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聖なる泉と偽者の神6

(結局引き受けてしまった)


 散々悩みはしたものの、最終的には村の人の前で聖女を演じることに決めた。

 人の前に出るのは嫌いだが、彼の願いならできる限り引き受けたい。


(私にできる事なんて、たかが知れてるしね)


 自嘲気味な笑みが零れるが、逃げ出す気はない。

 最近は特に、自分の非力さに悩んでいたから。


(黙っていた罰か、巡ってきたチャンスかは分からないけどやるしかないわ)




 そして先程の作戦の為に、カーレクティオン様は即席の衣装を作り上げていた。

 更に錬金術で輝くように加工したその辺の大きな石を、同じくその辺から伐採してきた枝に括りつけて杖にする。

 それらを身に着けた私は、緊張で震えながらも村の人の前に出た。


「先程は隠していたが、この女性は王都にて聖女の役割を果たしている」


 カーレクティオン様が私の前に立ち、朗々と村人に嘘を並べ立てている。

 顔の良さも相まって劇役者の様になっているが、不思議と違和感は感じない。

 それどころか堂々と話しているせいで、妙な説得力すら感じる。


(しかし、思った以上に騙されてくれるものね)


 村の人も先の見えない状態に、もう疲れ果てているのだろう。

 跪きながらこちらを見てくる目に、余所者への疑いはないように見えた。


(村の浄化もしたから、無理もないのかしら)


 奇跡の証として、私は村の浄化を彼らの前でして見せた。

 とはいっても、別に私が聖女として目覚めた訳でも何でもない。

 先にカーレクティオン様が村中に張った浄化符を起動させただけだ。


(このやり方は子供騙しで、王都にいるなら騙される人間はまずいない)


 演劇の表現や日常生活で使われる、魔法が込められた紙。

 それらは符と呼ばれ、中でも穢れを払うものが浄化符とされる。

 魔法が使えない私のような人間でも、それがあれば一度に限り魔法を使える。


(けど、この辺境の村の人はそういうものを知らないのよね)


 ここは聖なる泉の領域で、他の奇跡を許さない。

 今まで人里から離れて、泉の威光を信じて生きてきた人々の場所。

 だからだろう、彼らがこうして神もどきや私達に騙されてしまったのは。


(それも今日まででしょうけどね)


 私を崇める彼らは、もう聖なる泉を信頼していない。

 村の人々を捕食するために、泉の魔物は牙を剥いたのだから。


(であれば、当然村の人からも愛想を尽かされる)


 それにここには、カーレクティオン様が来た。

 力のない村の人だけなら戦えなかったかもしれないが、彼がいるなら大概の事は大丈夫だ。


「っ」


 仕組まれた奇跡を疑う人がいなくなった頃、泉の方から叫び声が聞こえた。

 それは女の悲鳴にも獣の雄叫びにも聞こえ、背筋を凍らせる。


「お、キレてるキレてる」


 嬉しそうに泉の方を仰ぐ主人から察するに、この詐欺的なやり方が功を奏したのだろう。

 私が聖女として村の人達に認められた事で、本当に魔物の力が削がれたようだ。


「せ、聖女様」

「大丈夫ですよ。私達が守りますから」


 響き渡る声に怯える人々を宥めて、私達は一度石造りの倉庫に引き返す。

 弱体化は成功した、ならば魔物を倒す準備をしなければならない。




「良し、間違いなく効いているな」

「けれど、ここからはあなたの仕事ですよ」


 体力的には大した仕事ではないとはいえ、大勢の前で聖女を詐称したせいで精神的な疲れが来ている。

 今後の事は任せたとばかりに伝えると、カーレクティオン様は私を真っ直ぐに見据えてきた。


「もちろんだ、助かったぞオルガネーゼ」

「……なら、良かったです」


 人を狂わせる端正な顔を直視してしまい、思わず反応が遅れる。

 けれど、まごついた理由はそれだけではない。


(自虐的になっていた所に、感謝の言葉は胸が苦しくなる)


 しかも黙っていた罪悪感もあって、それが余計に私の心臓を圧迫する。

 けれどそんな思いなど知らない彼は、またもや私に想定外の指示を出してきた。


「あと、お前は一度ここで祈っておけ」

「え、あ、分かりました」


 先ほどとは別の理由で、どもってしまう。

 だって、彼がそんな事をする性格ではないのを知っているから。


(彼らしくないわ、神頼みだなんて)


 カーレクティオン様は、神に縋ったりするような人間ではない。

 そんな事をしている暇があるのなら、錬金術で己の望みを叶えようとするはずだ。


(そんなに恐ろしい相手なのかしら)


 ゲームの知識では、そんなに恐ろしい存在ではなかった気がする。

 けれどあくまでゲームでは他者が戦っていて、直接描写があった訳でもない。

 だからその魔物がどんなものなのかまでは、良く考えると私は詳しく知らない。


(少し、怖くなってきた)


 今になって、敵と戦うという実感が湧いてくる。

 けれど、もう戻ることはできない。


(私が逃げると言ったら、きっと彼は許してくれるだろう)


 なんだかんだ言いつつ、彼は私が本当に拒否する事はしない。

 私が嫌だといえば、彼は一人で神もどきを殺しに行くだろう。


(けど、それは私が嫌だわ)


 自分にできる事があるなら、彼の役に立ちたいと思う。

 だからこそ、さっきの偽聖女の役も引き受けた。


(彼は、私を縛らずに守ってくれている)


 あの日追い出された私に、彼は職を与えてくれた。

 それはあの時の私をどれだけ救ってくれたか分からない。


(カーレクティオン様は私に衣食住だけ与えて、逃げられないようにする事もできた)


 生活の保障だけ与えてお金を与えなければ、逃げられない奴隷が完成する。

 全ての庇護を失った私にはそれを拒む事ができないし、彼も分かっていたはずだ。

 けれどそうではなく、彼は私に自由を与えた上で守ってくれた。


(なら、少しでも報いたい)


 今回、自分がここに来て役に立てるかはずっと考えていた疑問だった。

 けれど、その答えは少しづつ見えてきている。


(それにこの祈りで彼の気持ちが少しでも軽くなるのなら、やる価値はある)


 祈るのは神の為ではなく、カーレクティオン様の為。

 そう思えば意味は分からなくとも、真剣に願える気がした。


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