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聖なる泉と偽者の神2

 大きな地図を広げて、目当ての地域を見つける。

 東の村と呼ばれる場所は山奥にあって、王都からは随分と離れていた。


「近くにあるのは聖なる泉くらいですね」

「その泉にいる神を信仰する人間のみで成り立っているんだ、その土地は。だから逆に言えば食事になるものは限られている」


 カーレクティオン様の長い指が地図を這い、その土地周辺を囲うようになぞる。

 古びた紙片に記載されているのは確かに泉とそれを囲う森、小さな村ぐらいだ。


「地図を見るに食べられるものは木の実、肉くらいでしょうか」


 私の知識では、森で食事になりそうなものはその程度しか分からない。

 だが彼の反応を見ても、大きく間違ってもいないようだ。


「そうだな、あとは故郷で何を食べていたか聞いてみるか。もしかしたら行商人の商品が原因かもしれないし、予想をつけられるのはここまでだ」

「そうですね」


 全くの下調べなしで動く事はできないが、かといっていつまでも机の上で話し合っていても何も動かない。

 彼の言う通り、この辺りが潮時だろう。


「じゃあ王都の病院に行くぞ、お前も来い」

「私もですか」


 散らばした者を片付ける事なく立ち上がったカーレクティオン様は、既に出掛ける準備をしている。

 これからの指針をより強固にするため、彼は先程駆け込んできた男性のいる病院へ行く事を決めたのだ。


(でも、私も行くことになるのは珍しい)


 全くない訳ではないが、彼は基本どこに行くにも一人だ。

 もちろん同行することに異論はないが。


「幼い娘がいるからな、俺だけじゃ怖がらせる」

「なるほど、分かりました」


 理由を聞いて、納得する。

 いくら父親が居るとはいえ、気性の荒い性格の男が部屋に乗り込んでくるのは確かに恐ろしいだろう。

 考える事に関して役に立つとは思えないが、そういう理由ならと私も外出の用意を始めた。




「娘は最近何も食べれていないのです」

「なんだと?」


 娘さんの容態が安定したからか、先程より男性の声は落ち着いている。

 だが反対に、カーレクティオン様の声には強く力が入っていた。


「カーレクティオン様、落ち着いてください。娘さんが怖がっています」

「っ、すまない」


 私が男性の隣に目をやりながら窘めると、カーレクティオン様が素直に声を落とす。

 彼の様子に怯えている娘さんは、まだ教育機関に通っていなさそうなほどに幼い。


「大丈夫ですよ、怖がらなくて」

「お姉さん……」


 娘さんが縋りつくような目でこちらを見ていたので、そっと隣に移動する。

 私が近づくとちょっと安心した様子で、彼女は袖口を摘まんできた。


(でも、確かに想定外だわ。私達は食事から混入したのだろうと考えていたし)


 老若男女平等に感染する病であれば、食事や空気が原因であると考えていた。

 空気に関しては王都にいても分からないので一時的に除外するが、それ以外の要因だと逆に特定する事は難しい。

 だからこそ原因は間違いないと思っていたし、カーレクティオン様も想定外のことに声を荒げたのだろう。


「接種できているのは薬のみですし、それでも東の村では悪化していたのです。王都の病院に掛かると回復し始めましたが」

「なら、やはり食事は関係ないな」

(……あら)


 カーレクティオン様が頭を働かせている横で、私は卓上にあった薬の一つに眼を奪われる。

 その薬は王都で作られたのではないようで、古い瓶に入れられていた。


(嫌に綺麗ね、色のせいかしら)


 瓶の中で輝く水薬は、今まで見た薬の中で最も輝いて見える。

 瓶の様子から察するに、おそらく東の村で作られた薬なのだろう。


(綺麗だわ、聖属性の力が込められているのかしら)


 東の村は信仰されている泉があるので、力がある薬が作られていても不思議ではない。

 何が信仰されているかは知らないが、昔から信じられているものならそういうものなのだろう。


「……え?」


 だが、見ているうちに瓶の中の輝きがおかしいことに気がついた。

 最初は光の当たり具合かと思ったが、手で影を作っても輝いている。


(綺麗さに気を取られて気づかなかったけど、これ発光してるじゃない!)


 声には出さないものの、普通の薬ではありえない事に気づいて薬を取り落としそうになる。

 すると今までは効きそうだな、と思わせていた薬が一気に怪しく思えてきた。

 そしてカーレクティオン様も私の行動で気づいたのだろう、彼の薬を見る眼が一気に険しくなっていく。


「薬をよこせオルガネーゼ、鑑定してくる」


 そして彼は返事を待たずに、薬を私からひったくる。

 もう彼は次にやる事を決めた、つまりここにいる気はないのだろう。


「先に戻っている」

「じゃあすぐに追いかけますね」


 あぁ、と頷きながらも彼は病室の窓を開け放つ。

 そしてそのまま挨拶もなしに、窓から飛び降りていった。

 礼儀もへったくれもないが被害者が出ている現在、あまり時間はないし咎める気にもならない。


「では、お邪魔しました」


 突然の蛮行に驚いて固まっている男性と少女に、私も一礼して扉から部屋を走り去る。

 行動指針が決まったカーレクティオン様に追いつくのが、今の私の仕事だ。




「分かったぞ、水が原因だ」


 薬の内容物を錬金術で分解したカーレクティオン様が、それを机に置きながら私に聞かせる。

 彼はすぐに行動を開始したのだろう、私が倉庫に戻る頃には一通りの作業を完了させていた。


「なるほど、だから老若男女関係なく検出されたんですね」


 食事が原因、というのは当たらずも遠からずだったようだ。

 誰もが口にする物からの感染は、確かに平等だ。


(でも厄介ね。水は生きるために不可欠だし、病を治そうとした薬が汚染されているなんて)


 医師の報告では、本来この水から伝染する病は致死性も毒性も低いらしい。

 だが、その病は発生した場所が悪かった。


(この王都であれば様々な薬もあるし、医師もいるからどうにかなったかもしれない。けど)


 地図で見れば秘境とすら言える場所にあるその村は、医療がとても低い水準だ。

 だから病に侵された少女も、親御さんが血相を変えるほどに悪化したのだろう。


「この後はどうするのです?」


 現状を次々口に出していくカーレクティオン様に、今後の予定を問う。

 私にとって一番大事な事は主人の必要なものを揃える事だ。

 だが彼は、今まで一度も口にした事のない指示を私に向けた。


「もう直接見に行くしかないだろう。それと今回はお前も来い、オルガネーゼ。倉庫は封鎖する」

「え、あ、分かりました」


 一瞬遅れて、私は返事をする。

 正直、また同行を求められるとは思わなかった。


(それに、一緒に現場に行くなんて今まで一度もなかったから)


 先ほどのような近場なら珍しくはあれど、なくはない。

 けれど王都を離れるような事は、本当に今までなかった。


(けれど、ついていった所で役に立つのかしら)


 ついていくのは構わないが、一体何に使われるのか。

 本人が言うのであれば使える場面があるのだろうけど、自分では想像ができなかった。




「ててて、天馬って初めて乗りました!」


 王都は遥か遠く、眼下にあるはずの街は豆粒どころか風が強すぎてそもそも見えない。

 そういう場所、つまり天馬の上で私はカーレクティオン様の腰にしがみついていた。


「だろうな、王都でもそう数はいない。空を飛べる分、移動はかなり早いが」


 彼には既に経験があるのだろう、慣れた手つきで天馬を村へ向かわせている。

 ちなみに天馬は、村に行くためにカーレクティオン様が借りたものだ。

 気持ちよく晴れた空は障害になるものが一つもないから早いし、ネックとなる料金は彼の前では問題にならない。


「あの村の水は一か所から湧き出ている。最終的にはそこの問題を解決させるが、まずは民の病を治すのが先だ」

「新しく薬を作るんですか?」


 あの輝く薬が役に立たないどころか毒になるのが分かったので、錬金術師であるカーレクティオン様が自作するのは不思議ではない。

 だが、カーレクティオン様は首を横に振って否定した。


「いや、これは薬で治るものじゃない。体内の水分を入れ替える事で回復を図る」

(なるほど、だから純粋な水を作る為の魔石も大量に買い込んだのね)


 天馬の後ろに括り付けられた空飛ぶ荷台には、水の要素を孕んだ魔石が山ほど積まれている。

 これはカーレクティオン様が市場で買い占めた物だ。

 気前の良い買い手に商人達がこぞって持ち込んだので、小さな村ならばしばらく生活水を賄える量が集められた。


「それにしても、村の人に納得はしてもらえるでしょうか」


 聞く所によれば、村の人は聖なる泉に対する非常に信仰心が高いらしい。

 ならばそれを害そうとする者など、村ぐるみで排除しようとするのではないだろうか。


「お前の言う通り、納得してもらえない前提で動くのがいいだろう。相手にとって俺達は異邦人だ」


 当たり前の事ではあるが、それがいざ立ちふさがると面倒だ。

 彼は、いつもこんなものを相手にしているのだろうか。


「前途多難、ですね」

「いつもの事だ」


 短い溜息と共に同意を求めると、カーレクティオン様は少し笑って首を振る。

 それでも否定しない所が、やはり慣れているのだろうと察せられて少し憂鬱になった。

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