魔天からの使者
「全く……」
十兵衛は苦々しい気持ちで新たな団子を口に運んだ。
傲れる気持ちはないのだが、弱いと言われて悔しいような、悲しいようなーー
これでも彼は謙虚は心がけているつもりだ。また生き死にの修羅場も経ていた。
が、それはおりんから見れば、蛮勇に等しきものかもしれない。
ーーそういえば父上もよく言っていたな、世に名人達人は掃いて捨てるほどいると。
十兵衛は宗矩の言葉を思い出して表情を引き締め、老婆と語り合うおりんを横目で眺めた。
おりんとてひょっとすれば、世に知られぬ名人達人より兵法を学んだのかもしれぬ。
十兵衛の知らぬ技に熟練しているかもしれない。それに茶屋の老婆を守るために、刀を腰に差した浪人と向き合ったのは称賛に値する。男の十兵衛ですら、刀を持った相手と対峙する時は緊張するというのに。
「な、何さ」
おりんの声に十兵衛は我に返った。彼女は薄く頬を朱に染めていた。
「ん、いや何でもない」
十兵衛は団子を食べ終え、茶を飲んだ。食事の後に団子を十数本も食べるとは、今も昔も甘いものは別腹なのだ。
「ごちそうになったな」
十兵衛は床几に代金を置いて立ち上がった。彼はいつも釣り銭は受け取らなかった。
「ばあさん、おりん、危うくなったら風摩に行けよ」
「染物屋かい、なんで」
「あいつらは俺の知り合いだ、浪人にからまれたら助けを求めろ」
「ねえ、あんたは何なのさ」
おりんは十兵衛に問う。彼女から見れば、十兵衛は弱そうだが、それでいてただ者ではなさそうだ。
「ただの七郎だ」
そう言って十兵衛は通りを行き交う人々の雑踏にまぎれた。
その日の夜だ。
昼間、茶屋に団子をせがんだ浪人は古寺の境内でうめいていた。
ーー腹が減った……
木の幹に己を預けて夜空を見上げる浪人は、名を伊三郎といった。
仕えていた藩主が突然死して藩は改易となり、伊三郎は浪人となった。
跡継ぎもなく養子縁組も許されなかったため、藩は瞬く間に改易されーー
伊三郎もまた浪人となった。両親は既に他界し、親戚や兄弟姉妹もなかったので、伊三郎は天涯孤独の身の上になった。
江戸に行けば食えるだろうと思っていたが、考えが甘かった。江戸には浪人が集まってきていて、誰もが必死であった。
刀は早々と質屋で金に変え、数ヶ月は生き延びてきたが、それも限界だ。
ーーな、なぜ俺だけが……
伊三郎の目元に涙が光る。泣きはしなかった。泣いて心を洗えなかった。彼の心は憎悪によって暗黒に塗り潰されている……
そんな伊三郎のすぐ近くの地面が盛り上がり、土をかきわけ何かが伸びてきた。
その妖しい光景を伊三郎は夢心地で見つめていた。己が狂ったと思ったのだ。
やがて地から生えた妖花は人の形をなしていく。それは女の姿をしていた。