13話:レベルが違いました
『ラスペンケル呪文店』に戻って、私は書類と本を机に放り出した。
「お店をやるって大変なんだな。うーん、ダンジョン行ったほうがいいらしいけど、どうしよう」
今日出会ったテーセで店を開くという店主三人は、クライスを知ってた。
そして私が店をやるならとアドバイスをしてくれた上でダンジョン行きを勧めてくれたこともわかる。
「あれ…………お店ならもしかしてクライスが」
私は机周辺に直されてる顧客情報が書かれた冊子を取り出した。
呪文作りは作る相手の性格や適性を加味しないといけない。
だからこうして纏めてるんだろう。
店をするならこれも目を通しておかないといけない物だ。
「防具屋、教会、研究家? これってパーティごとの情報でまとまってる? あのお店の人たちは年齢的にダンジョン行くのかな? あ、依頼票のほうかも」
私はさらに別の冊子を取り出して捲った。
う、これも多いな。
そして思ったよりも未達成依頼多くない!?
「あ、あった」
クライスへの呪文依頼に、マール、ヤーヴォン、ヘクセアの名前がある。
それぞれがクライスに呪文を作ってくれるように依頼してた。
期限は…………適宜?
呪文自体がまだ構想段階のもの、必要な素材が揃ってないもの、必要個数が揃ってないものなどすぐには完成しないのはわかる。
その分急ぎではないし、まだ手を加える余地があるようなことも書いてある。
「でも、お店私が留守番するって言ったのに、クライスにした依頼のこと、何も…………」
アドバイスはくれたけど急かすようなことはなかった。
期限が迫ってないからとも取れるけどもっと根本的に、私じゃ駄目なことをあの人たちはわかっていたのかもしれない。
「私とレベルが違いすぎる」
今の私じゃ再現不可能な呪文だということが、依頼票を読むだけでわかる。
だって材料の効能も依頼者の特性もわかってないんだ。
言わなかったのはそうとわかっていたから。
だとしたらこれは、悔しい。
「どうせ無理だって思われたぁ。いや、無理なんだけど。…………やる気ならってアドバイスくれただけ優しいのかもしれないけどぉ…………」
私はやり場のない気持ちを持て余して一人じたばたと足踏みをする。
うん、こんなことしてても始まらない!
気を取り直して顔上げよう。
「やってやろうじゃない! まずはダンジョン、は無理だから、クライスの持ってた本の内容身に着けよう」
ダンジョンは戦う場所。
けど私には戦うなんて無理だ。
まず行けると言われたこの杖自体を扱える気がしない。
だったらどうするか?
まずは攻撃じゃなくて身を守ることから始めるんだ。
そのためには致命的に知識が足りない。
「昨日読んだ初級はたぶんできる気がする。まずはやってみよう。それから護符系統の道具を作るために魔法籠めて、怪我した時の対処も考えないと」
私はやることを口にして上げながら、二階に行って本とノートを取って戻った。
「ただわからない材料が…………あ、『テーセダンジョン素材図鑑』!」
いいもの貰った!
探せば名前とテーセ周辺での採集地が書かれてる。
「すごい。処理の仕方まで。これ使える。…………なんでアイテム図鑑のほうはあんななんだろう?」
疑問は置いておいて、これなら処理されて保管されてる素材も目で見てわかる。
クライスは長期間開ける準備をして出て行ったようなので、今ある素材は全て処理済みだった。
「へぇ、ダンジョンで採集できるのは固有種ばかりで代用可能なんだ。一般的な物は販売でもある、か。これはダンジョンに行って採集すること以外にも、市場を回って何が流通してるか見ないとなぁ」
まずは本のとおりに一般的なほうで試そう。
「火を起こしたり水を作ったりは私が知ってるやり方でできる。じゃ、慰杯のこともあるし物を作るほうだ。小回復ポーションは、精製水に薬草の薬効を溶かし込むように。そして呪文は…………」
そこからポーションや道具の強化、天然石への属性付与、ちょっとした爆発物を作る。
「本当に本読むよりもやった方が簡単だ。本がなんか重々しく書いてあるだけで、丁寧に説明しようって気が感じられないせいだとは思うんだけど」
私は眼鏡を取って、作った物を机に並べてじっと見る。
どれも品質は悪くない。
けど、悪くない止まりだ。
「ここは習うより慣れよって奴だよね」
一定の成果に一息吐いて、私はもう一度手順をやり直そうと体を起こす。
素材が置いてある窓辺に寄って、そこでようやく外から赤い光が差し込んでいることに気づいた。
手近な窓のカーテンを開けるともう夕方だ。
「わ、お昼過ぎに帰って来たのに。えっと、まずは水を汲んで、ご飯を、あ、その前に灯りつけないと」
眼鏡を外したまま見ると、室内のアーチを支える柱には硝子に包まれた灯りがある。
けど火を入れるわけではないようだ。
「魔法だよね。クライスの呪文はなんとなくわかるし、そんな難しいもの設定しないだろうし…………って、もしかして店内は全て共通の呪文? 杖で示せばいいのかな? 《従順なる僕は主人の意思を汲む》」
私は結局ポケットに差しっぱなしだった杖を取り出して灯りに向ける。
すると、なんだか魔力の通りが悪いような感覚がして失敗かと杖を引いた。
瞬間、一斉に灯りが点いて室内が明るくなる。
「おー、全部魔法での灯りかぁ。魔石の消費どうしてるんだろう?」
疑問を覚えながら私はまた杖をポケットに突っ込んで水を汲みに外へ出た。
戻った後は薪の場所を確認して暖炉を覗き込む。
「こっちには魔法なしか。薪はいいとして、たぶん火をつけるのは魔法だよね。火打石は見当たらないし、これは山でもしてたから問題はない。一から呪文を唱えなくても簡易でこと足りる。《火よ、火よ、火よ》」
アイシクルスライムの杖を抜いて軽く振って、あれ、つきが悪い?
いつもならこれでぽっと点くのに。
「なんか、杖の調子が悪い? これくらいのことなら杖を使わなくてもできるか」
そう思ったら思わぬところからパチッと火の爆ぜる音がした。
「へ…………?」
振り返れば店舗の机に蝋燭の先ほどの炎が現われている。
そしてすぐ近くに初級呪文で作った魔物避けの一種だという爆竹が…………。
「えぇぇぇえええ!?」
私は叫びながら駆け寄る。
その間にも炎は机の上に降りて横へと広がろうとしていた。
会頭さんに貰った書類の束を掴み、謝りながら火を叩く。
小さかったからすぐに消えたものの、体中から冷や汗が噴き出した。
「な、なんで? え? 今までこんなこと…………。何が原因なんだろ?」
今までと違うのは場所。
それと、手に持っていた杖で…………。
私は暖炉の側に放り出した氷柱のような杖を振り返った。
「そう言えば、氷属性以外を使うと途端に性能が悪くなるって言ったら、アンドレアさんが合ってるって」
まさか簡易の呪文で暴発するなんて、性能が悪くなるにもほどがあるんじゃない?
しかも爆発物の近くに火が付くなんて、私の後ろだよ?
え、怖…………。
私が身を震わせると、カタリと音がした。
見ればビューロの天板が少し開いて中から『自動書記ペン』が覗き込むように斜めになって見えている。
「やめて。単なる魔法の失敗だから」
なんでも書こうとしないでよ。
真後ろに魔法が飛ぶって狙ってできればすごいことかもしれないけど。
私は『自動書記ペン』を押し返すようにビューロの天板を閉めたのだった。
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