191話:果てはドラゴン退治です
城塞でお姫さまが死にかけていた。
自覚してるからこそ本人は死ぬ気で、それを騎士も、侍女も、医師も止めようとするけれど本人に生きる気がないから噛み合わなくなっていたようだ。
「ドラゴンの心臓なんてどうするんですか?」
私はオリガさんに聞き返す。
お姫さまを生かしたい人たちがドラゴンの心臓を求めるのがどういうことなのかわからない。
いやこのテーセには確かにドラゴンはいるらしいからイーサンたちにも聞いたことはある。
そして返った答えは、ドラゴン退治なんて現実的じゃないって話だった。
「ドラゴンの心臓から作れる薬は、弱っている者ほど劇的に回復させる魔法薬になる。いや、回復というのは正しい表現ではないな。身体的な強さを不可逆的に増強させるのだよ」
薬屋さんが言う不可逆な増強というのは、基礎から引き揚げるということだろうか。
つまり、騎士百に対して五くらいしか体力のないお姫さまも、ドラゴンの心臓の薬があれば人並みの五十くらいになれる?
「な、何故そのことを。私とて先日騎士方の前で漏らしただけなのに」
医師が驚く様子から、どうやら誰にも言ってなかった考えを言い当てたようだ。
ソフィアさんはそんな驚きを取り合わず冷静に返す。
「天使の羽根で無理だった場合、次に求めるものはと話し合った結果、このテーセで手に入れられる最上はドラゴンの心臓と結論に至っただけです」
どうやらベルトを得てもベッドを離れないことから相当病状が重いとみて、さらに上を求めた場合を想定していたそうだ。
オリガさんは鼻眼鏡を押し上げて広間にいる人たちを見渡す。
「このテーセのスタンピードで最も恐ろしいのは、スライムの巨大変異種を倒すために山からドラゴンが降りてくることだ。今回このエイダのお蔭でずいぶん巨大変異種への対抗策にめどがついた。けれどドラゴンという脅威は依然存在する」
「私どもとしてはドラゴンの脅威を退けたい。そしてあなた方はドラゴンの心臓を得たい。同じ目的をもって並び立つことができる条件は揃っています」
協力を謳いつつ、ソフィアさんは険しい顔を崩さない。
「ただし、前任の城砦責任者のようにドラゴンを無傷、無死傷者で相対できると思うのならばただの足手纏いですので城塞外への無益な出入りはお控えください」
「それは、どういうことでしょう?」
姫君の質問に、ソフィアさんは用意してたらしい書類を二つ差し出した。
「こちらは前任者が中央に提出したという報告書の写し。そしてこちらは何故か中央まで届かず行方がわからなくなった先代伯爵の報告書の控えです」
受け取った騎士が渡すと、姫君はさっと目を通してサンドロさんに回す。
「武に通じることのないわたくしでは内容が違うということくらいしか。けれど、文字から感じられる切実さは、先代伯爵のほうが真に迫っていると感じられます」
「これは…………確かに先代伯爵が書かれたという報告のほうが現場の空気を伝えるものかと。前任者はこうして並べるとなんというか、物語から引用した文章が多く、ドラゴンに対する描写も曖昧な点があり、本当に退治したとは、思われません」
「あぁ、騎士と衛兵の違いってそこか」
つい言ってしまった私に視線が集まり、言葉を続けなければいけない雰囲気になる。
「えっと、イーサンたちとダンジョン行った時に、戦い慣れてて理解力がないわけじゃないのに、なんで妙にダンジョンを力押しだけでどうにでもできると思ってるんだろうって不思議だったんだよね」
「つまり、物語的に語る前任者の甘い認識が基準だったわけだ。だが、実際ダンジョンに入れば一筋縄ではいかない。テーセは多様性と変化が特徴だ。その頂点に変わらず座ってるドラゴンが甘いわけないだろうね」
オリガさんも手を打って納得する。
衛兵は特にテーセ村の自警団の生き残りたちでダンジョンの恐ろしさは身に染みてる。
騎士は口うるさくダンジョンに入るのを邪魔されてるとでも思ったんだろうけど、実際は悪感情があっても心底からの忠告だった。
「すでに衛兵たちに確認し、ドラゴンが巣とする山頂へ至る道は確保してあります」
ソフィアさんの言葉に私は驚くと同時に納得した。
確かにあのヴィクターさんたちがドラゴンを放置なんてしない。
危険だからこそ住処や行動範囲を特定しようと動く気がする。
「さて、上流階級のお歴々。上手く立ち回ることが中央の作法だろう? だったらここで食えもしないプライドで我々を無礼打ちにするよりも、腰を低くベルトで姫の延命を図りつつ、テーセに人手を出して存続を助け、ドラゴンへの対策を持つテーセ住民の悪感情を少しでも和らげるべきだと進言しよう」
畏れ知らずの薬屋さんは、婉曲に頭を下げろと言い放った。
「それずっと思ってたけど、なんで悪感情なんて持たれてるわけ? 何もしてないのにびりびり殺気立って、こっちも警戒するのわかってくれないかな?」
アルヴィンが半端に笑みを浮かべていうのは、きっと騎士の持つ不信感なんだろう。
ただ相手が悪い。
薬屋さんは嬉々として言い返した。
「上に立つ者が、自らを優秀と謳う者が、民を下々と見下ろす者が! 知らないことが罪なのだ! 知りもしようとしないことが憎まれるべき愚鈍さなのだ! 魔物の餌になれと見捨てられた人々の憤りも知らず、武器も防具も揃っていながらなんら寄与しない者への落胆も知らず、聞く耳もなければただの事実さえ悪しざまに取られる嘆きも知らない。だから憎まれる理由すらわからないとは! その耳目は飾りにしてもいささか趣味が悪い!」
水を流すように滔々と罵倒され、アルヴィンも唖然とする。
ただイーサンは聞き咎めるように呟いた。
「魔物の、餌?」
「ここに助けを求めたら、前任者にそう言われたらしいよ」
私の答えにお姫さまは大きく息を吸って震える。
刺激が強すぎたとみて、オリガさんが少し優しめに説明をした。
「前任者が酷くて警戒してる所に、まったく関わってこないし警戒心隠そうともしない人たちが来たんじゃ、テーセの街の住民も警戒しないわけがないんだよ。特に君たちは伯爵や司祭なんて権力者しか相手にしなかったからね」
「ところ変わればという言葉を知りませんか? ここで王宮と同じ立ち振る舞いをしても姫君を助けることはできません。テーセの街を営んでいるのはそこに住む人々です。決して私たち伯爵家でも教会でもないのです」
きっぱりと言い切るソフィアさんに、医師は大きく息を吸い込み口を開く。
「どうか、どうか勘気をお治めください。姫君にはもうドラゴンの心臓しかない。ベルトは延命には使えます。けれど生き延びるまでには至らない。その上で厚かましいお願いですが、どうかベルトを作ったというそちらの薬師と魔女の一族の少女に手を貸していただきたい」
「薬屋さんはともかく、私はドラゴンの心臓なんて扱えませんよ。そもそもどうやって薬にするかも知らないし、ドラゴンは全身毒みたいな人間には強すぎる生き物ってことしか」
「それだけ知ってるなら素人よりましだ。ドラゴンを薬にするにはその毒性を極限まで分離する作業を繰り返す。そこで必要になるのは眩暈がするほどの魔力だ。魔力で抑え込み、洗い落としてようやく薬として使えるようになる」
薬屋さんは当たり前のようにドラゴンを薬にする方法を知っているようだ。
もしかしてラスペンケル以外の魔女の一族の中にはドラゴンを薬にする技術ある?
そんなことを考えてると突然金属音が鳴った。
見るとサンドロさんがこっちに向かって膝ついていて、その姿に騎士たちも倣う。
ついでに侍女たちも裾を広げて跪き始めていた。
「いかようにも詫びをしよう。また罪を償えというならば従おう。ただ、どうか姫を救うためこの命を使うことを許されたい。我々は蒙昧にも医師の不手際を疑いその治療を妨害した。ドラゴンを相手に命をかけろというのなら、もはや姫を害したに等しいこの命いくらでも使い潰してくれて構わない」
サンドロさんが謝罪の上、ドラゴン退治に命がけで臨むことを告げる。
医師も一緒になって膝をついてるけど、嫌な緊張感が漂い出していた。
「すでにドラゴンの心臓と魔力を豊潤に含んだ触媒以外は揃える手はずをしています。陛下にもドラゴンスレイヤーの貸与を求める手紙を王都へ送りました」
「ドラゴンスレイヤー、かつてドラゴンを切り裂き血を受けた宝剣ですか」
「あぁ、それならテーセに魔力を豊潤に含んだ酒を独自ルートで手に入れる者がいるね。金額はもちろん張るけど問題はドラゴンの心臓だけなわけだ」
ソフィアさんが言うのは有名なこの国の宝剣で、オリガさんがいうのはもしかして、ヴァインヒルの、ワイン?
なんだかお姫さまを助けられる手は整いつつあるけど、問題はお姫さまだ。
「あなたはいいの? 罪を犯した騎士が罪の償いに命を懸ける。そしてそれは全てあなたを助けるためだ。それだけ生きることを望まれていて、まだ諦めたまま?」
「わたくし、は…………」
お姫さま相手にあれだけど、私は言葉を繕っていては通じない気がした。
「私が言えることはただ一つ。あなたを生かすベルトは私だけが作ったんじゃない。テーセに住む人たちがお互いを助けようと努力して出来上がったものだ。それを死んでもいいなんて思ってる人に使っては欲しくないし、謝罪もないまま当たり前に使うなんて見過ごせない。ましてや他の人が命捨てて終わりなんて納得できないよ」
お姫さまは戸惑う様子で私を見る。
「責任を取るつもりがあるなら、まずは元気になって言葉で謝って。許すかどうかはその後だ。生かすための道具を死ぬために使うなんてやめて」
私が話す間、お姫さまはちょっと熱が上がったのが魔眼でわかる。
私は魔法でベルトの熱を吸い取る機能を作動した。
本来の容量が大きいから、お姫さまの熱を吸うくらいじゃ即座に破棄はされない。
さすがに死にかけの人から取り上げるのは気が咎めるし、別の手段で来たからこそできることでもあった。
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