失われた物語と竜狩りの英雄譚9
「悪いがお前達に、この世界はまだやれない」
聞き馴染んだ声に振り向くと、カーレクティオン様が杖を構えていた。
その体を、街の人達が総出で支えている。
「大人しく神の御許に帰れ!」
遂に主砲として構えられていた杖の先から、光線が発射される。
勢い良く飛び出した光の反動に、カーレクティオン様は体を支えていた市民もろとも後方へ吹き飛ばされた。
だが、それを喰らった竜にはそれ以上の致命傷を与えられている。
「――――――――――――――――――――――!」
断末魔に、世界を呪うような咆哮を。
けれどその叫びは、もう人々を脅かさない。
小さくなったそれは、次第に人々の歓声に掻き消された。
「死に、ましたね」
打ち滅ぼされた竜は、砂になって消えてしまった。
こうなればもう襲ってくる事はできない。
力尽きて崩れ落ちているカーレクティオン様も、半分は同意見だった。
「あぁ、だが俺たちは元を絶たないといけない」
(元?)
元というのは、神の事だろうか。
この戦いの前に話していた内容では、竜の主である神はこの世界に降りては来ない。
けれど話の流れが変わってしまった今になっては、ありえない事などないと思ったほうが良いだろう。
「竜は何らかの儀式によって喚ばれていた。最後の瞬間、魔力が山脈に流れていくのが見えたからな」
(儀式って事は人によって、これが起こされたって事?)
それなら話は大きく変わる。
もし人為的に起こされた事なら、犯人がいるという事なのだから。
「それはどの辺りですか」
「あっちだ」
カーレクティオン様が指差す先には、何の変哲もない山がある。
だがゲーム知識と重ね合わせてみると、もう一つ浮かび上がる情報があった。
「その場所には祠があります」
ゲームの後半、とあるイベントが起きて事態が一変する場所。
今回と順番が逆になるが、ゲームではそこで起きた事態によって竜の襲撃が起きると発覚する。
「なるほど、すぐに向かうぞ」
そういうとカーレクティオン様は真っ二つに割れて、使い物にならなくなった杖で体を支えながら立ち上がる。
まだ、私達は休めない。
竜の住処には誰もいなかった。
魔法陣の周りに、攻略対象者の遺体が置かれているだけで。
「儀式の礎は彼らの死体だったんですね」
体は骨と化してしまっているが、持ち物で分かる。
彼らは、間違いなくあの竜を殺すはずだった人達だ。
「彼らは国に連れ帰って弔う、これで竜の問題は解決するはずだ」
竜招来の儀式は、彼らの遺体によって成り立っていた。
本来のゲームでは聖なる力に関係する人々が集団失踪した後に、ここで遺体として見つかるイベントが発生する。
(カーレクティオン様が言うには、それを「未来の英雄」あたりの属性で上書きしたらしい)
本来は聖属性を持つ多数の犠牲が必要になるが、それを攻略対象者で賄ったのだろう。
つまりここから彼らの遺体を離してしまえば、そう簡単に竜を呼び出す事はできないはずだ。
「問題はこれを誰が行ったか、ですね」
そう、これは自然発生したものではない。
誰かがお膳立てして起こされた悲劇だ。
神などという人知を超えたものではなく、自分達と同じ存在が引き起こした罪。
「あぁ。誰がどうして起こしたか、それが問題だ」
【Side:????】
破壊し尽くされた城の片隅で、その女は呪詛を吐いていた。
「許せない許せない許せない許せない」
同じ言葉を気が済むまで零して、少しでも楽になろうと足掻く。
だが燃える様な感情はいつまでも枯れる事なく、その声を潰していくだけだ。
(フェルは早々に幽閉されてしまった、そして私は何もできなかった)
本来であれば彼に竜を討たせて、彼の評価を上げるはずだった。
その為に竜を呼んだのだし、勝つための算段もあった。
(けれどフェルが、よりにもよって王子派の臣下に閉じ込められてしまった)
彼らは担ぎ上げる御輿が失われるのを、何よりも恐れていた。
それ故に、フルフェルトは誘拐されるように連れて行かれてしまった。
だから彼女は、王子を竜と対峙させる事すら出来なくなっていた。
(そして聖女の評判も落ちてしまった、何もしなかったと言われて)
竜を討つべきだったのは、フルフェルトだった。
だからその為の用意を、彼女は惜しみなくしてきた。
存在しない聖女になり上がり、王妃になるべき女を排し、英雄と呼ばれる人間を潰し、滅びの竜を王国に呼び込んだ。
けれどもう、彼女にとっては全てが意味を成さない。
「あの女のせいよ、道具屋の女を覚醒させなかったからどうにでもなると思ったのに!」
そして何より許せないのが、あの女がカーレクティオンに情を注がれている事だ。
幸せも名誉も手にした女。
思い出しただけで、臓腑が焼ける。
「許せない、たかだが倉庫番風情で……っ!」
か細い喉から、獣の様な声で叫ぶ。
けれどそれを咎める人はどこにもいなかった。




