端役の王子と、存在し得なかった聖女2
物騒な物が集められている部屋を見回して、私は使えるものを探す。
すると見覚えのある、門を破壊する武器として使えそうな道具をいくつか発見できた。
(燃え盛る火の門には、呼び水の宝石を)
澄んだ水の色をした小さな石を、転がるようにして床から拾い上げる。
これは魔力を流し込むと、深海に繋がる美しい石だ。
だがゲームでは辺り一帯を水没させるまで止まらず、洪水騒ぎになってしまった。
(けれど今なら、その恐ろしい力も頼もしいわ)
轟音を立てて炎上する門に、そのまま宝石を投げ込んでやる。
すると門の魔力を吸い上げた石は信じられない量の水を吐き出し、瞬く間に炎の門を鎮火させた。
(よし、いけるわ!)
無力化された門を見ると、今まで張っていた虚勢が自信に代わる。
そしてそれは、本来叶わない存在に立ち向かう勇気を私に与えた。
(湧き出る水の門には、嵐の羽根を)
何かの破片を含んだ羽根を、飾られていた壁からむしり取る。
暴風を征く鳥から採取できるこの羽根は、瓦礫などを含んだ暴風を巻き起こして都市を壊滅させてしまう。
今度はその羽根を、滂沱の濁流を流している門に突き刺す。
すると溢れ出していた水を根こそぎ奪うようなつむじ風が起こり、魔物もろとも門を吹き壊した。
(これで召喚される魔物の対処も同時にできるわね)
門の破壊と同時に召喚先への道筋が途切れるようで、魔物は壊れた門からもう出てこない。
けれど喜ぶには、まだ早い。
(吹き荒れる風の門には、地裂の花を)
淡く色づいた可憐な花を、割れたテーブルの上から手繰り寄せる。
今にも散ってしまいそうな儚い風貌だが、一度芽吹けば石畳であろうが容赦なく粉砕して大地に咲き誇る。
その花を、荒れ狂う風を発生させている石造りの門の隙間に叩きつけた。
すると時間を早回ししたかのように叩きつけられた場所から植物が芽吹き、門を内側から破壊しながら狂い咲く。
(残りは一つね、けれど完遂するまでは油断できないわ)
失敗と言うのは、こういう最後の瞬間に起こるものだ。
だから慎重に、けれど怖がらずに手筈を進める。
(咲き誇る土の門には、業火の酒を)
美しい彫刻をされた瓶に入った酒を、棚からひったくる。
人体が発火させるこの酒は魔力を持つが故に、一度口にしてしまえば体を燃やし尽くすまで飲む事を止められない。
最後にその酒を瓶ごと、極彩色の花を咲かせた樹で出来た門に打ち付ける。
すると割れた瓶から酒が漏れ出し、火種もないのに周囲の魔物を道連れとして門を焼き尽くした。
どれも人に与えてはいけないような、恐ろしい力を持つ道具ばかり。
けれどそれ程の力を持つ事もあって、要素の含有量も普通の物とは一線を画す。
おかげで辛くも魔物から逃げ回り、全ての門を破壊できた。
(……なんだか、気持ち悪いわ)
門を破壊されているのに、聖女は動きを見せなかった。
召喚には力を使うし、完了するまでは常に呪文を唱えてなければならない。
だから理屈だけで言えば、筋は通る。
けれどそれだけでは説明できない、妙な違和感があった。
(ここで戦っているのを、知られたくないのかしら)
どうにもよく分からない、不自然さがある。
じっくりいたぶりたいのもあるだろうが、私を瞬殺できるような上位の魔物は未だ召喚されていない。
彼女は、何が目的なのだろうか。
私を殺すだけなら、それこそいくらでも手立ては。
「っ」
直後に、私は知る事になった。
彼女が魔物を生み出していただけではなかった事に。
「私の勝ちね」
召喚に力を使ったせいで疲労を滲ませているものの、勝利を確信した聖女は勝ち誇った顔をしている。
そしてそれを合図にして、召喚されていた魔物達が悲鳴を上げて次々に倒れていった。
(魔物が、何かに捧げられている)
直感的に、私はそう理解した。
地に伏した魔物は様々な色の要素に分解され、空に向かっていく。
そして陽光の降り注ぐ天井から、青空に要素が集まって新たな門が作られているのが見えた。
(魔物以外も、彼女は招来していたのね)
異常な魔力を前に、今になってそれを理解する。
招かれたのは竜と同じ雰囲気を感じる、けれど遥かに濃い何か。
「ふふ、そして最後は私よ」
そして閉じられた鍵を開くように、聖女がその門に向けて魔力を注ぐ。
すると水を与えられた花が開くように、空に作られた門が開きはじめた。
「神様ってあんな感じなのね」
門の真ん中から、徐々に巨大な何かが姿を現し始める。
彼女の言葉通りだとするならば、それは神の片鱗なのだろう。
見えているのはごく一部であるが、この世のものとは思えない程の神々しさを感じる。
けれど、なんで。
「どうして、この世界に神は」
「設定であった事なら、それはこの世界で本当に存在する事よ」
愕然とする私に対して、神を降臨させた女は悠然と微笑んでいる。
そして彼女は、いよいよ正体を現した。
(やっぱりフィーカは転生者だったのね)
設定、という言葉から間違いないだろう。
やはり彼女はこの世界で生まれた訳ではなく、私と同じ別の世界の人間だ。
「フェルもね、ゲームの中には設定としてしか存在していないの」
聖女が勝利を目前にした余裕からか、そんな事をぽつりと呟く。
それは神と言う超常現象にも等しい存在を降ろしている今、あまりにも小さな事。
けれど私はその言葉に、今まで気にもしていなかった事実に初めて気がついた。
(そういえばフルフェルト王子は、ゲームで見た事がないわ)
隠しキャラクターであるカーレクティオン様は、出会う前から存在を知っていた。
けれどフルフェルト王子に関しては、実はゲーム知識でも分かることはなかったのだ。
(だってこの世界では存在しなかった聖女であるフィーカとも違い、彼は数多に存在するうちの一人だったから)
彼は王城での王位継承権争いに巻き込まれた、その中の王子の一人。
いわゆる名前もない端役だ。
だからこそ王位継承の順位が繰り上がる前に、私なんかと婚約させられてしまった。
(それはつまり、物として扱われていたも同然だったという事)
偉大な発明家である私の父が望んだ、私が生きていくのに困らないように誂えた後ろ盾。
王位継承は望めないから、その程度の使い方しかできないとぞんざいに扱われた。
事実として彼は兄になれず、兄を超えることもできなかった。
それが、彼の本質。
「けれどあの子だって、この世界で生きているのよ」
フィーカの瞳が、ゆらりと揺れる。
それは炎のような、美しいが人を傷つける輝きだった。
「手の届かない兄を呪って、力を欲しがっていた。私が見つけた子なの」
(あぁ、だから王子は彼女の手を取ったのね)
こんな時だけれど、初めて語られた話に彼女たちの関係性を垣間見る。
名前すら認識されない青年に、聖女は手を差し伸べた。
つまり流れで婚約した私とは、最初から思い入れが違ったのだ。
「だから育てたのよ、大切に。けれどあなたが台無しにした!」
感情の噴出に合わせて、フィーカから多くの魔力が溢れ出てくる。
普通であれば無理な魔力の放出は、その身を傷つけるので避けるものだ。
だが彼女にはそんな理性など、もう残ってはいない。
「邪魔したいならすればいいわ、これまでと同じように。それ以上の力で排除してやるから!」
ゆらゆらと揺れ続ける瞳は、自らすら燃え尽くしかねない光を湛えている。
きっとそれは、ここまで来ても彼女達を理解できない私への怒りだ。
(けれどもう、相互理解すべき段階を超えてしまった)
もっと早く、時間を掛けて話していれば何か変わったかもしれない。
けれど私はそれから逃げ回り、彼女は多方面に被害を出した。
(なにより今は、もうそんな事をしている場合じゃない)
もはや話し合いなど、優先順位に並びすらしない。
だから怒りに満ちた、けれど動けない聖女から視線を引き剥がして空に向かい合う。
(見ているだけで、頭がおかしくなりそう)
竜との対峙で多少の耐性がついているらしく、見ただけで気絶はしない。
もちろんそれだけで、どうにかなる問題でもない。
(でも、やる事も変わらないわ)
どんなに強大な存在であろうと、やるべき事は儀式の破壊だ。
人間が何かを呼ぼうとする時は、大なり小なり儀式を行う事が必須となる。
それに現状、対抗できる手段がそれ以外存在しない。
けれどそう思えたのも、門となった空から這い出るものを見るまでだった。
「……っ」
隙間から、巨大な人の指のようなものが這い出てくる。
そして、直感で理解した。
(ダメだ、これは)




