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婚約破棄と新しい主人1

「オルガネーゼ、君とは婚約破棄をさせてもらう。理由は聖女を虐げた事だ」


 突如呼び出されたと思ったら、王子から余計な言葉の装飾もなく罪状を言い渡される。

 もちろん、私はそんな事していない訳だが。


「詳細をご存じで?」


 まだ年をそう重ねていない、愛らしいフルフェルト王子に問う。

 金色のふんわりとした髪で背は低い。

 華奢で女性らしい顔立ちをしている、 清廉な空気すら漂わせる少年のような青年。


(中身は、未だに良く分かってないけれど)


 仮にも婚約者と言う事で数年共にいたが、相性が悪かったのか結局打ち解けられる事はなかった。

 だからお互いの思い違いはあるかもしれない。


(私もこうなった原因は詳しくはないけれど、察してはいる)


 だからそれが、この拗れた状況に陥った原因なのではないかと考えていた。

 そしてそれなら話し合いで解決できるはずだ、とも。


(今まで深い話しはしてこなかったけど彼は理性的な人だわ、だからきちんと話を聞いてもらえれば)


 けれど、その考えは無駄に終わった。

 事態は私が思うよりずっと、進行していたから。


「いや、詳細は知らない。だが聖女の発言は既に王族の物と等しい。故に理由が君の正当であれ、彼女の言葉が優先される」

(なるほど、私の話を聞く気なんか最初からない訳ね)


 まだ婚約者止まりの私は、王族ではない。

 だから立場は一番下なのだ。


(順番で言えば王族であるフルフェルト王子が一番、そして二番目が聖女であるフィーカ)


 私が彼の横に目を向けると、茶髪の髪を腰あたりで揺らす可憐な少女が映る。

 聖女らしい法衣を着ていて一見清楚に見えるが、服の下からでも分かる魅力的な体の曲線が色っぽく相反するそれらが不思議な印象を与えている女の子。

 それが彼女だ。


「それだけでは足りないわ、フェル」


 そう言いながら王子に侍るフィーカは、聞く所によると予言の力を持つらしい。

 事前に起こる事を神様から聞き、更に聖なる力をもって魔物達を退ける。


(そしてその力をもって上位貴族の養子に成り上がった。……流されるだけの私とは大違いよね)


 私は、褪せた色のドレスを着た地味な女だ。

 女性にしては背が高く、顔立ちも目が鋭いせいで冷たい印象を与える。


(では中身が温かいのかといえば、そういう訳でもない)


 そして王子の婚約者という立場を奪われれば、何も残りはしない女。


「しかしフィーカ、他にどうすると?」


 フルフェルト王子がフィーカに問うと、彼女は彼に柔らかくしな垂れかかった。

 博愛を信条とする聖女がそれでいいのかと思うが、誰も指摘はできない。

 彼女はこの世界でも上位に並ぶ権力者だ。

 誰だって彼女の怒りを買って、不利益を被りたくはない。


「爵位剥奪よ。けれど職がないのは生きていけないでしょうから、倉庫番にでもしましょう」

「君がそう言うなら」


 私をおいて話は着々と進んでいく。

 立場的に口を挟める状況ではないが、反論しないのはそれ以外にも理由があるからだ。


(追い出される事に変わりはないけど、悪い話じゃないのよね。だって私には前世知識があるし)


 そう、私は異世界転生者だ。

 だから私には前世知識、いや正確には前世の記憶がぼんやりしかないからゲーム知識が転生当初から備わっていると言った方が正しいのか。

 とにかくそういうものが備わっている。


(だから予言の真似事もできるのよね、大事にしたくないから言わないけど)


 元々王妃の立場になど興味はなかったし、ましてなる気など少しもなかった。


(転生後は発明家の父の元に生まれ、早くに亡くなってしまった母に代わって彼を手伝って育った)


 そしてその父が偉大な発明家になり、一代限りの爵位を賜った繋がりで下位の王子の彼と婚約する話が出ていただけだ。


(けれど上位の王子が尽く殺され、第一王子になった人が王位を蹴ったせいで繰り上がってしまった)


 私が小さい頃に起きた、王城での凄惨な王位継承争い。

 主に暗躍したのは王子らの母親だが、その犠牲は子供達で支払われた。

 そして生き残った一人の王子は継承権を放棄し、残った最後の一人がそれを継いだ。

 ここまでは裏設定の一部とはいえ、ゲームにあった内容と同じだ。


(でも聖女の事に関しては元のゲームにいなかったから詳しくは知らないのよね、出てきてないだけかしら)


 転生後にもぼんやりとだが存在する頭の中の情報から、彼女の事が出てこない。

 普通の端役ならば分かるが、聖女と言う国を動かすほどの存在がゲームに出てこない事などあるのだろうか。


(まあ今ここで何を考えても無駄でしょうけど)


 追い詰められたのはとうに自覚している、そして私は抵抗しようとは考えていない。

 だから、大人しく引き下がる事にした。


(結婚して子供を生む事が女性の役目であるこの世界とは違い、前世で私は普通に働いていたみたいだし)


 だから幸い、働く事にも抵抗はないから問題はない。

 朧気な記憶ではあるが、あるとないでは大違いだ。


「分かりました。婚約破棄、謹んでお受けいたしましょう」

「そうか、今までご苦労だった」


 最低限の礼を受け、私はこの国で最も尊い場所から退場する。


「では、ごきげんよう」


 未だに慣れないお辞儀で幕を引く。

 フィーカの言い分は乱暴だけれど、私が王妃に相応しくない事に関しては同意できた。


(だから分相応に生きよう、きっと今までがおかしかったのよ)




 廊下の窓に映る自分を見て、自賛する。


(やっぱりこういう格好の方が似合うわね、私)


 給仕の服を着て、眼鏡を掛けた。

 今まで後ろに流していた髪を束ねて、後頭部で丸めた。

 ドレスを取り上げられて給仕服を渡されたので大人しく着た訳だが、自分で思ってしまうほど良く似合っている。

 先程まで着ていたドレスは元々、身分に合うようにと着ていたものだ。

 だから当然の様に服に着られていたし、似合うなんて言葉とは程遠かった。


(煌びやかな衣装に毎回申し訳なくなっていたのが懐かしいわね)


 仕立て屋が贅を凝らして作り上げたそれらは至高の出来だったが、着る本人が地味女ではその魅力も半減だ。

 それに何度陰で笑われたか分からないし、紛れもない事実だったので否定のしようもなかった。


(辛かったのよね、本当の事だとしても。でも、これからはそんな事気にしなくていい)


 だってこれから私が向かうのは、今の格好に似つかわしい場所なのだから。


「ここ、ね」


 掃除するように言い渡された、使われていない王城の片隅にある独立した倉庫。

 どれくらい放置されていたのかは分からないが、ここだけみれば王城の一部とは思えないほどの荒れ方をしている。


(けれど気になるのは綺麗な物もある事ね、まるで最近投げ込まれたみたいだわ)


 中に入って周りを見渡してみる。

 すると外面が良く分からないほど埃を被っているものもあれば、埃の上で未だ輝きを放つ素材もあった。


(正直良く分からない状況ね)


 人が管理しているにしては雑過ぎるし、管理していないなら綺麗な物があるのはおかしい。


「まあ考えるよりも先に掃除をすべきだわ。けど、その前に分類分けしないと」


 ざっくり倉庫を見た限りでは、ゲームで使用した道具が沢山転がっていた。

 だがその中には危険物などもあるので、下手に動かせば爆発する事もあり得るだろう。


(分類は攻略本丸暗記してるから大丈夫のはず、というか掃除道具調達しないと)


 放り出された自分の手には、雑巾一つありはしない。

 しかも今まで王城でそんな事をした事はないので、場所すら分からない有様だ。


(このゲームの主人公が道具屋をしていたから、そこへ行くのがいいわね)


 幸い父の元にいた際に持っていたお金が、私の手元にはある。

 ここで働けば少額だがお金も入って来ると話には聞いているし。


(ついでに攻略対象者がいるかも見ておきましょう)


 元が乙女ゲーなので、当然この世界には主人公の相手になる男性がいるはずだ。

 残念ながら、私自身は恋愛的に見た事がないのだが。


(恋愛要素よりも、ラスボスの竜を倒す人達っていう印象が強かったのよね)


 あのゲームは一応女性向きで恋愛要素があるものとして扱われていたが、実際は武器屋での武器集めや作成+経営シミュレーションの傾向が強かった。

 私はそういう所を気に入っていたのだが。


(まあでもせっかくの機会だもの、生きている所を見たいわ)


  今までは父の手伝いを行ったり、王城に来てからは自由行動ができなかったせいでほとんど自由に外出した事がない。

  だからそういう意味では、初めて私はゲームの世界を体験できると言えた。


(楽しみましょう、これからは)


  もう、誰の婚約者でもないのだから。

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