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1話:やってしまいました

 私は飛び散る赤に目を奪われた。

 倒れる青年の頭を中心に地面に流れ落ちる赤には形の崩れた塊が散乱する。


 私の手の中で砕けた器もまた赤く染まって地面に落ちた。


「…………やってしまった。あぁ、勿体ない」


 私の嘆きに、青年と一緒にいた村人が目を剥く。


「そっちか!? エイダ!」

「当たり前じゃないですか。これ、去年作ったベリージャムの最後の一つだったんですよ」


 私は言い返して砕けたベリージャムの容器の残骸を手から落とす。

 せっかくパンを買った帰りに、ちょっとジャムつけて食べて休憩しようと思ったのに。


 だいたい十も半ばの私の片手に乗る程度の容器だ。

 手籠めにされそうになった抵抗で頭にフルスイングしたら砕ける程度のもの。


「ふ、ふふ…………そう騒ぐな」


 頭をジャム塗れにした青年が起き上がる。

 近くの村の村長の孫で、一応村の女子には人気の顔面なんだけど、今は血のりのように真っ赤になってて怖さが先立つ。


「俺を傷物にしたんだ。その対価はもちろん体で払って…………ぐふ!」

「あ、間違えた」


 ついお腹を蹴って不愉快な言葉を止めると同時に、私から距離を開けさせてしまった。

 村長の孫について来てた村人がまた怒鳴る。


「何を間違ったらそんな暴力になるんだ! やっぱりこいつ魔女の血筋のヤバい奴だって! 本当に嫁にする気かよ!?」

「うぅ、その、魔法の力、あれば…………」


 うん、みぞおちに入れたわけでもないし元気げんき。


 というわけで、きっちり乙女に男二人で襲いかかって来た落とし前つけてもらおう。


「ねぇ、家畜に使う去勢の魔法って、人間にも使えるって知ってます?」

「「え?」」


 笑顔で確認すると、二人そろってぽかんと間抜け面。

 私が一歩近づいたことで何をされるか理解した途端、顔が引きつった。


「魔女の血筋に手を出そうって言うなら、それなりの覚悟はあったんですよね?」


 ベリージャムの怨みも込めて脅すと、本気に取られてしまったようだ。


「「ぎゃー!? 呪われるぅ!」」

「呪いとは違うんですけどねー。私の健脚から逃げられると思ってますかー?」


 私は村まで村長の孫たちを追い回すことになった。


「ということで、村にかけてあった魔法解いてきちゃった」


 山の中腹の村から山頂近い家に戻って、私は両親に報告をする。

 村で悪事を暴露して制裁してもらおう、なんて思ってたら、村人のほとんどが承諾した上での悪事だったから。

 とは言え、仕事を無にしてしまったので両親に勝手をしたと怒られる覚悟はある。

 ただ間違ったことをしたつもりはない。


 そんな私に神妙な顔のお父さんは重々しく聞いた。


「ちゃんと去勢はしたか?」

「え? それはさすがに…………」

「あら、やれば良かったのに」


 お母さんまで。


「どうせ村の奴らが結託してエイダを引き止めようと馬鹿なこと考えたんだ。それくらいしても良かったんだぞ」

「そうね。エイダがここを離れると聞いてから、ずっとうるさかったのよね。村長の孫と結婚して残れって」

「そんなの初耳なんだけど。というか、どうして兄弟に会いに遠くの街に旅に行くってだけでそんなことに?」


 我が家は正真正銘、魔女の血筋だ。

 両親ともその血筋で旅先で出会って結婚し、この辺りを旅していた時に産気づいて定住した経緯があり、村人からすれば完全に余所者。

 親しくしていたのは季節ごとに住居を変える羊飼いや炭焼きの人たちくらい。


 そして私には養子に出たクライスという双子がいるのだけれど、独り立ちをして魔法を売る店を開くと手紙があった。

 七年ぶりに会おうというだけの話だったのに、本当にどうしてそうなるの?


「魔法使えない奴らは、本家を離れてうろついてる俺たちみたいなのがめずらしいんだよ」

「それにエイダが家を出るならここに家を構えている理由もないもの。羊飼いさんたちとも七年越しだねなんて話して」

「え、私?」

「あら、もしかして忘れたの? クライスが本家に連れて行かれた時、私たちここを離れようとしたのよ」

「それをお前がクライスの帰る場所がなくなるって泣いて嫌がるから。まぁ、クライスも本家離れて家建てたなら立派になったもんだ!」


 そんなことあったかな?


 というか今さらっと最初から私が旅立ったら出て行くつもりだったみたいなこと言ってない?

 え、普通にクライスに会ったら帰ってくるつもりだったのに。

 帰って…………来なくてもいいか。

 うん、ここ帰るには中腹の村通らないといけないし、あそこと付き合う以外ここで暮らしてはいけないんだし。


「クライスも一人で店やり始めたって手紙にあったんだろう? 手伝いとして置いてもらえばいい」

「あなたたち、二人で一人の魔法使いなのだから、最初から引き離すほうが問題だったのだもの」


 なんだかすでに話はまとまっていたようで、両親は頷き合う。


 つまり私の独り立ちは決定らしい。

 男性に襲われそうになったっていう衝撃を上回る話の流れなんだけど。


「お金、路銀分しかないのに…………」


 私の嘆きなんて聞いてない両親は、手早く必要なものに縮小の魔法をかけて回って荷造りをし始めた。

 私の顔よりも大きな本が、どんどん豆ほどの大きさに縮んでいく。


「二人が生まれて十四年ぶりの旅ね、あなた。久しぶりにワクワクするわ。また本家の手抜き呪文を見つけて看破してしまおうかしら」

「そうだな。ちゃちな呪文を大金で買わせて、汚職の手伝いをするなんて馬鹿な真似まだ続けてるなら、うちの子を連れて行った腹いせにもいいな。君の複写魔法が火を噴くのをまた見られると思うと胸が躍るよ」

「あら、あなたの華麗な変装魔法を思うと私は胸が弾むわ」


 え、二人だけにすると犯罪行為に走るの?

 腹いせしたい気持ちはわかるから止めないけど。


 魔法の才能があるからと突然押しかけて来た本家の魔女は、私の双子を養子として連れて行った。

 魔女の血筋なので本家に男の子は生まれないらしく、クライスは次の本家継嗣となる。

 ただし名目上なだけでクライスは本家を出て別の街に店を持つことにしたそうだ。

 手紙には「やっとだ」と書いてあった。


「はい、エイダ。旅に出る日に渡そうと思っていたけど、クライスへのお土産。この辺りでとれる魔法素材よ」

「クライスに会う前に路銀が尽きたら売ってもいい。ぼったくられないよう気を付けるべきだろうけど、まぁ、失敗も一つ旅の醍醐味だ」

「そうか、素材自分で売る手もあるんだ。ありがとう。まずは手持ちの素材売ってそれでも足りなかったらお土産に頼るよ」


 渡された革袋の中にはさらに包みで種類わけがされていた。

 鉱石や木の実が主で、珍しい魔獣の鬣なんかも入っている。


「あ、ここに来た時に持ってた服。もう今さら着れないわね」

「そんなことないさ。君はいつまでも可愛い俺の奥さんだよ」

「でもあなたも、この若い時の派手なベスト着ないでしょう?」

「あぁ、うん。年齢的にちょっとな。そうだ、エイダ。これはクライスに俺からの餞別だ」

「あら、いいわね。それじゃ、これは私がエイダに。お祭りの時に着るといいわよ」

「不用品を回すにしてももっと私のいないところでやってほしいな。それにくれるなら、おじいちゃんかおばあちゃんの魔術書がいい」

「だったら、この箱に呼びこみの呪文をかけると手紙が届くんだ」

「そして、この封筒にかかってる魔法を再現すれば私たちに手紙が届くわ」

「つまり、最後の課題? できたら魔術書くれる? よし、やってみる」


 一家の旅立ちは慌ただしくにぎやかに。

 その日の内に私は旅にでて、両親も居を払ったのだった。


隔日更新

次回:勇んで行ったら留守でした

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[気になる点] >10も半ば この言い方だと半年足らずで11歳になるという意味になります。 ミドルティーンだと表現したいなら「10代も半ば」では [一言] え いや強姦犯では?(未遂でも本人が反省して…
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