11話:ダンジョンも美味しいですか?
商業ギルドでダンジョンを勧められて私は悩んでいた。
「防具屋と教会のパーティに話しは通しておくとか言われたけど」
アーケード街を歩きながら唸ってしまう。
「防具屋はエリーとシドでしょ。教会に冒険者パーティ? 本当に教会の人だとしたらなんでダンジョン?」
謎だ。
それともダンジョン街ならではなのかな?
少なくとも私が育った地域で教会が魔物退治なんて聞かなかった。
王都なんかには聖騎士という教会の騎士がいるらしいけど、騎士自体田舎にはいない。
「クライスの再現ならダンジョン産の素材いるんだろうけど、買うんじゃ駄目なのかな? ギルドなら卸値で買えることもあるって言ってたし」
会頭さん曰く、素材によっては手間賃で売値の倍以上の額になり、必ず欲しい物が欲しい数と種類あるとは限らない。
でも自分で行くならまず住民はダンジョンへの入場料が無料で、道具も砦で貸し出しがあるらしい。
そして欲しい物を狙って採集に行ける。
「クライスの手紙にあったから、ここに来るまでにダンジョンについてちょっと聞いたけど、普通は一般人の軽率な挑戦を規制するって話だったはずなのに」
それだけこの街の人は強いのかな?
魔眼でエリーたちを見ておけば良かった。
この目は物だけじゃなく人間の強さや得手不得手も見透かせる。
「って、ここでもしていいじゃん」
私はアーケード街の端に寄って道行く人を見る。
眼鏡をずらしてざっと見た感じ、服装だけなら買い物客がほとんだ。
お店の人を見ても表面だけ見るなら一般人。
「…………あぁ、そういう」
特別に鍛えている人はいないし、いても日頃の生活で鍛えられた肉体程度。
ただそこに魔力を内包した物品の気配が幾つもあった。
ここはダンジョン街。
ダンジョンから出た物品が最初に加工され、最初に店頭に並ぶ街。
「つまり、一般人でも良質な道具を手に入れやすいのか」
ここを歩いてるのはダンジョンに挑戦する装備を纏った冒険者じゃない。
なのに良質な魔法の気配が通りすぎ、日常使いできるくらいの良品がありふれていることがわかる。
「クライス、こんなところで店開けたってすごくない?」
よく考えたら専用の呪文なんて玄人向けの店だ。
それで留守番でも店を開けてほしいと言われるくらいの需要を生み出してた。
ちょっと双子のレベルの高さに焦る。
自分なりにラスペンケルの技術を身に着けたつもりだったけどクライスはその先にいるんだ。
「っとと、いけないいけない」
私はぼんやりと立ち止まってた足をまた動かし始めた。
帰りに会頭さんからお遣いを頼まれたんだ。
アーケード街から道一本外れた場所にあるお店へ、注文の品を届けてほしいと。
お遣い分の小銭とあまり物だけどと前置きされて物も貰っている。
届けるのはちょっと重量のある箱一個。
片手で持てる範囲だしこれくらいならと引き受けた。
「気を使ってお遣いなんて名目つけてくれたのもわかるしね…………」
お遣い先は、品質が安定しているという魔具屋。
ダンジョン素材の加工や杖の製作もしているそうだ。
今後お世話になることもあると言われたけど、もちろん私はそんな店行ったことない。
気後れする私にお遣いついでに覗いてみればいいと会頭さんは言った。
「こんな図鑑まで貰っちゃって。本当にクライスいなくて困ってるんだなぁ」
店に関する書類と一緒に抱えた一冊の本を私は改めて見る。
片手で持てるくらいだけど厚みがあり、それなりにしっかりした造りだ。
表紙には『テーセダンジョンアイテム図鑑』と書いてある。
テーセ街の子供にダンジョンを知ってもらおうと作ったものの、不評で余っていたんだとか。
「ダンジョンで採集できる素材で作られる品物が描いてあるって言ってたけど、あ、蜂蜜取れるの?」
知った物の名前に目を止めるけど、よく見ると表記はハチミツ。
「『何故かダンジョンの岩の間から採取される。本当に蜂が作ったかはわからない。』…………え?」
可愛らしいイラストに手短な紹介文。
だけど内容が不穏。
「え、ちょっと待ってよ。他は? ウォック焼『ダンジョン新名物。甘辛いたれで煮込んだ牛型魔物の薄切り肉。煮込みだけど名前は焼き。』…………これは」
不評だろうね。
新名物って明らかに売り出しのための宣伝じゃない。
ちなみにウォックという魔物のことも書かれてるけど。
「『詳しくはテーセダンジョン魔物図鑑で』って。同じような図鑑他にもあるんだぁ。あ、ヘシルツォ?」
朝ごはんに食べた鳥の名前を見つけた。
あれ、ダンジョンの魔物の肉だったんだ。
いや、美味しかったけどね。
「ヘシルツォ焼『ヘシルツォの焼き鳥。ヘルシーで美味しいが、倒すには骨が折れる。』」
この街の職人は自分で素材を…………いや、やめておこう。
今度食べる時にはちょっと露店のおじさんに感謝しながら食べようかな。
っていうか意外と魔物の食べ物多いな。
子供向けらしいから身近なところから攻めたの?
…………ダンジョンって美味しい物が取れるのかな?
「うん、全く知らないよりはましか」
イラストがついてて名前と形は一致する。
私は図鑑から顔を上げて、辿り着いた小さな広場を一望した。
広場を中心にして並ぶ店舗は、どうやらどれも奥に長い形をしているようだ。
「そう言えば、店の入り口の大きさでかかる税金が変わるんだっけ」
会頭さんからの説明の中にそんなことがあった。
「えっと、『マール魔具店』は…………」
看板の出し方はそれぞれで、入り口の上に大きく掲げられた物もあれば、店の前に板状の看板を出しているところもある。
『ラスペンケル呪文店』のように盾形の看板を吊り下げているところもあった。
「道沿いの角って言ってたけど、あ、あった」
入口にかかったプレートに店名があるのを見つけた。
二階建てで幅はあまりない。
会頭さんが直接お遣いを頼むくらいだから、大きな店かと思った。
「すみませーん。商業ギルドからお届け物です」
入ってみると天井は二階分の吹き抜けになっており、幅が狭い分天井の高さで広さを出している。
道沿いの壁には窓が並んでいて明るいそこには商品らしい箱が並んでいた。
中身は自ら光りを発する魔石もあれば、繊細な装飾を施された杖、細工として呪文を彫金された装飾具などだ。
奥にカウンターがあってその向こうにはドア。
私の声に応じてそこから一人の男性が現われる。
「おや…………」
「初めまして」
「あぁ、君がクライスくんの。いや、驚いた」
「誰だい?」
「どうした?」
どうやら来客中だったようだ。
私たちの会話を聞いて、奥からさらに二人の男女が姿を見せたのだった。
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