Alius fabula Pars16 初めての宿屋
ディバル達は宿屋蛸壺の前に立っていた。
(これが宿屋かぁ・・・)
時刻は既に日が沈みはじめ夕食を取る者が増えてくる時間帯だ。
宿屋に入ると受付には誰も居なかったので呼んでみた。
「誰か居るかぁ!! 宿に泊まりたい者だ」
「はぁぁい、今行きまぁす」
奥から女性の声が聞こえ、駆け足で現れた。
「はい、いらっしゃい。泊かい?」
「ああ、三人だ」
「三人部屋はこの料金だよ」
女性が指さしたのは料金表だ。
部屋の種類に応じた価格と、素泊まりに食事付の料金が記されてあった。
(明朗会計だな。いい宿だ)
「とりあえず一泊で飯付を頼む」
「あいよぉ、部屋は三階の奥だよ」
所有していた銀貨を渡すと歪な銅貨がお釣りとして帰って来た。
(これだよこれ! やっぱリアルは違うよなぁ)
ディバルが所有していた硬貨は龍国で魔法によって作くられた各国の貨幣で均一化されている物だった。
釣銭として帰って来たのは歪な形の銅貨である。
これは一重に製造方法の違いだ。
この大陸では丸く平らにした銅や銀に金を型に挟み叩いて打刻する手作業の方法を取っている。
したがって刻印が右寄りや左寄りなど様々な硬貨が有り、大金貨や白金貨は鋳造でそれ以外は鍛造だ。
鍵を受け取り階段に向かおうとしたら声がかかった。
「夕食はいつでもいいから一階で食べておくれぇ」
「混みあう前に食べて行くか」
「「はっ」」
一階の薄暗い食堂は既に人影が有った。
隅の席で料理を待ちながら冒険者らしき者達を観察してみた。
ほとんどが男で人族のようだ。
出で立ちでは職種が解らない装備がほとんどで、唯一武器で判断出来そうだ。
帯剣している者に、戦斧を立てかけている者や、矢筒を背負う者に、杖を持つ者も確認できる。
(見た目じゃ僧侶や魔法使いは解んねぇなぁ・・・みんな地味な装備だ。もしかして俺たちは”浮いてる”のかなぁ・・・いかん気にしたら負けだ)
自問自答していると料理が届いた。
「お待ちどうさまぁ、スープはお代わりできるからねぇ」
「こっ、これがリアルかぁぁ・・・」
見た目には美味しそうには見えないが、味は食べてみないと判断出来ないので口に入れたディバルだ。
(うぅぅん、不味い。話か違うぞ受付嬢・・・でもこれがリアルか)
固いパンに塩味が強い魚介スープと、丸焼きと丸ごと素揚げにした魚はブツ切りにしてオイルが振りかけてあり、小さいけど何かの焼いた肉は塩が振ってあるだけの物だ。
とは言え、初めて宿屋の食べ物を口にするディバルだ。
スクリーバとウルサは無言で食べていた。
簡素な食事を素早く済ませて部屋に向かう事にした。
石造りの宿に石の階段だ。
扉は木製で、開けるとそれなりに広い部屋だった。
「これだ、これこそリアルだ」
「アルジ様、リアルとは一体何でしょうか?」
「あ、気にするな。口癖みたいなものだから」
「はっ」
室内は殺風景だった。
窓、机、椅子、木箱、寝台は全て木製で、寝台には雑巾の様に折りたたんである大きな布が置いてあった。
前世の記憶は、異世界はベッドだが普通に考えればマットなんて有りえないのだ。
布団など論外。
枕?
寝言は寝て言えだ。
扉は外からも中からも鍵がかかる仕組みだ。
しかし鍵こそが、この宿の特徴だと後に判明した。
(鍵の無い宿屋も有るのかぁ、大変だなぁ)
寝台は板張りで、汚い布をどのように使うかは個人の自由だ。
そして部屋の隅に四角い蓋つきの箱が置いてあり、中に”ツボが二つ”入っている。
前世の人間ならば貴重品入れと想像するだろうが実際は”便箱”だ。
基本的に宿屋の部屋に便所など無い。
一階には便所は有るが、同じものが置かれてある。
因みに”小は外でするのが当たり前”なのだが、”大用と小用”らしい。
したがって多少匂うが布が被せてある。
(やっぱリアルはハードだよなぁ。みんな板の上に寝るのかぁ。まぁ、雨風をしのいで魔物や虫が出ないのは良いけどな。俺たちは排泄しなくていいから良かったぁ)
蝋燭だけの明かりで薄暗い室内を魔法で明るくした。
(灯り・・・)
すると部屋が光で満たされた。
「よく見ると結構汚い部屋だな」
「はっ」
ディバルの言葉に返事をして魔法を放つスクリーバ。
すると、一瞬で部屋の隅々まで綺麗になった。
雑巾の様な布も真っ白になったのだ。
「しかし、我がアルジ様がこのような場所で御就寝されるなど我には我慢ならん」
「そう言うなウルサ」
「しかし・・・」
「それに本来俺たちには睡眠など不要だろ」
「全くです」
「だが、下界の生活を知る事も知識として役立つ時もあると思うぞ」
「この宿に泊まる事がでしょうか?」
「下界での行動がいずれ役に立つ事もあるかもしれないって事さ」
「・・・はっ、仰せのままに」
多少不満げなウルサに問いただしてみた。
「ウルサは人族が嫌いか?」
「好きではありません」
「そうか・・・」
「スクリーバは?」
「我もウルサと同じ意見です。精霊王達は皆似たような感覚を持っていると思われます」
「そうか、嫌われてるのか・・・」
「全てではございません。人族の中にも純粋な者や世界を愛でる者も存在します」
「ふむ、極わずかだな」
「じゃ獣人や魔物はどうだ?」
「人族程姑息では無いにしろ、邪な考えを持つ者は居ります」
「なるほど。だから精霊たちは下界の種族と関わらないのか」
「おっしゃる通りでございます。我らは世界を守る存在であれば、世界を汚す者達と敵対するのは至極当然と言えます」
「まぁ愚かな人族だが、俺の配下や眷属にする者達には協力してくれ」
「「拝命致しました」」
三人はそれぞれの考えを伝え意思の疎通を図った。
初めて知る精霊の考えは、まさしく”スプレムス”の想いを実行する存在と言えるだろう。
全ては自然のまま、神の望むままの摂理を拒み阻害する者達に敵対し排除する役割を持っている。
したがってスクリーバは潔癖と言えよう。
直接対峙ではなく全て魔法で対処する傾向だ。
しかしウルサは逆で衝動を抑えて爆発させるタイプだ。
物理攻撃で殲滅して鬱憤を晴らす傾向だ。
“ディバルの計画”も、この時初めて知る事となったスクリーバとウルサだ。
「流石は我らがアルジ様。そのようなお考えが有ったとは・・・」
「ですが、”その国”を作った後はどの様になさるおつもりで?」
「ふむ、その後はどんな進化が芽生えるか観察だ」
「おおおっ進化を促すのでしょうか!!」
「そこまでお考えとは・・・」
「我らは何処までもアルジ様のお供を致しますぞ」
「同じく」
「ありがとう二人とも」
すると三人に念話が聞こえた。
(妾も同意したぞ)
すると一体のてんとう虫がウルサの肩に止まっていた。
「マリンキファ!!」
諜報担当の司令官であり一万体を統括するマリンキファの母体だ。
(すっかり忘れてた・・・)
「マリンキファも知ってくれたら行動も楽になるな」
三体と一匹は寝ずに語らったと言う。




