失われた物語と竜狩りの英雄譚1
ここ何か月かは、王城の塀越しに見ていた光景。
私はそこに、久々に足をつけた。
「久しぶりのお休みね」
泉での討伐から数日後、今日は一人で城下町に出かけていた。
もちろん目的は、特別休暇と賞与を使うためだ。
(カーレクティオン様もしばらく大人しくしてるって言っていたしね)
泉の邪神との死闘を繰り広げた彼は、ここ数日間はほとんど寝て過ごしている。
体力と言うよりも、魔力的な問題らしいが。
(とはいっても、未だに魔法とか魔力ってよく分からないのよね)
前世の知識としては知っているものの、適性がないせいで私に魔力と言うものを持っていない。
カーレクティオン様が邪神に放った程の魔力があればさすがに感知できるが、それ以下はほとんど分からないのが実情だ。
(前に魔法の練習したけれど、笑うしかないレベルのものだったし)
カーレクティオン様監修の元、一度初歩的な魔法を使った事がある。
けれど結果は惨敗で、炎が出るはずだった杖先からはただの魔力が噴出しただけだった。
つまり杖を通って魔力が外に出ただけで、魔法を成したとは到底言えない。
(まあそんな事、今日は気にしないでいましょう。時間がもったいないわ)
今日は今までできなかった事をやる日だ。
具体的には新しい服を仕立て屋で買ったり、服に合う靴を見たり、化粧品や装飾品を物色してみたり。
(最高に気分がいいわ。なんせお金も時間もある!)
カーレクティオン様の倉庫番という仕事は、普段の給金も悪くない。
それは専門知識が必要であるという付加価値もあるが、雇い主のカーレクティオン様の金払いがいいのが一番の理由だ。
しかも衣食住を保証されているので、今までお金はほとんど使っていない。
(だから今日はここぞとばかりに使いまくるわよ!)
倉庫に引き籠っている時には思わなかったが、いざ街に出ると欲が出てくる。
それに人が多くいる場所は活気があって、それだけで何かしようと思う力が湧いてくるものだ。
(今の倉庫は掃除もほとんどしなくていいくらいに落ち着いているから、時間もある)
だから暇な時間はカーレクティオン様に好きにしていいと言われている。
その時間の為に、趣味の本を買う事なども現在検討中だ。
(ただ、最終的に整理関係の所を見ているのは職業病よね)
様々な店を見て回っても、最終的にそういう場所に行きついてしまうのは悲しい所だ。
途中で聖女の教会も見かけたが、早々にそこからは立ち去った。
巨大な聖女像も遠くから見えたが、できれば二度と見たくない。
(複写魔法機が欲しいわね、ラベルを書くのがきついもの)
魔法文具店のショーウィンドウに張り付きながら、製品を眺めていく。
少ない数の物ならいいが、大量にあって個別に保管しなければならない素材は名前などを書かなくてはいけない。
複写ができる人に頼む場合も多いが、数が多いと申し訳なくなってしまうのだ。
「あれ、オルガネーゼさんが外にいる」
「倉庫以外で初めて見ました」
(この声は)
ふと聞こえた声に振り向いてショーウィンドウから目を離す。
すると、そこには王城の倉庫掃除で仲良くなった人達が立っていた。
「あら、みなさんお揃いで」
男女混合のひと塊である彼らは、思い思いの服を着て紙袋をぶら下げている。
彼らはここ最近仲良くしてくれていて、見かければこうして声もかけてくれていた。
「あの、今からみんなで食事をするんですけど、良ければ一緒にどうですか」
例の複写をしてくれる青年が声を掛けてくれる。
ここ最近冷えてきたからか、顔が少し赤くなっているのが可愛らしい。
「ええ、もちろん」
そして誘いを断る理由もないので、首を縦に振った。
カーレクティオン様以外と食事をするのは久々だな、と上機嫌になりながら。
「それで、オルガネーゼさんは彼との関係はどうですか?」
(誘ったのはそれが目的か)
表通りにある、洒落っ気の効いた喫茶店で私は尋問を受けている。
とはいえ王城の倉庫掃除の前も似たような話をしていたので、それほど想定外の出来事でもない。
「誰かカーレクティオン様狙いの人がいるんですか?」
あの女性関係が華やかな彼の事だ。
この中に一人くらい、その一片になろうという女性がいても不思議はない。
だが問い返された侍女達は、途端にないないと首を横に振った。
「あー、怖いから狙ってはないです」「彼氏にするにはちょっと」「見てるだけで良いって言うか」
「正直気持ちは分かりますけどね」
惨憺たる噂は周知の事実だ。
彼は上司として持つなら案外悪くはないものの、異性としてはまともな感性をしているなら狙わない。
(彼が帰ってくると、経験のない自分でも勘づく事はあるし)
とはいえ、彼氏でも何でもないので咎める必要もない。
彼自身も咎められるのは面倒だろうし。
「まぁあの人との間には何もないし、雇い主と雇われの関係ですよ」
大して面白みもない、純然たる事実を彼女達に伝える。
実際に一つ屋根の下で暮らしていても、本当に何もない。
こちらからの独占欲はあるが、それが恋愛的なものかと言われれば多分違う。
(大事な、嫌われたくない雇い主)
最近少し考えて、出した結論だ。
自分の中でも、しっくりと落ち着いている。
だが、侍女達の目の輝きはどういう事か衰えなかった。
「なぜそんなに目を輝かせてるんですか」
やはり男女が一つ屋根の下、という事実は本人の言葉より重いのだろうか。
口先よりも事実が重いというのは分からなくもないが。
しかし侍女達は、そのような考え方ではないようだ。
「だってあの人が手を出してないなんて、それだけで特別扱いじゃないですか」
(なるほど、そういう考え方もあるのか)
確かに数多の女性関係の噂を持つ彼と一緒にいて手を出されていないというのは、それだけで特別なのかもしれない。
けれど、
「特別扱いなのは倉庫番だからですよ、彼には最初から好みじゃないと言われてますし」
「いや、分からないですよ。だって」
そう言いながら楽しそうに推論を咲かせる侍女達を、もう私に止める事はできない。
もうこうなったら落ち着くまで放っておくか、誰かが外部から強制的に止めるしかないだろう。
「あの、じゃあオルガネーゼさん自体は自由なんですか」
「もちろん、相手がいないですから」
騒ぐ侍女達を眺めていると、いつの間にか隣に来た複写の青年が声を掛けてきた。
なので彼の方に体を向けると、侍女達はまた目ざとくそれを見つけてこちらに囃し立ててくる。
「じゃあ彼と仲良くしてあげてください! 彼、あなたともっと仲良くなりたいって言ってたんですよ!」
おや、と侍女達の言葉を聞いた私は隣の彼を見る。
すると先程よりも更に顔が赤い青年と目があった。
(寒さのせいで顔が赤くなっていた訳じゃないのね)
案外私は、思っていたよりも鈍いのかもしれない。
彼とは仕事の関係で多々会っていたりするが、さっぱり気づかなかった。
そして侍女達にそう騒がれた青年は、けれど否定するでもなくこちらに真っ直ぐ声を掛けてくる。
「あの、良ければ後で一緒に買い物どうですか。荷物持ちくらいにはなりますし」
あっさりとしてはいるが、表情と声で真摯に誘っているのがその手の事に鋭くない私でも分かる。
(これは、本当にデートに誘われているのね)
けれど、今まで本当にその関係の出来事に縁のなかった私には気の効いた答え方が分からない。
(でも、断ろうとは思わないわ)
周りに騒がれても変に否定しない所は、好感が持てる。
相手が自分でいいのかは分からないが、少なくとも私から彼を断る理由はない。
「じゃあ、食事が終わったら。……?」
彼に了承を伝えようとすると、不意に暗い影が落ちる。
そしてその先を見て、目を見開いた。
「どうして」
そういうのが、精一杯だった。
だって、ここに存在してはいけないものがいたから。
(竜が、)
こちらを睥睨していた。




