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100話:南の城砦にて

他視点

 私はテーセの街から南門を越えて城砦に戻った。


「着替えろ、イーサン。姫のお耳にお前が独断専行していることは届いている」

「はい、団長」


 テーセまで冥府の恵みを求めて闇市へ向かい、エイダに庇われことなきを得たが、失態は失態。


 その後慰めるように昼を共にすると、騎士団の仲間がやって来たのだ。

 私のためにやって来たのはサンドロ団長と同期のアルヴィン。


「姫の騎士が闇市とか。焦るにしてももっと考えろよ、イーサン」


 私の軽挙はアルヴィンの言うとおり軽率だったとは思う。


 ただアルヴィンの軽口も軽挙には変わりないはずだ。


「ナンパなどと余計なことをいうアルヴィンに言われたくはないな…………」

「あ、逃げちゃったあの子? ごっめーん」


 エイダはアルヴィンの軽口に慌てて、そのまままともに話すことなく去ってしまった。

 助けられた相手だがそれ以上に重要人物だったというのに。


 アルヴィンは全く知らない上に悪びれもしていない。


「彼女は、以前虫に襲われた時に助けてくれた相手で」

「あぁ、あの? あちゃー、本当にお邪魔しちゃったわけか」


 気の早いアルヴィンの返答に、私は溜め息を禁じ得ない。

 気安い動機ではあるものの、調子が良すぎて不真面目なのが玉に瑕だ。


「それに、冥府の恵みについて重要な情報をもたらしてくれたんだ」

「何…………?」


 軽口のアルヴィンに対してサンドロ団長が厳しい声で聞き返した。

 サンドロ団長は若くして騎士団長を任されるだけの実力と勤勉さを有した方だ。

 厳格であり、使命に実直で、独断専行した私を自ら迎えに来てくださるほど情もある。

 ただ少々厳格さが前面に出過ぎていて、初見では近寄りがたい存在でもあった。


 私は団長への報告のため、姿勢を正して答える。


「どうやら群生以外の場所で冥府の恵みを発見し伯爵のほうへと報せを入れたそうです。本人は善意のようで…………」

「うわちゃー。それ完全に伯爵が調子乗って要求してくるぞ」


 さすがにアルヴィンもことの重要性に気づいたらしく軽薄な笑みが引きつっている。


 伯爵は金を願い、兵力を願い、それでもまだ足りないと言い続ける輩だ。

 高く堅牢な壁に囲まれてなお、ダンジョンに怯えて要求ばかりを突きつける。


「あの臆病者が。私たちは姫の騎士。この危険な僻地に赴かれると決めた姫をお守りすることこそが使命だ。ダンジョン周辺の魔物の掃討をしろなどとよくも言う」


 城砦での伯爵の呼び名をサンドロ団長が吐き捨てる。

 どうやら最近すでに何かしらの要求を突きつけられたらしい。


 そこに余計な一言をいうきらいのあるアルヴィンが口を挟んだ。


「けど、団長。その情報源睨んで追い払うようなことしたの、団長もだと思うんですよね。『魔女が何をしている』って」


 その団長の睨みを受けても笑う胆力は、素直にアルヴィンの強みだとは思うが。


 エイダは顔を隠すように布を被っていた。

 けれど零れる夕焼けのような色の髪は見間違いようもない魔女の証。


「団長。彼女は魔女の一族だと言ってましたが、あれはどういう意味なのでしょう?」


 私がエイダと出会った時は朦朧としていた。

 けれど意識がはっきりしても心配してくれた言動はちゃんと覚えている。

 だから王都に巣食うラスペンケルの魔女と特徴が同じでも気にしてなかった。


 そのエイダが団長に声をかけられて反論していたのだ。

 それが「魔女ではなく、一族です」というもの。


「ラスペンケルはどうやら本家とそれ以外が隔絶しているそうだ。一族とは本家ではないという意味だ」

「団長の言うとおりなら、あの子は王都の魔女とは直接かかわらない親戚筋って? ははぁん、いい子っぽかったのはそのせいか」


 アルヴィンの軽口に真剣さはないものの、確かにエイダはいい子なのだ。

 見ず知らずの私を助けて魔物を前にも庇うようなことをしてみせている。


 あれは騎士として初めての経験だった。

 同時にその小さな背中が大きくも見えたものだ。

 あんな怖気の走る巨大昆虫を前によくも、と。


「他に何か言っていなかったか。薬草が何処にあったかなど」


 私は団長に首を横に振るしかない。

 その辺りは濁された。


 それでもエイダは私を安心させるように言葉を続けている。


「そう言えば、研究家に他の自生地を割り出させての捜索が始まるようだと」

「うわ、完全に冥府の恵み抑えに行ってんじゃないか」

「こちらに回すために何を要求してくるか」


 すでに伯爵には群生が潰れる前と変わらない量を供給するように言ったのが拒否されている。

 優先度の高い者がいると言っていたが、優先されるべきはこの国の姫をおいて他にいない。

 だが、その姫が重篤者がいると吹き込まれればすぐに引いてしまうような方なのだ。


 これで悪化でもすればいったいどう責任を取るつもりなのか。

 騎士団には伯爵を捕らえよという者もいる。

 けれどそれは団長が抑えた。

 最も恐ろしいのは逆恨みだと言って。


「王都に戻ることを考えるべきでは?」

「ここで回復に向かったのは確かですしね」

「悪化してまた戻ることになった時どうなるかが問題だ。侍医は今少し発作がないことを確認してからが良いと言っていた」


 私たちは伯爵に対して不信感がある。

 同時テーセという街に対して危険視をしていた。


「王都に戻る際に前任者のように襲われることは…………失礼しました」


 思わず漏れた懸念に、サンドロ団長は厳格に答える。


「あってはならない。ましてや前任者の時のように見逃すこともまかりならん。姫の名誉と御身のためにも、不埒な逆賊は全て叩き切る。それこそが我ら騎士団の役割だ」

「そう言えば、前任者って結局なんで怨まれて襲われたんです?」

「スタンピードの際、城砦を守ったからだ」

「「え?」」


 私も襲撃は聞いていたけれど予想外の団長の答えに、アルヴィンと声を揃える。


 そんな当たり前のことで何故襲われなければいけないのか。


「前任者は村人からの出撃要請に応えず持ち場を守った。その際、少々の言い争いがあったとは聞いている。その時の失言を逆恨みして最も無防備な時を狙い襲撃した」


 幸いにも前任者は一命をとりとめ、その分、実行犯にも情状酌量がという話らしい。


 団長も当時のことは知らないが、赴任に際して王都に送られた報告に目を通したそうだ。


「それで、どうします? それ、あのお優しい方に報告をするんですか?」


 言ってアルヴィンは首を横に振る。

 言うわけがないとわかってて聞く辺り、戯言が好きなのだ。


「…………団長、私は、ダンジョンへ行きたいと思います」


 もちろん目的は薬草を探しに。

 まだ伯爵が動いていないなら闇市に行くより確かだろう。


 そんな私の考えを読んだように団長は頷いた。


「つき合おう」

「え?」


 予想外の返しに驚くと、アルヴィンが笑う。


「そりゃいくだろ。俺らも闇市行くような無謀はしないけど何かできないかとは思ってたんだ。そこに手がかりがあるとなれば、まずはあの子、エイダちゃん?」

「言わない分別があるだけ、でまかせとも思えない」


 団長もアルヴィンも私と共にダンジョンへ向かう気のようだ。

 そのためにまずエイダから話を聞きだすことで方向性は一致している。


 けれど大問題があることを、私は告げなくてはならない。


「…………私は、テーセに住むことしか知らないのです」


 私の言葉に団長はアルヴィンを睨む。

 軽口で逃げられてしまったアルヴィンは大袈裟に手を振って無実を訴えた。


 そんなことをしていても状況は変わらない。

 このままでは伯爵が冥府の恵みを押さえて、姫のための薬の量を絞ったまま身の程知らずな要求を突きつけて来る。

 そんなことが姫の耳に入ればせっかく小康状態の容体が悪くなるかもしれない。


「まずはエイダを捜すことからしないと」


 私は剣を捧げた姫のためにも、そう決意を言葉にした。


隔日更新

次回:お祭りだそうです

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