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聖なる泉と偽者の神3

 天馬の操縦をしない私は、慣れてしまえば暇になる。

 おかげで今までならしない質問を、彼にしてしまった。


「カーレクティオン様は王位継承権を放棄しているのに、どうして他人を助けるようとするんですか」


 これはずっと気になっていた事だ。

 彼は王位継承権をとうに投げてしまっている。

 だからその恩恵は受けていないが、同時に彼が王家や国民に尽くす義務もない。


(もう王族としての義務はないはずなのに、変なところで律儀だわ)


 彼が人の為に動く理由が、私には分からない。

 彼は正義の為に動く人ではないはずなのに。

 けれど私の疑問は聞かれ慣れているようで、今までで一番つまらなそうに彼は答えた。


「誰かを助けようと思ってる訳じゃない。俺が生きやすくなると思った時に、動くだけだ」

「そう、ですか」


 自分で質問しておいて、うまい返事が返せない。

 対して考えもせずに聞いてしまった質問だ、話の広げ方も分からない。


(けれど彼の答えに、胸を撫で下ろしている自分がいる)


 こんな滅茶苦茶な質問をしてしまったのは暇だったからと言うのもある。

 だけど、それ以外にも理由はあった。


(彼に善人であって欲しいわけじゃない、むしろそうであって欲しくないと思ってしまう)


 これは最近、気づいた思いだ。


(彼を見ていると、妙に不安になる時がある)


 最初に会った時は、もっと違う不安感を感じていた。

 この人に雇われて本当に大丈夫か、とか生存に関わる不安。

 けれど最近は違う。


(他の人に優しくしているのを見ると、胸がざわついてしまう)


 正体は分かっている、独占欲だ。

 今までは彼が酷い人だと思っていたから、他の人の事を気にせずに済んだ。

 けれど今はそうじゃない。


(男女関わらず、彼を好く人がいるのに気が付いた)


 彼が女性を引っ掛けてくる時に起こしているであろう情念ではなく、純粋な好意を持つ者。

 最近で言えば、娘さんの為に薬を分けてもらった男性。


(娘さんが助かって間違いなく良かったと思う。なのに男性がカーレクティオン様に感謝したのを、嫌だと思ってしまった)


 男性の、カーレクティオン様に対する評価が変わった瞬間。

 あの時はそんな事を思わなかったけど、思い返した時に恐れが私に襲い掛かった。


(彼のいい所を知っているのは、私だけだと思っていた)


 今までは倉庫番として必要とされていれば、彼の一番にいれるのだと思い込んでいた。

 けれど彼は私が思っている以上に色々な人と出会って、生きている。


(怖い、わ)


 彼がいつか私を手放すのではないか、という恐怖。

 彼を良い所を知っているのは、私だけでいいという独占欲。

 原因は分かっている、婚約破棄の際に受けた心的外傷だ。


(ダメね、時間があると余計な事を考える)


 今までは環境の変化でそれについていくのが精いっぱいだった。

 けれど余裕が出てきて、そんな感情を持ってしまった。

 守ってくれる人を、手放したくないという感情。


(忘れましょう、こんなこと)


 頭を振って、余計な考えを振り払う。

 そして一刻も早く到着して欲しいと願いながら、彼の背中で口を噤んだ。




「そろそろつくぞ」


 カーレクティオン様が大きく手綱を動かすと、天馬が急降下する。

 けれど着陸する直前になっても今回の目的地は視認できなかった。


「直接村には行かないのですか」

「今回は拠点が必要だからな、その為にお前を連れてきた」


 私達が降りた場所は地図で言うと、村と聖なる泉の中間地点辺りの森の中だった。

 見渡しても木々が生い茂るばかりで、強いて言うなら小さい崖があるくらい。

 そしてカーレクティオン様は適当な枝を拾って、その崖の上で何かを描き始めた。


「少し離れていろ、ここに即席の倉庫を建てる」


 彼が描いているのは、錬金術を行うための魔法陣らしい。

 しばらくして読めない文字で囲われた円を書き終わると、カーレクティオン様が詠唱した。


「よし、≪ 作成 ≫」


 彼が枝の先で魔法陣を叩くと、付近が魔力で満たされる。

 そして崖は大きな音を立てて、自然な形だったものから人工的な建物へと姿を変えていった。


「本当に倉庫ができた……」

「何日もは保たんがな」


 数刻のうちに、雨風がしのげる石造りの建物が生成される。

 カーレクティオン様はそれを一瞥すると、今度は天馬に大量に積み込んでいた魔石を即席倉庫の中に投げ込んでいった。


「よし、これから魔石を水に変えていく。お前は瓶に詰めて保管していけ」

「分かりました」


 私も天馬から石を降ろし、倉庫の中で魔石と置く場所と錬成された水を置く場所を作る。

 作るものは一種類なので分類はしなくていいが、石と水の移動をしなければならない。


(一緒くたに石と水を置いておくと、作業する場所がなくなるわ)


 カーレクティオン様の元に石を持っていき、作られた水を邪魔にならない場所に移動する。

 今回彼は錬金術に専念しなければならないので、私一人の仕事だ。


(往復がきついわね)


 石造りの倉庫を見渡しながら、距離を目分量で測る。

 場所が広い分、歩かなければならない距離も数が重なれば馬鹿にならない。

 まして石と水分を持っての往復だ、一回一回は大した事ないが体力を持っていかれるのが予想できた。


(けどカーレクティオン様の事を考えれば、遥かにマシよ)


 彼は全ての魔石を水に変換するまで、錬金術をずっと行い続ける事になる。

 単純作業とはいえ、錬金術は魔力を持っていく。

 私と違って精神的にも削られるのが分かっていた。




「手を止めろ、いったん休憩だ」

「は、い」


 高かった日が落ちる頃に、作業を中断するよう命じられる。

 ずっと薬を作っていたカーレクティオン様はもちろん、動き通しだった私もその場に崩れ落ちた。


「体の方は大丈夫ですか」

「魔力が足りなくなってきてる」

「回復薬を持ってきますね」


 そういって私はあらかじめ持ち込んでいた回復薬を、彼に手渡す。

 体の不調を隠さない相手は、こちらも手が打ちやすくて良い。


「あとどれくらい続きますか」

「もう半分だ」

「まだ、そんなにあるんですか」


 少し掠れた彼の言葉に、思わず声に絶望が滲んでしまう。

 だって、今までにかなりの数の水を作っている。

 石に圧縮されていた要素が変換されて、壁を埋め尽くしている。

 なのに、まだ半分だなんて。


(予想より遥かにキツイわ、これじゃカーレクティオン様にも限界が来る)


 回復薬で体力を回復させているとしても、無理させた負担は体に蓄積していく。

 こういうものは無理が来てからでは遅いのだ。


「他の錬金術師の方に協力は仰げませんか」


 私では彼を助けられない。

 であれば、彼を助けられる人に救助を要請するのが筋だ。

 だが彼は私の顔も見ずに、首を横に振った。


「王宮連中はみんな怖がってこなかった、他の連中はすぐに連絡が取れない奴らだ。諦めろ」


 そう言ったきり、彼は顔を背けて黙りこくる。

 錬金術ができない私はもちろん、他の人にも最初から期待していないのだろう。

 彼は今まで戦力が自分だけである事に、一度も文句を言っていない。

 それは言った所で状況が好転しないのが分かり切っているからだ。


(何もできない自分が歯がゆい)


 戦力にならない私に、動かない彼らの文句を言う権利はない。

 できなかろうが、やらなかろうが、カーレクティオン様から見れば結果は同じだ。

 彼が今必要としているのは、自分と同じ水準で行動できる錬金術師なのだから。


「けどお前だって最初は来ないかと思っていたぞ、状況を話した後だったしな」


 カーレクティオン様の言葉に、いつのまにかうつむいていた顔を上げる。

 すると膨大な作業の前に疲れを滲ませながらも、未だ諦めに屈しない眼が私の方を向いていた。


(そういえば、行かないという選択肢は浮かばなかったわ)


 ここに来ることに疑問こそ抱いたものの、行くか否かという事は考えなかった。

 最初からここに来ることは、当たり前だと思っていたから。


(なぜ、かしら。私が大して役に立たないことなど分かっていたのに)


 他者は頼れず、カーレクティオン様一人で立ち向かうしかない状況。

 けれど、戦力的に私は使えない。

 小間使い程度の動きはできるが、しょせんその程度だ。

 ならばなぜ、彼の足を引っ張るかもしれないのについてきてしまったのか。


(あぁ、でも私は彼に重用されたいんだった)


 私の感情は最近、彼に強く向いている。

 彼が私を大切にしてくれなければ、私は身を守ることができないから。

 だから彼よりも自分の事を優先して、私はついてきてしまったのだ。

 カーレクティオン様が言ったのだから、と人のせいにして。


「あなたが来いと言えば行きますよ」


 私が今頼れるのは彼しかいない。

 それこそ普通の仕事より、食事や住居の提供を受けているから彼への依存度はとても高いから。


「それもそうか、お前は俺以外に頼れないからな」

「えぇ」


 だからカーレクティオン様の問いに迷いもなく頷き、彼も納得して頷き返した。

 今言ったことは、間違いなく真実だから。


(けれど、本当はなんだか違う気もする)


 自分で言っておいてなんだが、実は違和感が少しだけある。

 彼への依存度が高いのは確かだが、それは彼が恐ろしいからとかの理由ではないから。

 ではなぜ、と問われると正確に返すのは難しいが。


(自分の感情が分からないわ)


 最近は酷く心が揺れる。

 情緒不安定、という言葉がふさわしい。


「よし、じゃあ再開するぞ」

「あ、はい」


 少しは休めたらしいカーレクティオン様の一声で、私は渦巻き始めた思考を打ち切る。

 私と彼の関係性は、多分お互い良く分かっていない。

 そもそも言葉にできるものなのかすら、不明だ。


(けれど、間違った形でだけは答えを出したくない)


 私は一番恐れているのは、今の関係性が壊れる事。

 もし答えが出る事で壊れるのなら、一生答えなんて出なくていい。

 それだけは、今言える確かな事だった。

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