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二周目の王子が甘すぎて、死に戻り前に戻りたい公爵令嬢

 第一王子の生誕十七年の誕生パーティー。

 そこで私、ディアナ・ヴィファニレンス・シェミラーは、テンプレ婚約破棄を体験することになる。


「ディアナ・ヴィファニレンス・シェミラー! 君との婚約を今この場で破棄させてもらう! 己の公爵という身分を振りかざし、私の愛するナタリーに対して行った数々の非道、すべて私の耳に入っている!」

「…………」


 テンプレ、一。何かしらのパーティーで主に悪役令嬢は王子から婚約破棄をデカボイスで告げられる。

 もちろん彼の横には、か弱い乙女が涙を流している。その姿を見て、生まれたての小鹿ですか? と震える乙女にちょっと笑ってしまう。……ダメダメ、あの二人は真剣なんだから。


 テンプレ、二。まったく身に覚えのない無実を、証拠がないにも関わらずズケズケと言ってくる阿呆でバカな王子。証拠を見せてと言っても、大抵乙女の証言のみで、それを鵜呑みにしてるだけ。


「私の運命の女性、ナタリーに陰で嫌がらせするとは、どこまでも汚い女だ! ああ、ナタリー、可哀想に……」

「ふぇ、ヴィクトールぅぅ……っ」

「……っ」

 この茶番に、私の表情筋は死んだかと思いきや、笑いを堪えきれず頬が吊る。

 誰か助けて。ほんと必死なの今!

 とそこで、あぁ扇子で隠せばいいのか、と思い至る。

 私はサッと口許を隠すように扇子を広げたが、やっぱり無理だった。だって、笑いを必死に堪えているから、肩が震えるの……!

「? ふん、怒りで震えているのか? 怒りたいのは私のほうだ」

「も、申し訳ありませんわ……ちょっと、ふ、腹筋を鍛えておりまして……っ」

 ねぇ、笑かせてこないで! 途中吹き出しそうになったんだけど。ほんと、笑い堪えるのって結構辛いんだから!

「こほん、う゛ん゛ん゛。……ええ、もちろん婚約破棄はお受けいたしますわ、ヴィクトール殿下。ですが、私はナタリーシ嬢に対してまったく何も、口も手も出しておりませんので、そこに関してはここではっきりと主張だけさせて頂きますわね」


 と、まぁ。こんな感じでトントン拍子にテンプレ婚約破棄パーティーは終わった。


 さぁ、この後は家を追い出されて修道院送り? 運命の旦那様登場? 好きなことして自由気ままに暮らす?

 どんなテンプレでもウェルカム!

 この時の私はそれはもう、次の人生にワキワキしてました。

 なのに――パーティー帰りの馬車が事故に遭い、そのままお亡くなり……これもテンプレです?

 でもまぁ、あのバカ王子と猫かぶり令嬢がいない世界なら、例え道端の雑草に生まれ変わったって構いません。てんとう虫さんやカマキリさん、蟻さんたちと仲良くなるから大丈夫。全然問題ないわ!


(……って思ったのに、これもいわゆるテンプレ……)

 気づいたら、目の前に――六歳のヴィクトール王子が微笑ましそうに笑っていた。

 同じくらいの目線だから、私もきっと六歳に戻されてる。

 私は目を閉じてもう一回開けて、ショタ化されたヴィクトール王子を目で確認してから、辺りをゆっくり見渡して、嘘でしょと天を仰いだ。

 ……ここまで覚えがあるのも、逆に気持ち悪いくらい。


 ここは王宮の庭園で、幼い頃よく王子とお茶をした場所。頬を撫でる心地よい風も、柔らかい昼下がりも、全部覚えてる――この後、目の前のヴィクトールが私に求婚してくるのも。

 記憶ってこんなにも鮮明なの? これじゃあ、まるで私がまだ忘れられないみたいで……嫌だ。


「……ディア」

 久しぶりに呼ばれた、私の愛称。

 思わず胸が跳ね、ショタボイス(声変わり前)のヴィクトールを見るが、あまりにも後光が射しているので直視は危険と判断。私はすぐに視線を落とした。

 知ってる、ここで手を握ってくるんでしょう?

 だから私は絶対に手を握られないよう、両手を後ろに隠した。これで握れまい。

「? どうしたの、ディア。手なんか隠して……ふふ、変わった照れ隠しだね」

 一瞬キョトンとしたヴィクトールは、さくらんぼのような口許に小さな指を添えて笑った。

 ちっがう! 違うんです! これは照れ隠しじゃなくて――って、ここで私はすぐに気付く。幼少期のヴィクトールってこんな、人格だった?

 おかしい……何かおかしい。だって、私の知ってるショタヴィクトールは私好みの――ツンデレだったもの!

「そんなディアもすごく可愛い。うん、そんな君だから愛しくて、目が離せないんだ」

「ひぇっ」

 グイッと距離を詰めてきたヴィクトールに、私の口から変な声が出た。

 お願い許して。だって、一応好みだった美顔が近づいてきたら、誰だって息が詰まるか、変な声が出るか、意識をとばすよね!?

 だから油断してた。目にも止まらぬ速さで、パッと手を採られてしまった。

「あ、あのっ……王子、手、手!」

「ヴィルって呼んでって言っているのに、ディアはいつも呼んでくれない。君は僕のお嫁さんになるんだから、僕の名前、呼んで?」

 コテン、と首を傾げたヴィクトールに危うく墜ちるところだった。

 ダメよ、ディアナ。例えショタでも、この男はあの童顔豊胸猫かぶり令嬢にコロッと落ちたあげく、私に婚約破棄してきたゲス――げふん、王子なのだから。絆されては、ダメ!

「私は王子と婚約するつもりも結婚するつもりもお嫁さんになるつもりも全くもってありませんからごめんなさい」

 ……言った。言えた。全部強調してノンブレスで言えた私を私は褒めたい!

「……っ、ひっ、く」

「え? え?」

 ちょ、ちょっと待って。あまりの出来事に、私は目を落としそうになった。

 ヴィクトールの綺麗なアメジストの瞳から、ポロポロと涙が零れたかと思えば、ダバーッと滝のように流れ出した。

 まさかのまさか! 泣かれることは予想外なんですが!?

「へ?! ちょ、ねぇ何も泣くことは――」

「うぅ、ひ、っく……っ、ディアは、僕のこと、っ……嫌いに、なっちゃったの? だか、らっ、そんな……い、意地悪言うの?」

「…………」

 私の前で泣いてるヴィクトールも、嗚咽でつっかえながらも頑張って話すヴィクトールも、私は知らない。こんな彼――私は知らない。


 いつの間にか解かれた手で、ヴィクトールがゴシゴシと目を擦る。

「あぁ、そんなに擦ったら痛くなるよ。だから、擦っちゃダメだってば」

 私はヴィクトールの小さな腕を掴んで顔から引き剥がした。

 ほら、こんなに赤く腫れて……って、泣き顔すら天使とは何事? いや、確かに元から()()()()良かったけども。

 私は、庭園に流れる本当に小さな小川へと足を向け、ドレスからハンカチを取り出して、川の水に浸けて軽く絞る。

「はい、これで冷やして」

 ヴィクトールは、私が差し出したハンカチと私を交互に見て、素直に受け取った。

 濡れたハンカチを目に当てるヴィクトールの手を取り、テラスのベンチに座らせて、私は彼から思いっきり距離を置いて座った。

「…………ここ、ディア。ここに座って」

 ヴィクトールが自分の横をペシペシと叩きながら言ってきた。

「いえ、ここでも充分に聞こえますし、お話できますからどうぞ」

「っ、……うぅっ」

 泣き落とし? 天使じゃなくて悪魔だ悪魔。

 いっこうに動こうとしない私に痺れを切らしたのか、ヴィクトールが立ち上がって私の所まで無言でやって来た。そして、みっちりと隙間なく座る。

 肩と肩が触れあい……なんて、甘いイチャラブ展開は望んでません! なんでそんな密着してくるの。

「え、っと……」

「僕と婚約して下さいっ!」

 耳元で叫ぶプロポーズがどこにあるんでしょうか。

「ぇ、あぁ、えっと。王子が耳元で叫んだから、何も聞こえませんでした」

 耳がキーンと鳴ったので、ここは聞こえないフリした。


 私は切実に思った――こんなことになるなら、死に戻る前の、生前に戻りたいと!


 次の日、私はもう一度丁寧に(泣かれる恐れがあったのでそれはもう優しく穏便に)お断りしたのだが、両親が即オッケーしたので、生前通りヴィクトールと婚約しました。


 それからというもの、毎日のように誘われる、ショタヴィクトールからのお茶会や散歩。両親の手前、ノーとは言えない。

「……あ、美味しい」

「良かったぁ。ディア、タルト好きだよね。だからたくさん取り寄せてみたんだ」

 目の前に広がるのは、宝石みたいなキラキラ輝く色とりどりのタルトたち。定番のイチゴやフルーツはもちろん、ブルーベリーやイチジク、杏まである。

「好きなだけ食べてね」

 そうやって餌付けするつもり? 私も甘く見られたものね。

 と思うのに、私の口とお腹はタルトをご所望のようで、フォークを持つ手が止まらない。

 いつか必ず、この天使の誘惑から逃れてみせる!

「この後は散歩しようね。モルフォ蝶っていう、珍しい蝶々がいるんだ」

「……モルホ、蝶?」

「ふふ、モルフォ蝶だよ。あ、ディア動かないで」

 ヴィクトールが私の口許に顔を近づけてきたので、何事かと顔ごと仰け反ろうとしたら、思いっきり顔を顰められた。

「動かないでって言ったのに」

 し、知るかそんなもの! 心臓に悪いったらありゃしない!

「悪い子だね、ディアは。タルト、口許についていたから取ろうと思っただけなのに」

「い、言ってくだされば自分で取ります」

 悪い子ってなんだ、悪い子って。

 私は膝上に置いていたナプキンで軽く口許を拭った。

 それが納得いかないのか、まだ膨れているヴィクトールの頬をフォークでつつくのはさすがに止めた。

 全種類のタルトを一切れずつ食べ、お腹が膨れたところで散歩に出る。と言っても庭園内なのだが、まぁ広いよね。

 ちゃっかりつながれた右手を離そうと努力しても、ヴィクトールの握力の強さには勝てない。ショタなのに。天使で悪魔なのにゴリラなの?

「あ、ほら。あの青い翅の蝶々がモルフォ蝶だよ」

「わぁ、綺麗……!」

 目の前を通りすぎる、見たことのない、綺麗な蝶々に私は思わず溜め息を漏らした。

 こんな、宝石みたいな蝶々がいるのね。今度生まれ変わったら、この蝶々になろう。今決めた。

「ディアの青い瞳も、すごく綺麗だよ」

 そんな三流のくさい台詞も、ヴィクトールだからか、甘く聞こえてしまう。

 チラッと一瞥すれば、微笑む瞳とかち合い、私は慌てて顔を逸らした。

 恥ずかしくて落とした視線の先には、ヴィクトールと繋がれた右手。


『ほら。手、繋いでてやるから……転ぶなよ?』

 初めてヴィクトールと手を繋いだ時を思い出した。

 ツンデレな彼が可愛くて、そんな彼が大好きだった。


 私は、生前に戻りたいと切実に願う日々を過ごす。

「ディア、誕生日おめでとう。プレゼント、婚約指輪にしたんだ」

 それ、何カラットですか? と私には似合わないので丁重にお返しすれば。

「華奢なディアには少し大きすぎたかな。ごめんね、すぐ作り直すよ」

 と、次の日に渡されたのは、婚約指輪ではなく、シロツメクサで作られたなんとも可愛らしい指輪だった。

「これは枯れても、僕の君への愛は一生枯れないからね」

 重い言葉を聞き流しながら、薬指にはめられた指輪が少しくすぐったかった。


「こっちだよ、ディア!」

 天使の笑顔を振りまくヴィクトール。

「ディアは僕のどこが好き? 僕は君の全部が大好きだよ」

 照れてしまう私を壁際に問い詰めるのがご趣味なヴィクトール。

「じゃあ、僕たちの秘密。ね?」

 悪戯っ子みたいな微笑みで私の心を掴んで離さないヴィクトール。


 死に戻る前とは全然違うヴィクトールと接していくうちに、また彼とやり直してもいいのかな、と思ってしまう。


 そうしてとことん甘いヴィクトールに翻弄されつつも、楽しい日々を過ごし――現在十六歳。

 あの、テンプレ婚約破棄パーティーの年を迎えた。

「この年でヴィクトール王子はナタリーシ嬢の豊胸な誘惑……じゃなくって、甘い運命の恋に落ちて、あの日私と婚約破棄する。そして私は、馬車の事故からの――モルフォ蝶に生まれ変わるの!」

「誰がモルフォ蝶に生まれ変わるの?」

「それはもちろん、わた、し――ヴィ、ヴィクトール殿下!? い、いいいいつから聞いて?」

 すぐ近くで問われた声に、私は目を開けて答えると、そこには天使の微笑みを浮かべた十六歳の、ヴィクトールが立っていた。

 ヤバい、ヤバいよ。どこから聞いてた? せ、せめて婚約破棄はなしで!

「婚約破棄、あたりかな」

「……ひぇ」

 別の意味で、ヤバい。

 まだ、豊胸なら良かった。なのに、“婚約破棄”という一番聞いてほしくなかった単語を聞かれてしまった。

 ねぇ、冷や汗が止まらない……。天使の笑みを浮かべているのに、ズゴゴと音をたててるからして――悪魔だ!

 じりじり近づいてくるヴィクトールから逃げようと後退りを試みるも、庭園テラスのベンチに座っていたから、動けない。

 ……詰んだ。詰みました。

「婚約破棄って、何の事? 僕に分かるように説明して? ディア。僕、君に何かした? 婚約破棄されるような、こと」

 トン、と背もたれに手を置かれ、壁ドンならぬ、背もたれトン?

 見下ろしてくるヴィクトールから視線を外せば、私を逃がさないようベンチに足を置いて、ホールドする。

「え、っと……ヴィ、ヴィクトール殿下が何かをしたわけではなく、はい。あの、あの……それは、ですね?!」

 落ち着け私! そして考えろ。本当はヴィクトールのせいなんだけど、尤もらしい言い訳を、今すぐ考えなきゃ!


「あ、ヴィクトール様ぁ!」

 グルグルと目を回しながら必死に考えていると、聞き覚えのある声が庭園に響いた。

 この声――ナタリーシ嬢! 良いところに、いいタイミングで! そして、あの時と同じく、豊胸ですね!!

 私はヴィクトールの運命の女性、ナタリーシの登場に感謝した。

 ヴィクトールが彼女を構わないわけがないのだから、その隙に逃げられるというもの!

「もぉっ! ナタリーずっと探していたのに、こちらにいらしたの――」

「君は、誰だい?」

 ナタリーシの言葉を遮ったのは、他でもないヴィクトールだった。

「……へ?」

「え?」

 あ、ナタリーシ嬢と被った。

 それよりも、ヴィクトール……貴方、運命の女性に向かってなんてことを。

 ヴィクトールに駆け寄ろうとしたナタリーシも足を止めた。

 胸の前で手を組み、やや上目遣いでヴィクトールを必死に見つめている。

「だ、誰って……。も、もぉ、ヴィクトール様ったら意地悪なんだから。昨晩のこともうお忘れに? ナタリーですわ――とっても、良い夜でしたねっ」

 語尾にハートマークがつきそうな、満面な笑顔で言った。良い夜でしたねっ、って私を牽制するためか、かなり強調してたけど。

「良い夜? あぁ、昨日僕がたかがハンカチを拾っただけで有頂天になっている、男爵令嬢?」

 わぉ。と言う言葉が思わず出そうになり、私は慌てて口を塞いだ。空気を読めない女ではないので。

 でも、どうして……? ヴィクトールはナタリーシと運命の恋に落ちるはずなのに、こんな冷たく接して――……はっ! ツンデレ? ここでツンデレを発揮するのね!?

 ヴィクトールの、ナタリーシを見る目が完全に別の生き物を見るような視線だけど、実は心の中ではその姿に悶え、萌えてるのね?!

「う、有頂天って? と、とにかくっ! 酷いわ! ナタリーはただ、ヴィクトール様にハンカチを拾ってもらえたことが嬉しくて……っ。胸の高鳴りに夜も眠れないくらい、こんなにも――!」

 今のナタリーシといい、ショタヴィクトールといい、この世界は泣き落としがテンプレなの? じゃあ、私も婚約破棄の時泣いていい?

「あの、ヴィクトール王子。私のことはお構いなく、彼女のところへ……」

 ロマンス小説のように、抱き締めて慰めてあげて、と続けようとしたら、ヴィクトールが私の頭を優しく撫でた。

「大丈夫、ディア。僕は君しか見えてない。他の女性なんか興味すらないから。だから、そんな顔をしないで」

 違う、違うの。貴方の目に映るのは私じゃなくて、ナタリーシで。

「男爵令嬢とか言ったかな?」

「ナタリーですっ!」

「では、男爵令嬢さん。僕と可愛い婚約者の愛を育む甘い蜜な時間を邪魔しないでほしい」

「こ、婚約者……? どういうこと? ヴィクトール様、ナタリーには“婚約者はいない、君が運命の女性だ”って、昨日あんなに囁いてくださったのにっ! ふぇぇ……」

 あ、この泣き方変わってないんだ。ふと、婚約破棄パーティーの彼女を思い出してしまった。

「これは、飛んだ妄想癖をお持ちのようだ。僕は昨日“ハンカチを落としたよ”としか話していないのだけれど。それと、その格好は止めたほうがいい。()()にしては、はしたない」

「やっ!」

 ナタリーシが胸元を隠した。

 いや、あれはヴィクトールを落とすための武器なの。生前、それでコロッと落ちたよね? ね?

「んもぉ! ヴィクトール様ったら、ナタリーの胸が可愛いからって――」

「下世話が過ぎる。僕が囁くのはディアナへの愛だけだ」

 ヴィクトールの言葉に、トクンと胸が弾んだ。

「君のような女性に囁く言葉など、僕は持っていない。そういうものをご所望なら、他の男に縋るんだね。分かったら――さっさと消えてくれないかな?」

 悪魔の笑みを見たナタリーシが、一瞬震え上がり体を強張らせたが、キッと私を睨むと、踵を返して走り去ってしまった。


「はぁ……。ごめん、ディア。君と愛を囁きあう時間を、あんな女に取らせてしまって」

 果たして、愛を囁きあっていただろうか。断じて違うよね。

「べ、別に大丈夫です。あぁ、ほら! もうこんな時間。お茶会を! しましょう!」

 話を逸らす。今はそれしかない。

「話を逸らそうとしても無駄だからね、ディア。とんだ邪魔が入ったから聞けずじまいになっていたけど……婚約破棄、なんて。どうしてそんな結論に至ったのか、君の口からまだ聞けていないから」

 お互いの鼻があたる距離まで顔を近づけられ、柄にもなく頬に熱がこもるのを感じた。多分、いや絶対、私の顔はリンゴみたいに真っ赤っかだろう。

 あぁ、ドキドキする。

 逃げられないのに、彼の楽しそうな瞳を見ていると、私まで胸が高鳴ってしまう。

「照れてるの? ふふ、本当に可愛いなぁディアは。さぁ、僕が君への愛を囁き続けるか、君が僕に白状するか……降参するのは、どっちだろうね?」

 ニコリと笑うヴィクトールに、私が勝てるわけもなく。ものの数分で降参したのは、私だった。


 あの日、すべてを白状――するわけもなく、本当のことも言えなくて、私は考えて考え抜いた言い訳をした。

「ヴィクトール殿下は、きっと素敵な女性と出会うから」って。

 ヴィクトールはたった一言、「そう」とだけ言って納得したように見えたが、多分気づいてる。それでも、それ以上追及してこなかった。

 私が、「追及しないの?」って聞いたら、ヴィクトールは。

「まぁ納得はしてないけれど。追及よりも、今、君とこうしている時間を大切にしたいから」

 と、そう言ってくれた。

 それを聞いて、後ろめたくて、本当のこと話そうって何度も思った。信じてもらえないだろうけど、って。

 けど、ヴィクトールがその機会を与えてくれないほど、私に愛の言葉を囁いてくる。


「君が過ぎたことを考えなくていいくらい、存分に愛してあげるから。あぁ、それともまだ愛し足りないかな?」

「足りてる! 足りてるから、そんな近づかないで……!」

 ぐいぐい来るヴィクトールを押し返そうと踏ん張っても、腰に回された手を剥がそうとしても、全然びくともしない。ゴリラの握力だからなのか、進化しているのか。

「ディアは足りてるの? 僕は全然足りないし、愛し足りないって思っているのだけれど」

「……おかしいでしょ。よくそんなポンポンと言葉が出てくる、と言うか、聞き飽きてマンネリ中ですよ」

「マンネリ中……。それは、もっと激しいのをお求めということかな。なんだ、それならそうだって言ってくれていいのに」

 嬉々としないで、今すぐその大層嬉しそうな顔をしまうか、別のほうを見て!

 だって、その笑顔で私はいちいち鼓動を速めてしまうのだから。

「ち、ちっがう! ……私は、その――ヴィ、ヴィルに、……す、好きって言うのですら、恥ずかしいのに」

 ああ。どうやら、私はこの王子に生前通り、恋に落ちてるみたい。

 死に戻り前はツンデレ、今は天使の笑みを浮かべる悪魔(ゴリラ)


 彼と過ごす毎日が楽しくて、刺激的で、大好きで仕方がない。

「っ! うん。僕も、好き。可愛くて愛しい僕の婚約者、可憐な君が大好きだよ」

 ほら、こうやってすぐ甘い言葉で私の胸を躍らせるんだから。


「そうだ。今日は桃のタルトを用意したんだ。一緒に食べよう」

「うん!」



 私も、彼の言葉にコロッと落ちて、ちょろいものだ。

 でもね、もう死に戻り前に戻りたいって思わない。

 私は――今のヴィクトールを愛しているから。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました!



ここで、“なぜ二周目の王子の性格が変わったのか”、ということにつきまして、補足させて頂きます(もうこれは、完全に作者の描写不足です)。


・ディアナが死に戻った時点で、相手となる対象=ヴィクトールの性格が次にシフトされた、という設定で書いておりました。

死に戻る度に相手の性格が『ツンデレ』→『甘々』→『クール』他、といった風に、色んなヴィクトールが現れるという感じだと思ってくだされば。

それを書けなかったため、何で?と疑問に持たれた方もいらっしゃいましたので、後書きにて補足させていただきました。



本作を読んで、面白かったと思われた方は是非、下のお星さま「☆☆☆☆☆」や、ブックマーク、評価をお願いします。


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