失われた物語と竜狩りの英雄譚2
全ての音がなくなる程に、静まり返る。
そしてすぐに、耳が壊れるような音に満たされた。
「逃げろ!」「どけ!」「助けて!」「邪魔だ!」
それは竜を直視した人々の悲鳴と、逃げ出す為の足音。
そして私はその二つのどちらの音も上げられない。
あまりにも想定外の、起こるはずがない状況が起きてしまったから。
(確かにゲームでも竜が出現する、けれど今は絶対そのタイミングじゃない!)
竜はゲームでもかなり終盤のシーン、というかラスボスとして出てくる。
けれど現在はせいぜい中盤程度、あの邪神もどきが出現した後のタイミングのはず。
(なんで、どうして)
現在持ちうる限りのゲーム知識を使っても、何も分かりはしない。
だって攻略対象者も主人公も存在していた。
道具だって何かが手に入らないとかそういう話は聞いていない。
それ以前に、このタイミングで竜が出現するのはありえない。
(苦しい、まるで水の中で溺れてるみたいだわ)
考えている事が言葉に直結して、泡の様に出てくる。
隣にいた青年が何とか宥めようとしているし、私も口を閉ざそうとしているが止まらない。
パニックになっている事を頭では理解しているが、体がまともに動いてくれなかった。
「っ」
そして不意に竜と目が合う。
その目が自分のみを写している事はないだろう。
竜は、人間一人に構うような存在ではない。
だが分かっていても恐怖に抗えない程、その存在は強大だった。
(あ、ダメだ)
襲撃の前触れとして、竜が雄叫びを上げる。
それを聞いた意識が、来るべき恐怖に勝てないと判断して足掻く間もなく落ちた。
肌寒さで目が覚めると、豪奢なベッドに寝かされていた。
(ここ、王城の中ね)
寝転がっていても分かる部屋の造りは、フルフェルト王子の婚約者になった時から慣れ親しんだものだ。
だが壁には大きな穴が空いていて、先程の事は夢ではないのだと伝えてくる。
「目が覚めたか、オルガネーゼ」
声の元を手繰ると、ベッドの端に座っていたカーレクティオン様と目が合った。
彼は未だ泉で戦った時の傷が癒えておらず、回復魔法を練り込んだ包帯を巻いている。
だが最後に別れた時から傷が増えた様子はない。
(良かった、カーレクティオン様は無事ね)
あの時は気を回す余裕がなかったが、今思えば竜がいた場所から倉庫は近い。
カーレクティオン様が被害を受ける可能性は充分にあった。
そして改めて周りを見回すと、フルフェルト王子の部屋と同じくらい豪華な調度品が置かれているのが見えた。
察するに、ここは今まで使われていなかったカーレクティオン様の部屋なのだろう。
「竜は、もういませんか」
気絶した後、いったい何が起こったのか。
壁に空いた穴から外を覗いても、荒れ果てた城下町しか見えない。
(あの耳と劈くような声も聞こえないから、竜はいないのだとは思う)
けれど先程植えつけられた恐怖心から、どうしても確固たる証拠が欲しかった。
「安心しろ、一旦どこかへ行った」
「そうですか」
カーレクティオン様の答えに、普段あまり感情の乗らない声が緩む。
そして私がまともに受け答えができるのを確認した主人が、ぽつぽつと説明し始めた。
「あの後、気絶したお前を王城の連中が連れてきた。街の方は尋常じゃない被害になっている」
そう言って外に目を向けるカーレクティオン様に倣うと、美しい星空の下に灯りが輝いているのが見えた。
けれどそれは普段魔石を使って照らしている街灯ではなく、即席の焚火だ。
先程の竜の襲撃で灯りまで破壊されてしまったのか、枝を一箇所に集めてそれを燃やしているらしい。
「彼らには迷惑をかけてしまいました」
外が見えるようになってしまった壁から外を見ながら、私は言葉を返す。
正気ではなくなったからといって、あのタイミングで気絶したのは紛れもなく迷惑だ。
置いていかれてしまったとしても、とても文句は言えない。
けれど私がまだ生きているという事は、彼らが保護して運んでくれたのだろう。
「竜が来たら気絶するものおかしくはない、それよりも俺はアイツらが話していた事が気になる」
(彼らが話していた事? ――あ)
彼ら、というのは気を失うまで一緒に居た倉庫組の事だろう。
そして彼らに直前まで話していた事は。
「お前がゲームがどうのと話していた事だ」
(やっぱり)
恐怖と理解のできない出来事に押されて出てきてしまった、前世のうわ言。
やはりそれは報告されていた。
「あれはどういう事だ」
(聞かれなかったから言わなかっただけ、なんて通用しないわよね)
それは他の人が思いもしない事を、利用していただけだ。
泉の時には、情報が必要であるにも関わらず黙っていたのだし。
(だから、ここでツケを払う事になるのね)
持てる力を使って、少しでも楽に生きようとするのは罪なのだろうか。
それとも保身に走った事自体が罪なのだろうか。
似たような考えがぐるぐると頭の中を回っていて、なかなか彼に答えを出せない。
そして一向に答えない私に焦れたのか、カーレクティオン様は私を持ち上げて自分の腰の上に座らせた。
「俺に言えない事なのか」
「ちょっ」
細そうに見えて、実際に様々な場所を走り回る体は逞しい。
背はあれど大して肉のない私の体は、軽々と持ち上げられてしまった。
「隠し事をするな、俺が手放さない事をお前は知っているだろう」
責め立てる訳ではなく、ただ事実を話せと彼は言う。
そして荒げられないその声を聞いただけで、私は先程まで抱えていた迷いを投げ出してしまいそうになる。
(彼は、私にとって信じられる人だから)
碌でもないとは思うけど、今までの経験から私を捨てないと思える人。
それが何よりも大事だというのは、もうとっくに分かっている。
「分かりました、お話しましょう」
もう、話してダメならそれまでだ。
一度息を大きく吸って、吐き出す。
夜の空気が肺に送り込まれると、その冷たさに少しだけ感情が落ち着いた。
「私は、この世界がどうなるかを知っています」
そして、自分の過去を話し出した。




