12話:行くべきだそうです
「やぁ、私はここの店主のマールだよ」
最初にカウンターに現れた灰色の髪の細身のおじさんがそう名乗った。
そして後から出て来た来客も紹介してくれる。
「こっちの小さいほうが鍛冶職人のヤーヴォン。武器の鋳造を主な生業にしている」
「小さいは余計だ。ふん、全くクライスの奴め。戻らんと思えば身代わりを用意してるとは」
なんか物騒な言い方された。
ヤーヴォンさんは確かにマールさんの肩より下の身長なんだけど、小指さえコルク栓並みに太いし全体的に腕周りの筋肉が大きい。
身長は低いけど、決して小さいとは言わないよね。
「こっちの女性は酒場を経営してる、いや、占い師と言ったほうが君とは縁もできるかな?」
「いらないよ。あたしはヘクセアとでも呼んでおくれ。酒場だって表通りから外れた小さいもんさ」
金髪のヘクセアさんは皺が目立ち始めた感じの顔立ちをしてる。
手には細い筒を手挟んでて、その先には筒の先に差してある煙草から煙が昇っていた。
「初めまして、エイダ・ラスペンケルです。会頭さんからマールさんへ、お届けの物になります」
差し出すのは預かった箱。
受け取ってそのまま持ってきたから特に問題はないはず。
けどマールさんは中身を確かめてから、試すように私を見た。
「これ、中身知ってたかな?」
「いいえ?」
言うと中身を見せてもらえる。
そこには大粒の宝石の原石がキラキラ、ゴロゴロ。
「うわ! え、き、傷ついたりしてませんよね?」
「一応一つずつ緩衝材に包んであるからついていてもカットでどうにでもなるよ」
マールさんは笑顔で心配ないと言ってくれる。
けどヤーヴォンさんは怒ったように鼻を鳴らした。
「はん! こんな子供に高価なもん持たせて反応見やがったな。ハイモはどうも変なところで肝が小さい。クライスの店を任せるならどんと任せりゃいいんだ」
「あんた、クライスと違って抜けてるねぇ。こういうのはちゃんと中身確認して引き受けないと、後からトラブルの元になるよ」
「え、は、はい」
ヘクセアさんからの忠告に私は嫌な想像をしてしまう。
ここに来るまでに落としてたりしてたら大変なことになっていた。
特に会頭さんとそう言う話もなかったし、弁償となったら運んだ私に降りかかってただろう。
「子供を怖がらせてどうするんだい二人とも。騒がしくてごめんね。この二人はこうして私の店を喫茶店代わりにするんだ。クライスくんとも仕事をしたことがあるから、必要になったら声をかけるといい。そうそう、ヘクセアの占いは当たるからね、何処から手を付けていいか困った時に聞いてみるのもいいよ」
「勝手をお言いでないよ。ちょっとの先読みと歳の功さ。本物の魔眼持ちには劣るよ」
魔眼という言葉に私は思わず身構える。
そんな私を見てヤーヴォンさんが不思議そうに瞬きをした。
「お前さんも魔女の家系だろ。その目、魔眼じゃないのか?」
「え、知ってるんですか?」
「魔女の家系が魔眼持ちっていうのは、魔女と商売したことある奴なら知ってることさ」
「まぁ、見ただけで影響及ぼされるなんて恐ろしいと、忌避されることが多いからあまり吹聴することでもないよ」
ヘクセアさんとマールさんも当たり前に知ってるようだ。
山では絶対村人には言っちゃいけないって言われてたんだけど。
「商売ってことはこの街、魔女がいるんですか?」
私の質問になんでか三人は顔を見合わせる。
そしてマールさんとヤーヴォンさんに目を向けられたヘクセアさんが首を横に振った。
「この国はラスペンケルの魔女たちが国にがっつり絡んでるからね。他の家系の魔女がいても大っぴらにはしない。そっとしといてやんな」
「そう、なんですね」
我が家も必要がなければラスペンケルを名乗ることはなかった。
まず平民に名字なんてないし。
養子問題の時にはクライスが嫌がるなら国を出るとは言ってたけど、両親も本家に関わるのは面倒がってた。
その割に腹いせはするつもりらしいけど。
あ、子供抱えては危ないから逃げるって選択だったのか。
その子供が独り立ちしたら遠慮なく意趣返しってこと?
「で、お前さん。クライスの代わりに店をやるんだろう? どの程度できるんだ?」
ヤーヴォンさんが鋭い目で私を見据えて聞いて来た。
「その、まだ慰杯をまずどうにかしなきゃってところで」
「ヤーヴォン、昨日着いたばかりだというのに気が早いよ」
「けど、慰杯でできるかどうかってレベルなら、先は長いね」
心配してくれてるのか、三人の店主は会頭さんから私にどんな話があったかを聞いてくれる。
「で、店の留守番は書類でどうにかなったんですけど。ただダンジョンを勧められても怖くて…………」
「私の見立てでも、確かにその杖なら炎熱地帯辺りとすこぶる相性はいいだろうね」
マールさんはどうやら会頭さんの意見を推すようだ。
ヤーヴォンさんは分厚い手を振る。
「こんな見るからに素人、いい武器持ってたって使いこなせやしない。怪我するだけだ」
「店やってくなら行くしかないだろ。需要も供給もわからず何売るって言うんだい」
ヘクセアさんは店主としての意見を私に向けた。
「いいかい、エイダ。この街はダンジョンの産品で回ってる。街の外から来る冒険者や商人もダンジョンの産品狙いだ。そんなこの街で呪文店の需要って何かわかってるかい?」
「えっと、ダンジョンで使えるアイテムを、作ること、ですか?」
私の答えにマールさんが困ったように笑う。
「それはあくまで一部。呪文作りの本領は行き詰った冒険者に新たな攻撃パターンを供給できるということなんだ」
魔法を使えなかった者が魔法を使い、今以上の威力を出せなかった魔法使いがその才能の極限を引き出す。
それは呪文を作れるラスペンケルだけができること。
「あの慰杯は呪文作りの有用性を宣伝するためにクライスが考えたもんだ。合う呪文があれば誰でも扱える商品なんだってな」
「な、なるほど」
クライスの仕事を他人から改めて説明されると、なんだかすごいことのようで私は気後れする。
私の心を見透かすようにヘクセアさんがはっきりと告げた。
「だからあんたはまず、ダンジョンを知りな」
「ダンジョンを、知る?」
「知らないものが怖いんだ。体感してないから知らないんだ。あのダンジョンは初心者でも行ける場所がある。そこに一回行ってみるんだね」
「おいおい、素人一人でダンジョンは無理だろ。かといってそんなところにつき合ってくれる冒険者もいない」
素人の私がダンジョンに挑むことに反対なヤーヴォンさんへ、マールさんが反対意見を上げる。
「そこは授業料では? あぁ、いえ。人のいい防具屋の兄妹か、献身好きの教会に頼れば授業料さえいらないこともあるね」
「あ、会頭さんもその二つのパーティに話を通しておくと言ってました」
どうやら私という素人が一緒でも行ってくれる人を紹介するつもりだったようだ。
「あぁ、そうだ。ちょうどいいものがある。これでも読んで少しは興味持ちな」
奥に引っ込んだヘクセアさんは、戻ってくると一冊の薄めな本を差し出した。
表紙には『テーセダンジョンおすすめ美容成分特集』と書かれている。
どうやらダンジョン産品で作れる美容製品の紹介らしい。
「あなたそれ、私の店に勝手に置いてたもう読まない本じゃないか」
マールさんが呆れると、ヤーヴォンさんが拳で掌を打って同じように奥へ。
「それならわしはこれだな。ここのダンジョンは基本的に洞窟だ。そこでの取り回しのいいナイフについて論じた物になる」
ヤーヴォンさんもイラストが主な本を差し出すけど、マールさんの反応からこれももう読まない本らしい。
「まぁ、売るものの方向性を絞って売るのも一つ経営の仕方だよ。売るものに合わせて店の改装をしたければ商業ギルドに専門の部署があるから相談するといい」
そう言ってマールさんが持たせてくれたのは『テーセダンジョン素材図鑑』。
このテーセダンジョンなんとか図鑑ってシリーズで出てたりするの?
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