茶屋の一幕
「そうか」
十兵衛は団子を頬張った。この茶屋の団子よりも美味い団子を出す店は、少なくない。
が、十兵衛は気に入っているのだ。江戸城から近いというのもあるが、何より茶屋の老婆の心意気が気に入っていた。
それよりも、と十兵衛は思う。おりんを横目で見てみれば、彼女は老婆を手伝っていた。
立ち姿が絵になるのは、体の芯がしっかりしているからであろうか。いわゆる体幹が鍛えられているのだ。
ーーどこぞで兵法を学んでいたのだな。
十兵衛はぼんやりと、そんな事を考える。彼は兵法の事になると夢中になる。
宮本武蔵いわく、常に兵法の道を離れず。
己の進む道から離れない事こそ、人生の肝要だ。
「どうぞ」
おりんが幾分ためらいがちに十兵衛の着いた床几の脇に茶を置いた。
「おお、すまん。いや、しかしなんだな、若い娘さんに茶をいただけると気分がいいな。器量もいいし」
「な、何を言って」
おりんは僅かに頬を朱に染めた。
「婆さん、いい看板娘だな。お孫さんか」
十兵衛はやってきた老婆に尋ねたが、機嫌悪そうにそっぽを向かれた。
「んん、どうしたんだ婆さん」
十兵衛はいぶかしんだ。これは彼が悪い。女心は天地宇宙と同様に広くて深いのだ。
茶屋の老婆は、十兵衛がおりんに話しかけている事に嫉妬を覚えていたのだ。
「き、今日も団子が美味いな」
十兵衛は本能的にーー女心の深さが理解できているわけではなかったーー世辞を言った。それで老婆も少しだけ機嫌を良くしたようだ。
「当たり前だよ、うちの団子は美味しいさ」
「うむ、婆さんも仁徳あふれた天女のような方であるからな」
「はいはい、わかったよ」
「ねえ、おばあちゃん。この人、何なの」
おりんはたまらず質問した。
「そうだねえ、よく来る客だけど…… 旗本の四男五男の冷飯食いじゃないかな」
老婆の言葉に十兵衛はむせた。まさか、そのように見られていたとは。
「そうなんだ」
「きっとそうだよ、暇そうだし。お客さんだから相手するけどねえ」
「うわあー、旗本迷惑男なんだー」
おりんと老婆は十兵衛の目の前でそんな話をする。たまらず十兵衛もひきつった笑みを浮かべた。
「あたしもそろそろお店閉めようかと思ったけど」
「そんなあ、おばあちゃん」
おりんはたまらず悲しい顔をした。十兵衛は後で知ったが、おりんは江戸郊外の庄屋の娘で、兄の結婚を機に、家を出た。兵法は祖父から学んだという。
「後を継いでくれる人でもいれば、その人に任せようかと思うけど」
「おばあちゃん、わたしはどうかな」
「ちゃんと亭主を持ったら、店を継いでもいいけど」
そこで老婆はちらりと十兵衛を見た。意味深な眼差しである。
「えー、やだよこんな弱そうな人」
おりんの言葉もまた意味深だ。十兵衛は苦い顔で茶を飲んだ。