表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
柳生の剣士  作者: MIROKU
江戸の守護者
9/47

兵法とは

 十兵衛の心中には様々な思いが渦を巻いた。頭の中は常に思惑が台風のごとく吹き荒れている。


 江戸の平和、浪人の増加、おりんの事。


 ーーん、待て。なぜ、おりんが。


 十兵衛も気づかぬ内に、出会って間もないおりんは彼の心の内に住んでいるようだ。

 十兵衛はおりんの顔を振り払い、目を閉じた。隻眼の奥に修行の日々が思い返されてくる。


 兵法とは平和の法ーー


 父の言葉がよみがえってくる。人殺しの技である兵法、それが平和の法とは、いかなる事か。


 父の説く活人剣、そして無の境地。


 沢庵禅師の説く剣禅一如。


 師事した小野忠明の説いた夢想剣……


 十兵衛に暇はない。それら兵法の理に答えを出す、いや己のものとして魂に宿さねばならぬ。

 それもまた父や先師から受け継いだ男の使命だ。


「……若旦那」


「なんだ、今は忙しい」


「うどんがのびちまいますぜ」


「……あ、うむ」


 十兵衛は我に返り、卓上のうどんをすすった。


 そしてむせた。


「あ、熱いな」


「そりゃあ当然で。もう夏じゃありやせんので、冷やしうどんじゃなくて熱々のうどんを出してやす」


「ほ、ほう、いやあ実に美味いな」


 十兵衛はやせ我慢しながら熱いうどんをすすっていく。どこか滑稽だが彼は必死だ。

 この時も脳裏には兵法の事が思い浮かぶ。


 父や先師から受け継いだ精神と技、男は命を守るものだ。


 あ、と十兵衛は気づいた。おりんの事が気になるのは、彼女が武を体現したからに他ならぬ。

 強いというわけではない。おりんは決して弱くはないだろうが、この江戸に腕の立つ名人達人など、星の数ほどいる。


 おりんが顕したのは、武の精神であった。

 戈を止め、刃を防ぎ、そして守るべきもののために身命を捧ぐ。それが武の精神だ。


 おりんは、自身と茶屋の老婆、更には浪人達までも救った。浪人らは刀までは抜かなかった。おりんの一喝によって、自身の行いの浅ましさを知ったからであろう。


 見事だと言うしかない。だから十兵衛はおりんが気になるのだ。彼女を意識すると動悸が速まり、十兵衛はまたしてもうどんにむせた。


「若旦那どうしやした」


「お、おかわりをくれ」


 十兵衛は窮地に陥りながらも、うどんのおかわりを要求した。

 自暴自棄になったわけではない。今、十兵衛の魂は過去に雄飛していた。


 命懸けで事に臨む、その時に到ってこそ十兵衛の魂は燃え上がるのだ。隠密行の最中で死地に赴いた事、一度や二度ではない。


 眼前の浪人が刀を打ちこんでくるのを、己が一刀で薙ぎ払い、勢いを保ったまま刃をひるがえして対手へ打ちこむ……


 刺客が槍で突いてくるのへ、無手で十兵衛は飛びこみ、組みつき、足を払って地に倒す……


 勝機は一瞬であり、ただ一手に全てを懸ける。


 あの一瞬こそ、十兵衛の全てであるかのように思われた。


 一瞬の充実は永遠の感動であり、それによって十兵衛は今、迷いを遠く離れて生きられる……


「へい、お待ち」


「う、うむ」


 十兵衛は二杯目のうどんに立ち向かった。店主の源の好意で、刻みネギがたっぷりと乗せられていた。


「いただくぞ」


 十兵衛は熱々うどんを豪快にすすり始めた。彼の魂はうどんと同じく熱い。江戸の明日を守るために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ