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聖なる泉と偽者の神8

 首に掛けていた石が、音を立ててどんどん小さくなっていく。


(お守りも、もう限界だわ)


 視線を下げて胸元を見ると、見るも無残な守り石がぶら下がっている。

 あと少しの間しか持たない事は、誰が見たって明らかだ。


(けれど、ここから逃げようとは思わない)


 この人が、あの魔物を倒すまでは。


「大丈夫だ、信じろ」


 私を抱え込むように後ろから杖を構えているカーレクティオン様が、声を掛ける。

 まだ、彼は諦めていない。


(なら、少しでも力にならないと)


 目の前の杖に、そっと手を添える。

 すると奪われる感覚が段違いになり、流れる魔力が更に強くなった。


(気持ち、悪い)


 今までにないほど力を吸われて、気分が悪くなる。

 体の中にある要素が大幅に欠けたせいだろう。


(けれど、耐えなきゃ)


 終わりは目前だ。

 守り石と同じように、目の前の魔物は少しづつ形を崩している。

 それにここで耐えられないのであれば、ついてきた意味が本当になくなる。


「っ」


 パキリ、と小さくも良く響く音が聞こえた。

 確認しなくても分かる、お守りが完全に壊れた音だ。

 魔物よりも、私達よりも先に、お守りが限界を迎えてしまった。


(終わった)


 守り石は確かに機能した、けれどこんな猛攻を受けるように作られた訳ではないのだろう。

 石の加護を失った私たちに、もう身を守る術はない。


 目の前には、十字に開いた口から牙が見えていた。



「終わらせるか!」



 目の前の現実を直視したくなくて、うつむいた顔。

 それは引き上げる声は、今まで後ろから聞こえていた声だった。


「カーレクティオン様!」


 前を向くと、カーレクティオン様が魔物の口に杖を突き刺していた。

 守り石の加護がなくなった代わりに、攻撃に注力していた魔物は無防備に開けた口を晒している。

 そこをカーレクティオン様は狙ったのだろう。


「くたばれ!」


 彼は魔物の口に手ごと深く杖を突っ込み、そのままありったけの魔力を流す。

 よほど無理をしているのだろう、彼は頭や体から血を流している。

 けれど魔物の体内からはついに光が漏れ出し、周りが見えなくなるほどの輝きと化した。


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」

(倒した、のね)


 断末魔という言葉が相応しい声を上げて、神を騙る化け物が塵と消えていく。

 こちらを睨みつける顔に、もう美しいという感情は抱けなかった。


(いけない、意識が)


 敵を完全に倒したのを認識して、緊張が切れてしまった。

 今までなんとか起こしていた体が、制御を失って地面に叩きつけられる。

 痛いとは思うものの、もう庇う力もない。

 けれどそれを見かねたカーレクティオン様が、私の体を抱えてくれた。


「戻るまで寝とけ、俺が運ぶ」

(ダメよ、彼の方が疲れているのに)


 そこまで甘えたくない、と思っているのに体が起きてくれない。

 あれだけ役に立ちたいと願っても、結局私は彼に甘えてしまっているのだろう。


(怒っても、いいのに)


 お前の方が消耗していないんだから立て、置いていくぞとでも言えばいいのに。

 私だって怒られるのは嫌だけど、誰にも頼れない彼の更なる重荷になるよりはマシだ。

 けれど疲労困憊した頭では、簡単な言葉すらも伝える事が叶わない。


「良くやった、オルガネーゼ」


 そうやってまた甘やかすから、私は今日も彼の重荷になってしまう。

 重荷に思わないで欲しいなんて、誰が言えた言葉だったのか。


(いっそついてこない方が良かったかしら)


 思わず、そんな考えがよぎってしまう。

 手伝えた事はあっただろうけど、それ以上に私は邪魔になったのではないだろうか。

 けれど聞く勇気も持てず、私の意識は眠りへと落ちていった。




 邪神を退けた事を人々に伝えると、村では盛大な祝いの宴が開かれた。

 しかしそれからもだいぶ時間が過ぎていて、今は朝が近い青空が私達を照らしている。


「今回の事でいくつかお前に言いたい事がある」

「前に出た事ですか」


 隣で酒を飲んでいるカーレクティオン様に、問う。

 今回言われるべき事としてはそれだろう。

 私が時間稼ぎをしなければ、二人とも死んでいたのは間違いない。

 けれど良策とはとても言えないやり方に、苦言を呈される気もどこかでしていた。


「一つ目の話はそれだ、だがあれがなければその時点で負けていたのも事実」


 そう私に喋る彼は、私と目線を合わせない。

 酒の入った器を見つめたまま、動こうとしない。


「感謝はするし、あの判断は正しかった。けれどあんな事をさせるために守り石を持たせた訳じゃない」

「分かってます」


 彼が私に守り石を持たせたのは私を守るためだ。

 それは理解している。


(けれどそれを理解していても、私は彼を守りたかった)


 恩を返せるのはここしかない、という打算もあった。

 だからやり直せたとしても、私は同じ事をまた繰り返すだろう。


「ただこれに関しては堂々巡りになるのが分かってる、だからそれだけ分かっていればいい」

「はい」


 そうして少しの間、沈黙が私達の間に横たわる。


「で、二つ目の話だが」

(やっぱり、魔物の情報を黙っていたのがばれたのかしら)


 私が恐れている部分はそこだ。

 文句は言えない、これは間違いなくカーレクティオン様には不利になる行為だった。


(いざと言う時に、言う事を聞けない人間を下に置けないものね)


 ならば再び追い出される結果になっても、仕方ない。

 今回は生死に関わっていた可能性だってある。

 だがカーレクティオン様は、恐れていたような言葉とは全く別の物を私に与えた。


「お前に特別休暇と特別賞与を与える」

「え、じゃあやめなくていいんですか?」


 恐れていた事ではなかったから、思わず脊髄反射で聞いてしまう。

 するとカーレクティオン様も驚いた顔をした後、深い溜息を吐いて私の頭を小突いた。


「今更お前をやめさせる訳がないだろう、あとさっきも言ったがお前の判断は正しかった」

「よ、良かった……」


 安心感のあまり、敬語までどこかに行ってしまった。

 というか緊張が解けて、声まで震えている。


「そんなに心配だったのか」

「だって、私」


 不安から解放されると、途端に自分の心臓が酷い音を立てているのが分かる。


(思ってたより、怖かったんだ)


 婚約破棄された時だって、こんなに怖くなかった。

 あの時は確かにいきなり過ぎて気が動転していたのもあるし、考える時間がなかったのもある。

 けれどもし時間があったとしても、多分私はこんなに怖がらなかっただろう。


「俺はお前に錬金術師としての役目を求めて連れてきた訳じゃない」

「それは分かってます、けど」


 どんなに説得されても、一度考えだすと止まらないのが私だ。

 特に自分の事に関しては、何度も負の想像をしながら気持ちを落としていく。

 精神的な予防線を張っている訳だが、それが逆に自分を追い詰めているのも分かっていた。

 だから、こうして外側から誰かに許してもらわないと止められない。


(そんなんじゃいけないって、分かってるのに)


 環境的な事は頼らざるを得ないけど、精神面まで彼に面倒を掛けたくない。

 そうなるくらいなら、いっそ出ていったほうがマシだとすら思う。

 なのに、


「勘違いするなよ、俺はお前を連れてきて間違いなく良かったと思ってる」


 そんな事を言うから、カーレクティオン様といるとそれと同じくらい甘えが出てしまう。

 フルフェルト王子の隣にいた時は、そんな事なかったのに。


「俺がお前に求めた役割は倉庫番だ、それは充分に果たした。聖女としての役割は、さすがにちょっと無理させたと思ってるが」

「いえ、大丈夫です。役に立てたのなら」


 今になって少しばつの悪そうなカーレクティオン様に、私は首を緩く振って否定する。

 あれが本当に必要な事だったのは分かった。

 だからあの事においては、もうどうこう思っていない。


「なら、いい」


 私の表情から、本当に気にしていない事が分かったのだろう。

 カーレクティオン様も息を吐いて、今まで張り詰めていた空気がやっと緩んだ。


「という事で話は終わりだ。お前も休め、俺も休む」


 そこまで私に伝えると、彼はその場で倒れ伏した。

 今度こそ体力の限界らしい。

 寝息すら立てずに、泥の様に眠っている。


「お休みなさいませ、カーレクティオン様」


 そして私も、彼の隣に体を横たえる。

 すると一度寝たにも関わらず、またすぐに眠気に襲ってきた。


(体がすっかり彼の隣が一番安心できる場所だと思ってしまっているわね)


 初めて出会った日には、考えられなかった事。

 けれど今は、頭じゃなくて心がそう思ってる。


(結局、彼には言えなかった)


 私が魔物に対する情報を黙っていたこと。

 最終的に彼は自力で情報を得て、解決した。


(分かったのは、隠し事をしても満たされないという事)


 彼はこの程度でどうにかなる人間ではないし、私はおかしくなっただけだった。

 当たり前だ、彼は私に大した感情は抱いていない。


「……それでも、もっと役に立ちたいわ」


 こんな卑怯なやり方ではなく、もっと正しいやり方で。

 顔色が悪くなる程に疲れ切ったカーレクティオン様の顔を見ていると、そんな気持ちになってくる。

 誰に聞かせる訳じゃない、だからこれは私の本心だ。


(すぐにはできないけれど、この人にちゃんと求められるようになりたい)


 少しでも、私を助けてくれるこの人を助けられるように。

 彼の心に何も影響しなくても、それでもいいから。


(いつかは、きっと)


 瞼を閉じながら、願う。

 彼と同じ錬金術師にはなれないけれど、別の何かになれるように。


(そして隠し事をしなくていいくらい、強くなれますように)

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