聖なる泉と偽者の神7
祈りを終えて、美しい泉に辿り着く。
陽は完全に落ちて、月明かりだけが私達の行く道を照らしていた。
(森の中にあるから険しい道かと思っていたけど、案外大丈夫そうね)
参拝などに訪れる人の為に整備していたようで、泉への道は非常に通りやすかった。
体力がかなり削られてしまっているカーレクティオン様の負担を考えると、少しでも道は平坦な方がいい。
本当は討伐だって一度休んで、明日に回した方が安全だ。
(けれど用意できた水が枯渇するまでに解決しなければならないから、時間がない)
今回は魔物さえ倒せればいいというものではない。
原因を倒せても、村の人たちが死んでしまえば意味がないのだ。
そう考えると、少しでも早く解決に乗り出さなければならなかった。
「お前は倉庫にいても良かったんだぞ」
ここに来てからずっと己を酷使しているせいで、カーレクティオン様はいつもより覇気がない。
話しかけている声にも、疲れが見えている。
「ここまで来たからにはついていきますよ、肩くらいは貸せますし」
彼の隣を歩く私は、まだ大丈夫だ。
普段はしない肉体労働に体が少し痛いが、彼とは比べるのもおこがましい。
「すまない」
「重荷になんて思わないでくださいね、自分で決めてついてきたんですから」
私がそう言うと、彼は何度か口を開け閉めした後に口を閉ざした。
珍しく、まともな返事が浮かばなかったようだ。
(少しでも早く、戻れればいい)
最初はカーレクティオン様も、一人で魔物を倒そうとしていた。
私は戦闘に参加できないし、当然の判断だ。
けれど大量の水を作る錬金術は、彼の体力をかなり削っている。
(だからそれを理由に、私から同行を提案した)
もしかしたら戦闘以外の何かで役に立てるかもしれない、と。
具体的には分からないが人手はある方がいいのではないか、と。
(ついてきた理由は、彼じゃなくて自分の為だけどね)
なんだかんだ言ったって、最終的な所は彼への好感度を稼ぎたいだけだ。
他の人であれば、私が自発的について来たかは相当怪しい。
(いつか、罰を受けそうだわ)
「しかし穢れてるとは思えないですね、ここ」
「その美しさで人を騙すんだ。神などと呼ばれているが、正体は捕食生物だからな」
辿りついた泉は淡い輝きを放っていて、確かに信仰の対象になりえるものだと考えるほどに美しい。
事前知識がなければ、私も神の恩恵を得た泉だと考えて疑う事もできなかっただろう。
「あれが神もどきだな」
泉の中心を睨みつけたカーレクティオン様が小声で呟く。
そこには裸体の美しい女性のような魔物が佇んでいた。
「鑑定結果では邪属性と出た、だから弱点の聖属性で叩く」
(やり方はゲームと同じね)
異論はないので、頷きで返事を返す。
どこまであの邪神が音を聞きつけるかは分からないが、奇襲の形を取るので音は少ないほうがいい。
返す言葉も小さく、できるだけ空気を震わせないようにする。
「じゃあさっきみたいに符で退治しますか?」
「それだと火力が足りない、だが手段はあるし用意は済んでいる」
(いつの間に)
私以上にへとへとになっているはずの主人は、私の知らない場所で更に働いていたらしい。
「よし、杖を貸せ」
「これを? 即席のまともな杖ではないですよね」
言われた通り、カーレクティオン様に持っていた杖を手渡す。
だが彼も知っての通り、これは適当な枝から作られた棒に近い物だ。
先端に魔石がついているとはいえ、本当についているだけなので魔力は通らないはず。
しかしそう思っていたのは私だけのようで、杖を受け取った彼は自信ありげにそれを構えた。
「さっきまではそれで合っていた、それとあの仮設倉庫は力に変える」
「は」
なぜここであの倉庫の話が出てくるのか。
しかも力に変えるとは、一体どういう事なのか。
「あの倉庫は聖女として扱われたお前がいた事で、神殿として扱える。この棒も同じように、聖なる杖になった」
「まさか」
そこまで聞いて、私は一つの可能性に行き着く。
そして彼の表情を見て、私は自分の考えが当たった事を悟った。
「聖女というのは二種類ある。一つは国に決められた役割、もう一つは実際に人々の信仰を集めた者」
前者は、私を追い出したフィーカの事だろう。
王子に認められ、民にも周知された存在。
けれど、そうなると後者は私だという事になってしまうが。
「信仰を集めたお前が祈ったあの場所は聖属性を帯びる、それを丸ごと力に変換して発射するぞ!」
(やっぱり!)
水の魔石を水に換えたように、聖なる力を帯びた建物を聖属性に変換する。
理屈は分かるが、規模が違い過ぎる。
けれど何かを言うよりも先に、展開が動き出した。
「きゃあ!」
直後に仮設倉庫があったはずの場所から、何かが爆発するような聞こえる。
そして清廉な色をした要素がその方向から流れてきて、彼の持っている杖に集約された。
「≪ 射出 ≫!」
彼の掛け声とともに、充填された聖属性の要素が放たれる。
すると杖の先よりも太い光が、敵を焼き尽くさんと神もどきに襲い掛かった。
(ほ、殆どビームじゃない! けど)
その凶悪な光の直撃を受けてなお、魔物は動きを止めない。
「くそ、これでも火力不足か!」
女神は、依然としてそこに存在している。
それどころか、今の攻撃でこちらの場所が分かったのだろう。
顔が文字通りひび割れるほどの怒りを露にして、こちらに向かってきた。
(偽物であっても神ね、しぶとい!)
攻撃自体は効いているようだが、致命傷に至ったようにはとても見えない。
こうなれば、私達に勝ち目はないだろう。
体調も万全ではない今、逃げられるのであれば無理に戦うのは下策だ。
そして同じ事を考えていたらしいカーレクティオン様が、私の腕を掴む。
「いったん体制を立てなお、っ」
「カーレクティオン様!」
撤退しようとしたカーレクティオン様の体が、私を巻き込んで崩れ落ちる。
彼を見ると血の気のない顔をして、尋常ではない程の汗を流していた。
(いけない、無理をし続けてるから動けなくなっている!)
彼の体力の限界が来てしまった。
カーレクティオン様はここに来てから働き回っている。
回復薬を飲んだり休憩したりしていたが、慣れない土地での体力回復なんてたかが知れているだろう。
(どうしようなんて、もうそんな事言っていられる時間はない)
ここで動かなければ間違いなく目の前の魔物に私達は殺される。
ならば私がやれる事、できる事は一つだ。
(私が盾になるべきね、幸い対抗する手立てはある)
そう、火事から守ってくれた石が私にはある。
実際にどこまで耐えてくれるかは分からないが、カーレクティオン様が作ってくれた物だ。
そう簡単に壊れるとは思えない。
(だったら、私はここで動かなきゃいけないわ)
借りものであっても、力は持っている。
ならば、言い訳は通用しない。
(もう、逃げられないのよ)
前に出て、彼の再起に賭ける為に腕を広げる。
すると目前に迫った邪神の顔が、更にひび割れて大きく広がった。
「ひっ」
予想外の姿に変化したせいで、小さく悲鳴が上がる。
魔物の顔面は十字に割れて、鋭い牙をあちこちに生やした口になった。
そして私達を直接捕食しようと、襲い掛かり始める。
「う、あ」
お守りのおかげで痛くはないけれど、襲い掛かる衝撃までは抑えられない。
段々と後ろに下がりながら、私にできるのは耐える事だけだ。
「オルガネーゼ、やめろ、馬鹿野郎!」
私の意図に気づいたカーレクティオン様が、声を上げる。
けれど彼に、もう動ける体力は残っていない。
(そうね、私は馬鹿だわ)
偽物であっても神と称される敵の前に立ちふさがるなんて、正気じゃない。
けれど、今は少しでも自分の行動を信じて時間を稼ぐしかない。
「いいから態勢立て直してください! 私にその力はありませんので!」
結局私が使えるものといったら、彼がもう一度戦うまで前に立つ意思だけだ。
今私達を守っている力だって、彼が錬金術で生成した物だから。
(私はカーレクティオン様から受け取るばかりで、何も返せていない)
死ぬ間際になっても、この有様だ。
けれど、このまま何もしないで死にたくはない。
(せめて、彼を守りたい)
目の前の敵に勝てなくてもいい。
最悪死んでも文句は言わない。
けれど今まで私を守ってくれた彼には、助かってほしい。
(それで、少しは返せると思うから)
全てだなんてとてもじゃないけど、言えない。
でも、私が与えられた温情の一片でもこれで返せるなら。
(良かったと、きっと思える)
本当は婚約破棄の後に、どこかで死んでいたはずだった。
だから今までの事は、死ぬ前に見る幸せな夢だったとでも思えばいい。
けれど、その夢はまだ終わらないでいてくれた。
「オルガネーゼ、力を貸してくれるか」
カーレクティオン様が、不意に言葉を零す。
どうやら私は賭けに勝ったらしい。
「私の力で良ければ」
「悪いな」
邪神の攻撃を受け止めながら、私は祈りの体勢を取る。
するとなけなしの魔力がカーレクティオン様に奪われて、練り上げられていった。
(大丈夫。碌な人ではないけど、信じられる人だから)
そう考えて、私は祈りながら目を閉じる。
この祈りの根源は「二人で生き残りたい」で、そこに嘘は含まれない。
(私は偽物の聖女だから、本当の意味で村の人達の事を祈れない)
できるなら助かって欲しいが、自分や主人の命を投げ打ってまで助けたいかと問われると否だ。
あくまで私はただの倉庫番で、博愛からは程遠い存在。
(だから、祈るのであればやっぱり私達の事を)
そして、後悔しない未来の事を。




