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life goes on1

【Side カーレクティオン】


 日が差し込んでいる清潔な部屋で、それでも薄暗く感じるのは部屋の主のせいだろうか。


「生きてるみたいだな」


 城の奥深くにある一室、そして今は元聖女を閉じ込めるのに使われている部屋を覗く。

 日当たりは悪くなく、調度品も一通り一流のものが揃っている。

 高位の貴族であっても、問題なく使えるであろうその場所。

 だがそれでも、その部屋で暮らしている女の機嫌を直す事はできなかったようだ。


「死んでた方が良かったかしら?」


 豪奢なベッドに転がっていた女が、視線だけをこちらに寄越す。

 艶めいた長い髪をシーツの上に流している気だるげな様子は、やはり色気がある。

 魔力を限界近くまで吸い上げられて散々な目に遭ったのに、なお消えないそれは本物なのだろう。

 とはいえ目的もなくなった今、もう抱こうとは思わないが。


「オルガネーゼの寝覚めが悪くなりそうだから、生きてた方がいい」


 聖女の言葉を否定して、生存を喜ばしいと伝えてみる。

 俺がここに来た理由だって、うちの倉庫番がこの女を気にかけていたからだ。

 言葉にした事はないが、共に暮らしていれば分かる事もある。

 そしてその悩みを解決してやろうと思うくらいには、俺は彼女を気にかけていた。


「随分と彼女を甘やかしてるのね、私にはそんな事してくれなかったのに」

「そんな関係じゃなかったろ」


 不満げな聖女の言葉に、俺はまた否定で返す。

 実際俺達の関係は一度限りのものだったし、それだってコイツが俺の言う事を聞くように仕掛けた常套手段だった。

 結果としては、俺の想定が甘かったという事が分かっただけだったが。


(それに、こいつはどうも守ろうと思えない)


 この女は守られる事に憧れている様だが、実際は下手な男などより遥かに強い。

 姿こそ可憐ではあるものの、一国の王子を陥落して神を召喚した女だ。


(噂によれば側妃も排除したらしいしな)


 俺とフルフェルトの母親が違うように、この国には王妃と側妃が存在する。

 オルガネーゼがフルフェルトの婚約者であった時も、実は側妃の席そのものは存在していた。

 だがフルフェルトが下手な女に操られないよう、この女が裏から手を回して排除したと聞いている。


(俺などより、余程恐ろしい)


 少女の皮を被っているが、中身はもっと油断のならない何かだ。

 そしてそれが分かっているから、俺はこの女を保護対象として見ることはできない。

 けれど本人に自覚はないのだろう、未だ自分の事を哀れな被害者だと主張している。


「一方的に狂わされただけだものね、あなたには」


 聖女の方も、俺と和解する気などないのだろう。

 これ以上こちらを見る事はなく、再びベッドの上を転がって俺から顔を背けるだけだ。

 だがその身に力は全く入っておらず、彼女が全てを諦めた事を体現している。


「そういや、何で俺に執着したんだ?」


 ここに来たついでなので、俺も気になっていた疑問をぶつけてみる。

 俺の顔が良い事は自他共に認める所だし、武器になるという自覚もある。

 だから過去に、それをもって聖女を傀儡にしようとした。


(けれどあの女が倉庫に押しかけてきた時、そういうものに騙されたようには見えなかった)


 最終的には「結婚しろ」だのと言ってきたが、それだって俺が欲しいというよりはオルガネーゼの邪魔をしたいが故の行動のように見えた。

 そしてその想定は、やはりほぼ正確に的中していた。


「彼が勝てなかった時の為の、予備として欲しかったの。私が一番になる為の武器としてね」

(やっぱりか)


 予想通り、聖女は俺自身に執着していた訳ではなかった。

 だが彼女の言い振りでは、オルガネーゼ自身にも恨みがある訳じゃないように聞こえる。


「私ね、前世の記憶があるの」

「そういやアイツもそんな事を言ってたな」


 ふと思い出したように聖女が語る、竜に襲撃された際に発覚した転生者の存在。

 話を聞いた時は真偽を確かめる時間もなく、重要度は低いと考えていたので今まで忘れかけていた事。


「前世では虐待されて死んだのよ。愛される事もなく、守られる事もなかった」

「それでこの世界では抵抗してやろうと思ったのか」


 聞けば聖女があの凶行に及んだ理由は、自身が虐げられた事に対する復讐だった。

 確かにそれは世間一般的に、同情される事だろう。


(そしてフルフェルトや俺の後ろ盾を得て生きているオルガネーゼが、許せなかった)


 これで聖女がオルガネーゼを執拗に潰そうとしていた理由は分かった。

 だからと言って彼女の苦しみが楽になる訳ではないし、彼女の行動が許される訳ではないが。

 けれどそんなものは、この女が一番良く分かっているはずだ。


「あなたには分からないでしょう」

「まあな、責める気もないが」


 自虐的に笑む聖女に、俺は肩を竦める。

 実際、俺はそういう正義の人間ではない。


「そういうのが許せないなら、お前もフルフェルトもとっくに処刑台行きだ」


 今この女と弟が生きているのは、あくまで俺とオルガネーゼが黙っているからに過ぎない。

 聖女と弟のした事は犯罪で、それを裁くのが正しいに決まっている。

 けれど私情でそうしなかったのだから、まあそういう事である。

 だが聖女にとってそんな事は、全て知った事ではないようだ。


「私はあなた達のせいで全て失ったわ」


 唇を尖らし、不平を訴えるその姿は拗ねているようにも見える。

 甘やかに睨んでくる様子は、そういう趣味の者を簡単に陥落させるだろう。

 もちろん俺は、そういう趣味の者でないので魅力を感じる事はないが。


「勘違いしてるようだから言うが、俺もアイツもお前が王妃になる邪魔はしていないぞ」

「あら、そうだったの?」


 意外そうに答える聖女に、やはりそう見えていたのかと俺はため息を吐きながら再認識する。

 薄々感じてはいたが、俺達の行動は聖女の邪魔をしていると捉えられていたのだろう。


(だがそれは全く違う)


 俺もオルガネーゼも、この女が王妃になる事を邪魔しようとした事は一度もない。


「結果的にはそうなってたかもしれんがな。そもそもだいぶ後になるまで、お前達の仕業だというのも分からなかった」


 勘が良いだのとオルガネーゼや周りの人間に言われる事はあるが、実際には後手に回る事の方が多い。

 現場に足を運んで分かった事実から判断しているのが、そう見えているだけである。

 だから何かが起こる前には防げないし、むしろ起こってからが俺にとっては本番だった。


「とにかくお前の敗因は復讐すべき存在を間違えた事だ、復讐するのであれば虐待した本人に返すべきだった」


 言っていて分かる、これは偽善的な言葉だ。

 言葉としては正しいものの、誰も救いはしない言葉。


(けれどオルガネーゼを追い回したのは、お門違いだ)


 婚約者の立場からオルガネーゼを追い出したのは、自らの立場の為だと考えるなら理解できる。

 だが、その先は完全に八つ当たりでしかない。


(この女を虐げたのは、オルガネーゼじゃない)


 ならば、やり返されたって当然だ。

 理不尽に虐げられたのであれば、オルガネーゼにだって抵抗する権利がある。

 そして虐げた理由に、同情することもできない。


(とはいえ、この女が復讐すべき存在がこの世界にいない。最初から詰んでいたんだ)


 捨てられない恨みを、ぶつける相手のいない衝動を、この女は最初から抱えていた。

 だから遅かれ早かれ、この女はそれを癒す為に暴れていただろう。


(未だにこの女はその恨みから抜け出せていないし、俺も救ってはやれない)


 同じ体験もしていなければ、同情できる感覚も持ち合わせていない。

 だから俺の言葉は正しげな姿をしているが、慰めの力は少しも持たなかった。

 この女もそれが分かっているから、真面目には聞いていないのだろう。


「興味なさげだな」


 答えを得られたはずの聖女の声に、やはり覇気はない。

 体と同じように、ただそこにあるだけだ。


「もう、全て終わった事だもの」


 口から漏れ出た言葉は、本人すら受け止めず消えるだけ。

 それは聖女の言葉の通り、何をしてももう意味を成す事がないからだ。


「私はこの世界でも失敗した、きっと幸せに生きる事はできないの」

「それは理想が高すぎるせいじゃないのか」


 自暴自棄な言葉に反論してみるものの、この女が納得する事はない。

 これで納得するようなら、そもそもこの女はフルフェルトを陥落する事は出来なかった。


「一番じゃなくてもいいって事? 嫌よ、怖いもの」

「怖い?」


 けれど想定外の言葉に、俺は思わず聞き返す。

 この女に怖いものがあったとは驚きだ。

 フルフェルトを誑かし、竜までこの国にけしかけたこの女が。

 けれど聖女は、他人には分からない恐怖を抱えているらしい。


「そう、誰も蹴落とせない場所に私は行きたいの」


 夢を見ているように、少女の言葉が軽くなる。

 一番上の、安全な場所に行きたいという願い。

 それを実際に叶えさせるほどの何か。


(実際に何があったかこの女は語らないし、語られてもその恐怖を理解できるとは思えない)


 実際に体験していない俺とこの女では、思いを共有する事なんてできやしないだろう。

 それこそ、一生掛かっても。


「私は恐れる事なく、明日を迎えたい。ただそれだけよ」


 聖女が今まで言葉にしてきた願いの中で、それは最も切なる響きを持っていた。

 全ての行動は、もしかしたらこの願いに全て集約されるのかもしれない。


 ならば、それを言われるべきは俺ではないだろう。


「じゃあそれはコイツに言うべきだな」

「ちょっと兄上!」

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