたような薬屋さんを慰める人はいない。
その間にも人が激しく動き始める。
城塞の守りは城塞の守備兵が担うそうで、お姫さまの騎士は少数を残してほとんどが出るらしい。
「一人一頭馬を持っているのが騎士の強みだね」
「農家だと農耕馬を複数の家で一頭世話して働かせますからね」
私とオリガさんは同乗させてもらうため準備を待ちながらそんなことを言い合う。
すでに動きやすいようドレスに見せかけた服は邪魔な部分を分離した。
馬に乗ることに支障はない。
「エイダ、難しいだろうけどなるべく上体を揺らさないように」
私は馬上のイーサンに手を差し出されつつ、忠告された。
馬に乗り上がると高さに緊張する。
「走らせるから身は低く。通行に関してはそちら任せになるが?」
サンドロさんにオリガさんは応じる。
「ちゃんとテーセには緊急時、公用許可されてる人馬しか出入りできない道が決められてる。そこへの許可もソフィアからもらってるから大丈夫」
オリガさんはアルヴィンの馬に乗った。
サンドロさんは私とオリガさんが身を低くするのを見て馬を走らせる。
イーサンとアルヴィンが続くと、思いの外揺れる馬の背に私は必死に捕まるしかない。
馬車とは違うダイレクトな揺れに身を硬くした。
「エイダ、やってしまってから言っても遅いけど、ごめん。君は決して私たちに不誠実な行いはしなかったのに、裏切ってしまった」
イーサンが馬を走らせながら謝ってくる。
それを許すかどうかはもうテーセの街の問題で、私には答えようがない。
それと慣れない騎乗で答える余裕もない。
「許してくれなんて言えないけれど、こうして力を求められるなら今度こそ裏切らずに戦う。そして君が言ってくれたように、姫に生きて帰ってみせる。その後でまだ償いが足りないなら、何でも言ってくれ。必ず応える」
決意を確かに聞いたからには、これ言っておかないといけないだろう。
「私はいいけど、私以上に怪我した二人、叔父さんは衛兵隊長」
視界の端に見える手綱を握るイーサンの手に力がこもる。
簡単には許してもらえないどころか、これから行く先でひと悶着あるかもしれないことを悟ったようだった。
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