16話:ペンが元気です
砦には初日に西門で顔を合わせた衛兵のロディがいてほぼ顔パスで通してくれる。
「衛兵ってのは門を守る。砦の警備もその一つだ。この前の口上は初めてテーセに来る奴多いとやるんだよ」
そう言って背負い籠を貸してくれた。
「砦ではこういう道具の貸し出しもしてる。この籠は植物を編んでできてるから軽くて丈夫。それに中の物の鮮度を保つ魔法がかけてあるから採集には必需品だぜ。ただし、燃えたり濡れた物を入れるのは禁止だ。籠が傷む」
私をクライスに間違えてそそっかしい印象があったけど、きちんと説明してくれるところはしっかり衛兵さんだ。
「おう、山賊の目撃なんかはあるか?」
「いや、ないっす。出ても夕暮れ前に慌てて帰ろうとする奴狙いでしょ」
なんかヴィクターさんとロディが物騒なこと話してる。
え、山賊出るの?
「あれ? 籠借りるの私だけ?」
「この季節だと、私たちが必要なもの、数揃わないから」
「俺らはエイダをしっかり守ってやるよ」
つまり、私のためだけに街の外に行くんだ。
「ごめんなさい」
「どうして謝るんだよ。俺らが誘ったことだし、エイダが呪文店しっかり運営してくれればこっちにも恩恵あるんだ」
「あ、私はそのブーツの履き心地テストだとでも思って。何か欲しくなったら摘むから、ついでに籠に入れてもらえたら嬉しいな」
「それくらい。でもやっぱり申し訳ないな」
私が思わず呟くとエリーとシドは顔を見合わせる。
「だったら次の機会に俺らが困ってたら手を貸してくれよ」
「そうそう。ダンジョン内でなら欲しい素材あるし」
「うん、わかった」
そうと決まったらしっかり杖の威力確かめないと!
がっちり装備の冒険者たちとは違う門から砦を出ると、向かった先は確かに草原だった。
ダンジョンのある山とテーセの外壁の間から西門に続く街道のほうまで平らな地形が続いている。
「山から雑木林でも続いてて良さそうなのに」
私の疑問にヴィクターさんが腰に吊るし直した剣に腕をかけて教えてくれた。
「ダンジョンできる前はここ畑だったからな。元の街道もここらを通ってたんだ。ま、見てのとおりダンジョン近すぎて放棄せざるを得なかった」
たまにある起伏をよく見ると草に覆われた石積みだ。
人の手で開墾した土地だった名残りだろう。
「叔父さんが生まれた頃はまだ畑だったんだよね? 私たちの時にはもう草原だったけど」
「今じゃ初心者の訓練場所になってるけどな。たまに山からはぐれ出た弱い魔物がいるんだ」
エリーとシドもそれぞれに武器を使いやすい位置に装備し直している。
そんな私たちは山の登り口に近い草原で止まった。
三人は見学的に私の後ろに立ち周囲の警戒。
私は周りを気にせず好きに杖の練習をしていいとのことだ。
「あの火が真後ろに飛んだのと同じ要領で氷を作ったら成功するかな? 氷作るって火をつけるより面倒な魔法だけど、属性的には杖の補助があるはずだし」
店で火をつけようとして失敗した。
あれは杖を使ったからこその失敗で、逆にただ氷を発生させるならどうなるか?
あの程度の呪文なら失敗しても大した被害にはならないし、杖の属性に対する性能を検証できる。
威力や射程距離が欲しいならもっとその辺りを重視した呪文が必要になるけど、今は試しだ。
「やってみよう。《氷よ、氷よ、氷よ》」
杖を前方に構えて私は唱えた。
すると杖が光ってすぐ消える。
これはちょっと失敗の気配があるな。
ただ何も起こってないように見えるけど、明らかに足元が寒くなった。
「あ、霜が降りた。氷作り出すとかじゃなくて、凍らせる系なんだ。呪文が合ってないのに効果は出る、か。じゃあ、《凍れ、凍れ、凍れ》」
言った途端、目に見えるほどの白い冷気が杖から噴き出す。
冷気に触れた草は次々に凍り付いて行った。
目に見える変化に後ろの三人も声を上げる。
「へー、すごいじゃないか。手の届かない範囲から凍らせられるなら一端だ」
「けど魔物倒すならもう少し射程欲しいな。あと動き止めるくらいの凍結」
「兄さん無茶言いすぎ。攻撃魔法じゃないんだから、十分よ」
確かに凍えさせるだけじゃ足止めにもならない。
射程に、凍結かぁ。
さっきの手応えからすると、すこし呪文を具体的にすれば凍る威力を強めることはできそうかな?
「…………《凝れ凝れ、寒く寒く。凍れ凍れ、硬く硬く。逃げるに能わぬ氷の棺を》」
軽い気持ちで呪文を作った。
こういうのはフィーリングだ。
他人に提供する呪文ならもっと考える必要があるけれど、これは私が使う呪文。
だから即興でいい。
そんな考えをちょっと後悔する勢いで杖から寒風が渦を巻いて噴き出した。
もし正面に誰かいたら狙い撃ちで凍るレベルだ。
「…………う、うわぁ」
私の正面から十歩くらいの距離が凍り付いてる。
今そんなに魔力籠めてないけど?
あれ? これってもしかして魔力を込める量で威力変わる?
素材任せって怖いなぁ。
「なるほどー。この杖は範囲をカバーできる魔法が得意なんだねー」
自棄ぎみに言うとヴィクターさんが近づいて来た。
「こりゃ驚いたな。ちょっと下がれ、エイダ」
「え?」
「今ので隠れてたモンスターが動き出したの」
「逃げるならいいんだが、こっち来てるのがいるんだ」
エリーとシドが庇うように私を後ろに退かせた。
すると草の中から興奮した様子の犬のような魔物が飛び出してくる。
「ハイドウルフ。この辺りには多い小型の魔物だ。普通、飛び出して来て不意を突いてくるんだが、よっぽどお前さんの魔法が嫌だったらしい」
「出て来てくれるなら楽よね!」
エリーが砦で弦を張った弓を構えて軽口を言いながら一射を放つ。
過たずハイドウルフの顎下に突き刺さった。
中型犬より一回り小さいのにすごい精度だ。
「だいたい、十匹前後の群れなんだが。さて、何匹出て来るかな?」
そう言ってる間にシドは鉈を振って下草ごとハイドウルフを切り伏せる。
「頑張れ若人」
「叔父さんもやって!」
片手剣は抜いたものの動かないヴィクターさんにエリーが怒る。
仕方なさそうにヴィクターさんも加勢に向かった。
私は一人安全圏に残される。
「…………うん? なんかカリカリ音が…………あ! 『自動書記ペン』、こら!」
魔術書を開こうとペン尻を擦りつけてる。
けど魔術書は専用のホルダーに固定してあって開けない。
クライスがダンジョンに挑む時に使っていたとエリーたちに言われて探したらビューロの抽斗にあったベルトだ。
持って行こうとしたらペンが勝手にベルトのペン差しに入って来たのには驚いたけど、どうやらペンの勝手を抑制する機能もあるらしい。
「さっきの呪文は要考察。まだ書かないの!」
私は嫌がるペンを掴んでベルトに直そうと一人別の戦いを始めたのだった。
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次回:連携ってすごいです




