表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/41

婚約破棄と新しい主人2

「いやぁ!」


 買ったばかりの箒を握り締めて私は叫ぶ。

 ちなみに箒を買いに行った道具屋の少女オリディは、元気に営業していた。


(他の攻略対象者も各々、冒険者ギルド等の街中で姿を確認できたのは良い事だったわね)


 まぁそれはともかくとして、私が叫んだ理由なのだけれど。


「何で、ここに人が」


 聖女に言いつけ通りに倉庫掃除をしていたら、人間が物に埋もれて寝ていたのだ。

 魔法の力が込められている石の山を回りこんだら、足元で寝ているのを危うく踏みかけた。


(本当に入ってきた時から何も音がしなかったし、本気で飛び上がってしまったわ)


 けれど、その姿を見て分かった事が一つある。


(彼、隠しキャラね。フルフェルト王子の兄、カーレクティオン様)


 驚きのあまり最初は分からなかったが、彼の姿には見覚えがあった。

 赤髪を一つに縛っている美しい男性で、背は高く筋肉質な体をしている。

 弟と同じく貴族服に身を包んでいるが、分厚い編み上げブーツを履いていたり腕を捲くったりと着崩しているのが彼と大きく違う所だ。


(ゲームでちょこっと見たけれど、本物を見ると美しさの迫力が違うわね)


 元々ゲームの名前付きキャラという事で、顔は美しいの一言だ。

 物に挟まるようにして、床で寝ている所は残念だが。


 けれどそんな暢気な感想は、不意にその目が開くまでしか続かなかった。


「誰だお前は」

(怖い! まるで猛禽類の眼じゃない)


 前触れもなく、閉ざされていた瞼が開く。

 そこから見える黄色の目は、初対面の私ですら殺意を滲ませているのが分かった。


 そしてその獰猛な目はそのまま私を通り越してぐるりと部屋を睥睨し、最後に私を鋭い視線でその場に縫い留める。


「お前が物の位置を変えたのか、俺の許可も得ず」

「いやあの、私は言いつけられただけで」


 雰囲気で無駄だと察するも、一応言い訳をしようとする。

 だがもちろん通じる事はなく、彼が聞く耳を持つ様子はない。

 それどころか言葉を重ねようとするほど、不機嫌さも上がっていっているようで。


「その行いは死に値するぞ、女!」

(私、言われて来ただけなのに!)


 カーレクティオン様が積み上げられた物の山に手を突っ込み、一本の剣を引きずり出す。

 荒れ果てたこの場所から道具を的確に探し出している所から、やはり彼がここの主なのだろう。

 そして彼は迷う事なく、その切っ先を私に突きつけた。



 ――けれど、その中で一つだけ希望が見える。



(これ、見覚えのある武器だわ)


 自分の知識が正しければ彼が持つのは錬金術で作られた剣であり、なおかつ属性付与された物だ。

 部屋が薄暗いのもあって、彼が握っている剣からは淡い光を放っているのが見えるから恐らく間違いないだろう。


(なら、弱点属性で打ち消す!)


 属性が付与されたものは相手に追加ダメージを与えることができるが、代わりに弱点属性を相手にするとむしろダメージを負ってしまう。

 幸いにも私はさっきの掃除で、ちょうど属性付与された魔石を見つけている。

 護身用の為にいくつかポケットに忍ばしていたが、さっそく役に立ってしまう事になった。


(今!)


 私が大した力もにない女だと考えているであろう彼の動きは、とても緩慢だ。

 寝起きという事もあるかもしれない。

 だから私はその隙を突いて、降り注ぐ彼の一撃を凌ぐ。


「うっ……!」


 傍から見れば適当に振り下ろされたように見えただろう。

 実際そうかもしれない、こんな女相手に全力を出す理由がないから。

 けれど私にはとんでもなく恐ろしい一撃だ。

 投げつけた魔石は確かに剣の勢いを殺してくれたが、今度は反対の属性がぶつかったせいで起きた爆発に吹き飛ばされる。


(どんな力に対しても、私は無力に等しい)


 今のだって道具の力を借りた、一発限りの幸運だ。

 そしてその幸運も、私を彼から逃がしてはくれるには至らなかった。


「今度は俺の道具を許可なく使ったな」


 想定していなかった反撃に瞠目した彼だが、今度は先程以上に恐ろしい目付きで私を睨んできた。


(命は助かったけど、状況が悪化した!)


 獲物を射抜く目に、今度こそ私は反撃する気力すら奪われる。

 だが彼はその剣を私に振り下ろす事なく、倉庫の隅に放り投げた。


「まあいい、その度胸に免じて命は許す」

(助かった!)


 もう駄目だと思った命は、捕食者の気紛れによって救われた。


「ありがとうございます」


 ようやく緩んだ緊張を感じて、長い溜息を吐きながらへたり込む。

 本来は王族の前でそんな事許されないけど、無礼なら今まで散々やってきたうえで許されたのでこれぐらい問題ないだろう。

 現に目の前の彼は、もうこちらに敵意を向けていない。


「しかしお前、何故ここの掃除をしている?」

「実は……」


 ようやく促されて、私は今度こそ追放されて言いつけられた事を伝える。

 だが彼は私の説明に納得しなかった。


「そうじゃない、わざわざ奴らがここにした理由だ。それこそ倉庫などいくらでも、いや、ここが俺の倉庫だからか」

「もしかして」


 一人で疑問を出して解決した彼を見ながら、私の中にも一つの答えが過ぎる。

 これは憶測にすぎないが、当たっているのであれば辻褄は合ってしまう。

 そして目の前の彼を見ると、目を細めて頷いた。


「お前の考える通りだろう、お前は殺すつもりでここに追いやられたんだ」

(聖女の殺意が高すぎる)


 しかし改めて言われると、眩暈がしてしまう。

 剥き出しの殺意に、悪意に晒された事に。


(私、そんなに悪い事をしたかしら)


 思い返しても、恨みを買う行為をした覚えはない。

 強いて言うならフルフェルト王子の婚約者になった事だが、それはもう破棄された。

 しかも私そのものに力はないから、蹴落とすのだってこうやって容易い。


(だから、どうしてここまでされるのか分からない)


 殺したら足がつく可能性だってあるだろうから、追放するだけで十分だろうに。

 あの周到な聖女が警戒してフルフェルト王子が力添えをしているなら、爵位を奪われた後ろ盾のない私など気にする価値もないはずだ。

 そう色々頭の中で考えていると、カーレクティオンが私に声を掛けてきた。


「するとあれだな、あいつらの思い通りにしてやるのは癪だ」

「なら、」


 カーレクティオン様の言葉に希望を持って、さっさと倉庫から退散しようとする。


 だが、それはできなかった。


 やっと逃げられると喜んでいたものの、腕を強く掴まれてしまったから。

 おかげで見逃してもらえるんですね、という言葉は続けられなかった。

 そして私は、次のカーレクティオン様の言葉に目を丸くする事になる。


「俺が倉庫番として代わりに飼ってやろう、幸い分類は的確なようだしな」


 そういってカーレクティオン様はまた倉庫全体に目を滑らせる。

 今度は殺意ではなく、品定めの意味を含めて。

 確かに錬金術師ならば素材を貯めておく倉庫は重要なものなので、専属の人間を置いておきたいのは分かる。


(倉庫番を置くのは錬金術を使う人なら損にはならない、けど)


 それなら逆に疑問がある。


「逆に今までどうしていたんですか」


 今まで倉庫を錬金術師がこの状態にしていたというのは、正直あり得ない。

 錬金術と言うのは繊細な物のはずだ。

 それこそ同じものでも鮮度によって効果量が変化したり、できたものが全く別の物になる事だってあると聞いている。

 だが錬金術師の彼は、事も無げにこう答えた。


「他の錬金術師から金で巻き上げていた」

(最低)


 言葉を口に出さなかっただけ褒めて欲しい。

 いやだって仮にも王族だった人がそんな手段を使うなんて。

 もちろん王族が全て素晴らしい訳ではないのは先の件でよく知っているが、それでも金で何かを奪うのは何かが違う。

 けれどこの倉庫が雑然としている理由は分かった。

 彼が適当に集めたものを、ここに放り込んでいるからだ。


「思い違いをしているようだが、相手も承諾済みだぞ。それに俺に雇われる事は、お前にとっても悪い話じゃないはずだ」

「どういう事ですか?」


 巻き上げている事自体は否定しない彼は、悪びれもなく私に話を持ち掛けてくる。

 けれど何も思わない事はなくとも、そのまま飲み込んでしまえるくらいには私も汚い。

 だから彼の話に耳を傾けてしまう。


「俺という後ろ盾ができる。お前も安心して明日を迎えたいだろう?」

「確かに」


 後ろ盾は今、私が喉から手が出るくらい欲しい物だ。

 少なくとも脊髄反射で答えてしまうくらいには。


(彼は王位継承権を放棄しているけれど、本人の性質により下手な人より知名度がある)


 それに成人男性が後ろ盾になる事自体が、何もない女性にとって十分な価値となる。


「じゃあ決まりだ、まあ適当に働けよ倉庫番」

「はい、これからよろしくお願いします。カーレクティオン様」


 だから私は、彼に嬉々と尻尾を振った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ