失われた物語と竜狩りの英雄譚6
そして彼が旗印になり、竜を倒すという噂は王国中に拡がった。
(最初は絶望していた人々も、彼を見て動き出している)
目的が明確なら、手を動かしていた方が絶望感は紛れるのだろう。
市民も余裕のある人は炊き出しなどを行っているし、職人達も精力的に活動を行っている。
金払いのいい主人が再び動いたという噂を聞きつけた商人も、集まり出しているようだ。
そしてカーレクティオン様は、指示する間を縫って錬金術に勤しんでいた。
「戦いまでに、形になりそうですか」
「それなりにな」
足の踏み場がないくらい素材や錬金術の道具を並べた王城の一室で、私と彼は話している。
倉庫が燃えてしまったため、使える錬金術の道具を移動させたここが現在の拠点だ。
(彼と会うのも久しぶりね)
実は最近、私と彼は顔を合わせていなかった。
互いにやるべき事が多く、それどころではなかったから。
(けれどおかげで、色々な事ができた)
現在カーレクティオン様が向き合っているのは、私が発見した古びた剣の欠片だ。
彼は私に、何でも良いから持っている知識を使えと言った。
だから私もそれに答えるべく、オリディがいる道具屋に駆けこんである物を借り受けていた。
(これを完成させるには攻略対象者の助力が必要だけど、一番最初の手掛かりは道具屋にあるのよね)
彼女の道具屋は小さいものの、主人公のいる場所だけあって珍しい武器を揃えている。
そして私が回収したそれは、彼によって見覚えのある武器として再現されようとしていた。
「――竜殺しの聖剣」
「正確には、俺が作り直した物だがな」
彼が再現しようとしているのは、ゲームでも見た事のある聖剣。
本来は攻略対象者がこれを使って、竜を討伐するのが正道だ。
(だけど今回は彼らが死んでしまっているから、不完全なものになった)
錬金術によって復元されたそれは、本来あるべき姿からはあまりにもかけ離れてしまってる。
私も過去の記憶から復元の手伝いをしているが、未だ完全な力を取り戻すにはほど遠い。
だから本来とは別の方法で、この剣は彼に使われる事となった。
「今回はこれに限界まで力を注ぎ込む、竜に突き刺してな」
聖剣に向き合うカーレクティオン様の顔に、諦めの表情はない。
不完全な聖剣の、勝算の不安定さは分かっているだろうに。
「あなたが竜を殺しに行くんですか」
「力を聖剣に集めるには錬金術が必要だ、他の奴には任せられない」
私に問われるカーレクティオン様は、いつもと変わらない。
ただ目の前にある問題の情報を集め、解決に向かって走ろうとしている。
「俺なら大丈夫だ」
そう私に言う彼は、きっと大丈夫なのだろう。
これまでも、これからも。
(なら、私はどうすべきだろう)
目の前の事に向き合う彼に対して、私はどこまで力になれるだろうか。
役に立てるなら力を惜しむ気はない、けれど。
「カーレクティオン様、私は残るべきですか」
彼に向かって、一歩近づく。
すると彼は視線だけこちらによこして、返事をした。
「今悩んでる所だ」
作業するカーレクティオン様の横顔には、また濃い疲労の色が滲んでいる。
彼は実際の作業量も多ければ、他人を動かすために頭を使う事も多い。
前者はともかく、後者は本来彼の得意とする所ではなかった。
(けれど、それは彼以外に変わる事はできない)
実際に代わるべき人々は、もう全員逃げ出してしまっている。
下手に手を出されて邪魔になるよりはマシか、とも思ってしまうが。
(でも、私だって人の事は言っていられない)
私ができる事は、悲しいくらい限られている。
力は貴族女性よりはマシだろうが、特出してある訳ではない。
(魔法も使えないし、錬金術は論外だわ)
今回は相手の属性上、泉の時のような戦い方もできない。
だからもし足でまといになるくらいなら、素直に逃げるべきだと思っている。
「邪魔になるなら逃げますが」
無力を隠さず、素直に彼に問う。
彼にも、無慈悲に判断して欲しかったから。
けれどカーレクティオン様は、首を大きく振って否定する。
「邪魔にはならない、だがその為には竜の被害が及ぶ場所にお前を立たせなければならない」
カーレクティオン様は少し俯いて、答えを出せないでいる。
女性を誑かす端正な顔は、今は武器生成の為に汗や良く分からない薬剤で汚れていた。
「危ないのはみんな同じです」
「分かっている、けれど俺が嫌なんだ」
彼の聖剣を掴む力が強まった。
圧を掛けられた不完全な武器は、小さく悲鳴を上げる。
「もうお前以外に倉庫を任せたくない、あんな場所でも俺の全財産だ」
(だから最初に会った時にあれだけ怒っていたのね)
ふと初めて出会った時の事を、思い出す。
でも、考えれば当たり前の事かもしれない。
(彼は帰る場所こそ王城に置いていたけど、そこから特に援助などを受けていた訳ではない)
だから私が今まで倉庫で見ていたものは、彼が自分で手に入れたものだけなのだろう。
けれど、それを言えば私だって同じだ。
「だったら私は戦いたいです。行く宛もありませんし、それに私の全財産もそこにありますから」
何一つ持たされずに放り出されたあの日から、私のものはあそこにしかない。
住む場所も、職も、守りたい空間も。
だから彼の戦う理由は、私が戦う理由にも十分なる。
「元の世界は」
「記憶もないですし、今はこの世界に愛着があります。だからもう、戻る方法があっても戻らないですよ」
「…………そうか」
そこまで私の言葉を聞くと、カーレクティオン様は長く細い息を吐いた。
けれどその息と共に迷い事も外に押し出せたのか、先程よりも少しだけ表情が晴れやかになっている。
「よそには行かないのか、お前なら十分やっていけるだろう」
こんな危ない事もしなくていい、と言外に伝える声は息を吐き出した時よりも柔らかい。
だから彼の表情を見て分かる、これはもう分かってて言ってるだけだ。
「カーレクティオン様、私はあなたを信じてます。あなたは私を見捨てるような死なせ方をする人じゃない」
婚約を破棄され、命の危機すらあったあの日から彼は私を守り続けてくれている。
「なら私は、勝つ可能性を少しでも上げる為に戦いたいです」
彼が力を尽くした結果死ぬなら、構わない。
それより安全な場所で彼の助けになれないと嘆くだけの方が、余程怖い事が私には分かっている。
「なら共に戦って貰おうか、オルガネーゼ」
私の言葉を聞き終わると、彼の意思は完全に固まったらしい。
今まで手にしていた聖剣を手放して、彼は完全に私に向き直った。
「ここからは戦場だ」




