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端役の王子と、存在し得なかった聖女4

「どう、して。神様があんな杖に負けるのよ!」


 世界を破滅に導く門は閉じ、消失した。

 そして神の降臨が阻まれた聖女は、絶叫する。

 あれは彼女にとっての、切り札だった。


「神殺しは他の属性には一切効かないが、神においては必殺に近い効力を持つ。アレも相手にしたくないんだろう」


 さすがに一度で神を殺す事はできないが、それでも退散させる程の力を持つ杖。

 更に神殺しの経験者であるカーレクティオン様が来た時点で、彼女に勝ち目はなくなっていた。


「何にせよ、お前の負けだ。フィーカ」


 カーレクティオン様の言葉が終わると同時に、部屋にあった全ての門が音を立てて内側から砕けていく。

 そして門は最後に少しでも魔力を回収しようとしているのだろう、聖女から今までにない勢いで魔力を吸い上げていた。


「う、あああああああああああああああああああ!」


 可憐な少女から発されているとは思えない、叫び声。

 今までの所業の罰か、代償か。

 魂を食われているかのような悲鳴に、私は立ち尽くす事しかできない。


「今までの反動が返って来ている、もう抵抗はできないだろう」


 対するカーレクティオン様は、ただ彼女を見下ろしているだけだ。

 彼はもう、彼女に言う事はないのだろう。


(でも、私にはまだあるわ)


 今までずっと、まともな対話を避けてきた。

 それは面倒が嫌だったからでもあるし、また彼女に負けてしまったらと言う思いからでもあった。


(けど、もう話さなくちゃ)


 体力の限界か、いつの間にか悲鳴すら消えた聖女に私は近づく。

 気づいたカーレクティオン様が止めようとするが、私は首を振って制止した。


「あまりその女に近づくな」

「大丈夫です」


 業火に晒されたように肌を焼け焦がせた聖女は、もう動けない。

 魔物や神を召喚できても、元を正せばただの人間だ。

 そしてただの少女が代償を払ってしまえば、こちらを攻撃するどころか立つ事もできない。


「どうして、私は幸せになれないのよ。どうして」


 それでも精神力だけで向かって来ようとする聖女の目は力を失っておらず、指先もこちらに向かって痙攣している。

 こうなってしまえば大の男でも諦めるだろうに、その意志はどこまでも強く恐ろしい。


 でもその聖女から、私はもう逃げない。


「聖女になって、王子の婚約者になって。これ以上何を望むのですか」


 未だ恨みを向けてくる聖女に、問う。

 聖女であり、王子の婚約者であるという事は、実質この国で最も権力のある女性であると言って差し支えない。

 彼女が主人公であるなら、物語二つ分のハッピーエンドだ。

 間違いなく人以上に幸福であるはずなのに、それ以上を望む理由。

 それが私には分からない。

 けれど彼女も問われて、そう簡単に返してはくれなかった。


「許せないからよ、だからあなたを潰さずにはいられないの」

「私、あなたがフルフェルト王子の婚約者になって幸せになるのは構わなかったんですよ」


 理由を頑として述べてくれない聖女に、私は彼女への気持ちを吐露する。

 するとこちらに伸ばそうとしていた聖女の手が、止まった。


(これは嘘偽りのない私の気持ちだ)


 強がりでも何でもない。

 彼女が王妃になって死ぬまで幸せになるなら、それでも良かった。


「随分慈悲深いのね、勝者の余裕かしら」

「いいえ、あなたを許した訳ではないのでそれは違います」


 あの日追い出された事実と記憶は、今も変わらず私の底に沈殿している。

 これは、どんなに幸福になっても癒えないものだ。

 無理して大丈夫だと笑う事はできても、完全に克服する事はできない。

 けれどそこに至るまでの原因を否定する気も、私にはなかった。


「確かにあなたの言う通り、私は王妃に相応しくなかった。だからあの日追放されても、文句はありませんでした」


 私が口にした事は、傷にはなったが確かな事実でもある。

 彼女は確かに私を追い出したし、その理由は私欲だとも思っている。


(けれど逆に言えば、私はその程度で追い出される人間だったという事)


 ましてまともな抵抗すらしなかったのだ。

 彼女に負けるのは、必然だった。


「でも逃げた先の幸せすら奪うのであれば、抵抗します。あなたがどんなに不幸でも、それは私の幸せとは関係ありませんから」


 王妃の件で私が悪かったのは、そこまで。

 婚約者の座から追い出されたその先は、また別の話だ。


「そう、私には理解できないわね。私なら私を許さないわ」

「えぇ、お互いに理解は無理でしょう」


 どういう理由かは知らないがフィーカは私を攻撃せずにはいられないし、私は彼女と和解する事などできない。

 永久に平行線で、けれどそれがきっと正解だ。

 私達はカーレクティオン様とフルフェルト王子以上に、そりが合わないのだから。


(無理にどちらかが合わせる事もできない)


 合わせられる程度の関係であれば、とうにどちらかが折れていた。


「だから、ここでお終いです」


 私を虐げた分としてはもう、彼女は十分罰を受けた。

 他の罪に関しては裁くなら、私の管轄下ではない。

 だから、もういい。


(私の幸せに、彼女は関係ない)


 それが分かったから。

 そんな簡単な事を分かる為に、こんなに時間が掛かってしまったけど。


(もう、大丈夫)


 だから私と彼女のお話は、ここで終幕だ。




「しかし良く持ちこたえたな、あれが完全に姿を現していたら終わりだった」


 全てを終えて倉庫に帰る途中で、カーレクティオン様が私に語り掛ける。

 やはり本能が怯え切っていたのは、正しかったのだろう。

 あれは本来、人間の手に負えるものではなかった。


「相手が神で助かりましたね」

「そうだな、対峙した事がない魔物が召喚されていたら本当に死んでただろう」


 聖女の敗因は、神を召喚してしまった事だ。

 あれが神や竜以外の何かであれば、こちらには反撃手段がなかった。

 けれど神であったが故に、こちらは確実な対応手段を持ちえた。


「お前が無事で良かったよ、本当に」

「私もあなたの元に、戻れて良かったです」


 未だ半壊の倉庫の扉を開けて、ほっと息を吐く。

 やっぱりここは、どこよりも帰ってきた気がする。


「そういえばお前、俺が聖女に言った意味って分かったか?」


 いつもの場所に座りながら、カーレクティオン様がふと私に問う。

 けれど色々あり過ぎてすぐには思い出せなかった私は、少ししてから答えを出した。


「分かりますよ。私はあなたの大事な倉庫番である、恋愛感情はなしで」


 カーレクティオン様が言っているのは、私が転移魔法に巻き込まれる前に言っていた「お前は抱きもしない女と一緒にいる意味が分からないのか」という言葉だろう。


(そしてその意味は、「特別扱いではあるものの、私に恋愛感情はない」というもの)


 そこが私達の関係の本質だ。

 意図的に言い方が歪められていた事もあってフィーカは騙されていたが、この考え方で間違いないはずだ。

 そしてカーレクティオン様も、やはり私の認識に同意する。


「それで合ってるよ、恋愛程度の揉め事でお前を失いたくはないからな」

(あら、思ったより重い感情)


 予想通りの同意と予想外に続いた彼の言葉に、言葉にはしないものの思わず瞠目する。

 だって彼が私にそんな感情を抱いているとは知らなかった。

 もちろん彼の中の「恋愛」が決して重いものではないのが、一番の理由であるはずだが。


(けど、やっぱり特別扱いをされるのは嬉しい)


 ここまでずっと私は、どんなに取り繕ってもあの追放された日から逃げられなかった。

 フルフェルト王子に捨てられ、フィーカに追われたあの日を、どうしても頭から追い出す事はできずにいた。

 でもこれからは、記憶の方から私の頭を出ていくだろう。


「お前、案外珍しいんだよ。俺の噂とか聞いて対応を変えないのって」

「もちろん、あなたがそういう人だっていうのは知ってます。それを手段としている事も」


 どういう理由であれ、あの日の呪いから救い出してくれた彼。

 あの日から一緒に過ごしてきて、いい面も悪い面も見てきている。

 そしてもう、このくらいなら私には許容範囲だ。


(だってそれは、きっと彼も同じだから)


 私は前世の記憶に頼り過ぎて、竜が来訪するのを防げなかった。

 来訪した後も、ずっとまともに動く事ができなかった。

 けれど王国を滅亡の危機に晒した私を、一度として責める事なく彼は解決に導いてくれた。


(他の人には許せない事も沢山あるんだろうけど)


 少なくとも私は、彼を許せる。

 彼も、私を許してくれる。

 そういう関係性に至る事ができた。


「私にとっても、あなたは特別ですよ」


 隠す事なく素直に、関係性への思いを伝える。

 愛の告白ではないけれど、あなたが大切だという感情を。

 替えの効く存在ではないのだという事実を手渡す。

 するとカーレクティオン様は、今までで一番ほっとした顔で笑った。


「お前もそう思ってくれてるんだな」

(……あ)


 そしてその笑顔を見て、ふと私は一つの考えに行きついた。

 普段はしないような柔和な笑みが、彼と真逆の弟と血が繋がっている事を想起させる。

 そのせいで、いつか見た王子の微笑みを幻視してしまった。


(もしかしたらあの聖女と王子も、同じような形で繋がっていたのかもしれないわ)


 彼らはずっと、利害によって繋がれているのだと思っていた。

 けれどフィーカの言葉を聞いてからは、とてもそうだとは思えない。


(あの二人は、お互いをどう思っていたのかしら)


 今まで考えた事のなかった、彼らの関係性。


(彼らにも、私達の知らない絆があったのかもしれない)


 意思を介在させずに繋がれた私とは違う、自らフィーカの手を取ったフルフェルト王子の意思。

 カーレクティオン様に向けていた感情より強かったかもしれない、フィーカの王子に対する感情。


 一度思い至ると、際限なく想像があふれてくる。

 ただそれをちゃんと知る機会は、もう既に失われていた。

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