聖なる泉と偽者の神1
フルフェルト王子の様に、手に入らない素材を求めてこの倉庫を訪れる人達がいる。
そして今日の人はいつになく、深刻な事情を持って駆けこんできた。
「薬草を分けていただけないでしょうか、故郷の娘が熱病に冒されているのです」
(命の危機にここに来たって事は、病院でどうにもならなかったのね。けれどここよりは薬品庫の方が望みはありそうだけど)
疲れきった男性の話を、私は状況整理しながら聞いている。
ここにはカーレクティオン様が揃えた有象無象の素材が格納されているから、巷になかったものを探しに来るのは正しい。
けれど同時に彼は余った物をここに入れているだけでもあるので、より専門的な物や数を揃えなければならないものにはどうしても弱くなる。
対応できるものであればいいが、そうでなければ別の場所へ行ったほうがいい。
だから確認の為、私は目の前の男性に聞いてみた。
「薬品庫の方にはもう行かれましたか?」
「ええ、ですが珍しい魔物から採れる素材らしく在庫がありませんでした」
散々駆けずり回ったらしい、憔悴した彼から次は素材の情報を聞き出す。
するとその物の特徴が、先日倉庫に収納したものと一致した。
新しく物が入る度に記録している書類を確認すると、やはり捜していたものと同じ名前が出てくる。
(捜している薬草自体はある、でも貴重品だわ)
それはゲームをしていた時にも中々数が手に入らず、使用方法を熟考しなければいけなかった代物だ。
大して価値のないものは自分の裁量で他者に渡してもいい事になっているが、貴重品となれば主人の許可なしに渡す訳にはいかない。
「カーレクティオン様に聞いてきます、許可が出ればすぐお渡ししましょう」
「どうかよろしくお願いいたします、医者の方ではどうしようもなかったのです」
そう言って深々と頭を下げた男は、どうしても娘を救いたいのだろう。
頭を下げる前に見えた目の隈に、今まで眠りもせず色々な場所を巡っていた事が分かる。
であれば事情も事情だし、どうか報われて欲しい。
「カーレクティオン様」
「くれてやれ、直近で使う予定もない」
「分かりました」
今までのやりとりを聞いていたのか、主人はすぐに許可を出した。
カーレクティオン様はケチな人間ではないし、事情がない限りは譲るとは思っていたが。
「どうぞ」
倉庫から引っ張り出した素材を簡単に包んで、彼に渡す。
すると彼は心底ほっとしたように顔を綻ばせた。
「おお、ありがとうございます!」
「だがその前に」
(あら、珍しい)
彼が受け取ったのを確認して、カーレクティオン様が割り込んでくる。
しかし彼が素材を渡した後に声を掛けてくるのは珍しかった。
(恐らく素材の対価の話だろうけど、彼は錬金術師だし大概の事は自分で叶えてしまえる)
それに稼ぎはかなりあるようで、ここで素材を譲る際に金品を請求しているのは見た事がなかった。
「娘の命を助けてくださるのです。何でもしましょう」
声を掛けられた男は、そういって目を伏せている。
対価に関しては想定していたのだろう、特に反抗する様子もない。
だがカーレクティオン様は、その男に対価を要求した訳ではなかった。
「その娘は本当にただの熱病か」
主人の言葉が想定外だったのだろう、男は目をしばたかせた後に何とか言葉を搾り出した。
「それは、どういう」
「お前、東の村の民だろ」
妙に力の入ったカーレクティオン様の目が、くたびれた男を映す。
どうやら彼は素材だけではなく、人の鑑定もできるらしい。
「なぜ分かったのですか」
震える声で、男が問う。
元とはいえ王族の人間が自分の出身地を知っているなどとは、少しも思わなかったのだろう。
だがカーレクティオン様は、鑑定魔法などで出身地を当てた訳ではなかった。
「声に東の響きが残っている、そこには前に行った事があるから聞き覚えがあった」
(この人、本当に色んな場所に行ってるのね)
カーレクティオン様の言葉を聞きながら、思わず感嘆してしまう。
私の主人は、本当に様々な所から糸口を見つけてくるのだと。
「それと東で原因不明の病がはやり始めている。行商人から聞いた事だが、もしそうならお前達の話だけでは済まなくなるだろう」
「可能性はいくつかあるが、恐らく風土病だろう」
いくつかの書物を乱雑に読み荒らした後、病院に駆け込んで様子を見てきた主人はそう結論付ける。
「体内から毒素が検出されたんですね」
「あぁ、ちなみに女子供の体からも検出されたから魔物の傷などではない」
私がカーレクティオン様の書き散らしたメモを読みながら答える。
すると、主人は小さな瓶を差し出した。
(中身は宝石みたいな結晶ね)
瓶の中を覗き込むと、美しい結晶が輝いていた。
だが、話を聞くにそれは毒素を物質化させたものであるらしい。
「では食事などから感染した、あたりでしょうか」
「多分、だがな。検体が少なすぎて決めつけられん」
王都の病院は辺境の東の村からはかなり離れている。
故にそこの人は病院にたどり着く前に、ほとんどが亡くなってしまっていた。
「それにしても、なぜ今まで解決されなかったんでしょう。この病、定期的に起きてるみたいですけど」
「大した土地ではないから金も人も割かれなかった、珍しくもない事情だ」
そしてため息と共にカーレクティオン様は、その土地が王都から見捨てられた場所なのだと私に伝える。
「民に病への知識はあるかも知れない。だが生まれた土地からの移動は、簡単にできないだろう」
「でも、カーレクティオン様には解決する策があるのですね」
こうしてカーレクティオン様が話している時は、大体情報の整理がしたい時だ。
彼が手に負えないと判断した時、それは静かに闇に葬られる。
だが助けられると思った時は、彼は惜しげなく手を尽くす人でもあるから。
(問題はその際に手段を問わない事なのだけれど)
私に話しているという事は、どういう手段を取るのであれ解決できる算段があるのだろう。
今までの彼を見ていた経験から、まだ手の施しようがある状態なのだと私は推測する。
「あぁ、だから地図を持ってこい」
そして私の考えどおり、彼は自信ありげに肯定する。
だから私も、迷いのない足取りで倉庫の奥から地図を取りに行った。




