失われた物語と竜狩りの英雄譚5
いつもは露店が並んでいる広場だが、今はどこにも活気がない。
代わりに帰る場所をなくした人々が、列を成して配給を受け取っていた。
「目が覚めたんですね! 無事で良かった」
「えぇ、ありがとうございます」
炊き出し所の裏にまわると、ちょうど休憩中だった侍女達が声を掛けてくれる。
竜の襲撃と降って湧いた仕事にみんな疲れた顔をしていたが、それでも私達を見ると笑顔になってくれた。
「しかしあの竜の対応をしようというのですか」
「また来るのは間違いなさそうだしな」
そして炊き出しを行っている人達には申し訳ないが、少しの間だけ掃除班を借りる事になった。
カーレクティオン様は今、何でもいいから情報を仕入れたい状態だ。
だから広場から少し離れた場所で輪になって座り、会議を始める。
「竜退治の事、教会連中に話してみますか?」
「いや、相手は神の使いである竜だ。倒す為の情報はくれないだろう」
まず一緒に戦ってくれそうな人を挙げていくが、ことごとく却下されていく。
それは立場だったり管轄上の問題だったりするが、何にせよ協力してくれる人は出てこない。
ちなみにフルフェルト王子は世継ぎのいない状態で死なせる訳にはいかないと、周りの取り巻きが連れて行ってしまったらしい。
「というか王子はともかく、聖女様はこういう時に引っ張り出されるものではないんですか」
話題に乗った事で、私はフィーカの存在を思い出す。
聖女は予言の力を駆使して王都を脅かす魔物を退治しているはずだ。
(ならば彼女こそ、適任でしょう)
竜という魔法生物最強を彼女が相手にできるかはともかく、今こそ聖女の力を振るう時だろう。
そうでなければ、周りが彼女を崇めている意味がない。
こういう時の為にみんな我慢して、彼女の蛮行に目を瞑ってきたのだから。
「聖女様は竜と戦う気なんてなかったみたいですよ」
「え」
教えてくれた侍女の言葉に、私は耳を疑う事になった。
だってそれは、聖女としての責務を投げ出したという事と同義だ。
「最初はフルフェルト王子に前に出るよう促していたそうです。けど王子が臣下につれていかれてしまってからは、いなくなっていたらしくて」
(王子に竜と戦うように言ってたって事は、怖くなったのかしら)
あの存在を見て逃げ出したというのなら、理解できる。
私に至っては逃げるどころか、気絶した訳だし。
もちろん立場的に、それが許される訳ではないが。
そして一度始まってしまった不満は、とめどなく流れ出す。
「予言で竜の襲来は見抜けなかったんですかね」
「それは随分前に神託として受けていたそうですよ、けれど混乱するからって民のほうに情報は降りてこなかったそうです」
「聖女の話はやめるぞ、時間の無駄だ」
じっと耳を澄ましていたカーレクティオン様が、議論が逸れたのを見て口を挟む。
けれど今までのフィーカの行動に不満がたまっていたのだろう。
止まるには止まったものの、みんなまだ話したりないという表情をしている。
けれど彼にそう言われてしまえば仕方がない。
「じゃあ竜の話に戻りますが、邪属性の反対で対応できないでしょうか?」
「そうだな、では思いついた邪属性の特徴を上げていけ」
カーレクティオン様の言葉に、今度はみんなが一斉に考え出す。
しかし竜と言うのは、本来人間が相手にする事を考えられないほど強大な存在だ。
まして冒険者でもない私達が持っている情報などたかが知れている。
(専門的に知っている人がいればいいけれど)
ここに集まっているのは、ただの倉庫掃除集団と元王子だ。
しかも万全の状態どころか、被害を受けた人の救助などで疲れ切っている。
そしてやはり、疲弊した頭では大した情報など出ては来ない。
「邪悪」
「そうだな」
「……」
「おい黙るな」
思いついた事を何でもいいので口に出すという形で会議を設けたものの、当たり前の事すら全員出てこない。
元とはいえ王子の前であるとか、当たり前の事を口に出してもみたいな気持ちがあるのだろう。
だが根本的な所は、竜が襲ってくる恐ろしさで集中しきれていない事が原因だ。
「邪属性といえば俺はサキュバスだな、知り合いが搾り取られてた」
あまりの重苦しい沈黙に耐えきれなかった一人の青年が、何とか関連がありそうな言葉を絞り出す。
女性陣は若干冷たい目をしている気もするが、何も言わない。
私もどういう話題であれ、せっかく話してくれた人を遮るのは避けたい。
(実になる話しをできるのが一番いいけど)
そうでなければまた沈黙が場を支配するのを避ける事を優先すべきだろう。
「搾り取られたのお前じゃなくて?」
「知り合いだっつってんだろ」
話しているうちに口が滑らかになったのか、男性陣がわちゃわちゃとふざけだす。
真面目にやるべきだと思わない事もないが、ふざけなければやってられない気持ちも分かる。
カーレクティオン様もそう思っているのか、今度は黙ったままだ。
「でも確かに人間の心に強い奴多いよな、美形も多いし」
(そうね、泉にいた邪神も美しかったわ)
ふざけたままながら進む男性陣の言葉に、私も黙って頷く。
美しいものは碌でもない、という訳でもないがやはりここ最近の傾向からはどうもそう思えてしまう。
「じゃあ論理だけで言えば聖属性は人に弱いって事?」
「そうかもしれないわね、あくまで予想に尽きるけど」
対する女性陣は、真面目に討論している。
男女の気質の違いか、単純にその人の資質か。
何であれ、同じ場所で話しているのに空間が二つに分かれてしまった。
けれど、それを打ち破る声が一つ。
「それ、多分だけど当たってるぞ」
「何か根拠があるのか」
倉庫掃除では魔本を担当していた青年が発言し、カーレクティオン様が問う。
すると青年は暗闇の中でも分かる笑顔で、自信ありげに頷き返した。
「はい。俺は仕事柄歴史書を読みますが、神の使いっていうのは人が常に撃破するものなんです」
「それは生贄を使う事も含まれるか」
「含まれますが、生贄で根本的に解決した事例はないです。一時的に止める事はあっても、最終的に誰かが倒すんで」
「武器を持たない奴が撃破した事は」
「ないですね、俺の知る限り」
「軍での弱体化が必要だったのは、そういう事か」
今度は二人だけでどんどん話が進んでいく。
けれどその勢いに誰も口を挟めず、私を含めてみんな聞いているしかない。
「なら道具に込められた時間や手間が特攻だな、人の力属性か」
(はじめて聞く要素ね)
ゲームの中に出てきたもの以外にも、要素の種類があるらしい。
聞く限り、それは人そのものが本来持つ力のようだ。
「よし、これからの方針は決まった」
そうこうしているうちに、カーレクティオン様の中で結論が出たらしい。
今まで滑らかに動いていた口を止めて、彼は立ち上がる。
「動ける職人にとにかく物を作らせろ、それを俺が力に変換してぶつける」
そしてカーレクティオン様が、私に視線を投げる。
(私の出番、という事ね)
指針を決めるのに私は役に立たないが、指針さえ決まってしまえば小間使い程度の動きはできる。
まして物が動くなら、自分の出番で間違いないだろう。
「お前は道具を集めて管理しろ、必要なら俺の名前を使え。あと使えそうな情報は何でもいいから利用しろ」
「分かりました」
そう答えると、私もカーレクティオン様に倣って立ち上がる。
すると今まで座っていた彼らも、次々に体を地面から引き上げた。
「あの、私達もできる事であれば手伝います」
今までの活動で疲れているのに、献身的な人達だ。
もちろん彼の手前、手伝わない選択肢はない気もするが。
「なら職人の手配、材料手配、管理を行ってくれ。できる範囲でいい、金は俺に請求させろ」
「分かりました!」
その言葉を最後に、ここに集まっていた者が各々の目的に向かって散っていく。
そして私もカーレクティオン様の言葉に従うべく、走り出した。




