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柳生の剣士  作者: MIROKU
無明を断つ
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明日への誓い

 右足での小外刈だが、國松の左足は瞬時にそれを避け、刹那の間に閃いて空振りした十兵衛の右足を払うーー


 燕返しと後世に伝わる鮮やかな技だ。体勢を崩した十兵衛は、床に尻をついた。


 國松の体が沈む。彼は十兵衛と組み合ったまま、素早く床に正座した。


 と見えるや、國松は十兵衛の右手首を捕らえてひねりあげ、そして脇へと投げた。


 十兵衛の体は背中から床に落ちた。國松の技をこらえれば、右手首が折れていただろう。


「くう……」


 十兵衛は悔しげに床でうめくと立ち上がった。國松も立ち上がった。今、彼が見せた技は宗矩より伝授された技だという。


 十兵衛には伝授されていない、座敷内での技だ。かつて國松は城内で刺客に襲われる事を想定し、その対処法を宗矩から学んでいた。


「今日はこれまで」


 國松は息をついた。その技量は十兵衛以上である。


「何ゆえ手心を加えたか」


 國松は十兵衛に問う。怒りとも失望とも判別できかねる感情が、國松の中で渦を巻いていた。


「手心ですと」


「そうだ、お主は」


 そこで國松は言葉に詰まった。

 十兵衛は國松との手合わせで実力の半分も発揮できていない。


 先日の魔性との対決を思い出せば、よくわかる。あの時の十兵衛は、今の比ではなかった。


 そして刹那の間に閃いた十兵衛の球車たまぐるま…… あれは神業だ。魔性の人狼も、あの技によって心が折れ、感服し、そして死を受け入れたように思われた。


「いや、止そう。余は十兵衛の敵ではないからな」


 そう言って國松は口元に笑みを浮かべた。そう、十兵衛の真なる敵は江戸の平和を乱すものであり、そのために命を懸けている。


 命を懸けて戦うからこそ、十兵衛は実力以上の実力を発揮できるのだ。だからこそ江戸の守護者に相応しいのだ。


 十兵衛の本職は三代将軍家光の御書院番(親衛隊)だが、これは仮の身分に過ぎない。


 実際には國松と共に凶賊に立ち向かう特務に就いていた。十兵衛は江戸城御庭番を率い、國松は染物屋風磨の忍びを従え、明日なき戦いの道を歩んでいたのだ。


「恐れ入りまする」


「十兵衛、改めて余は誓う。兄上の治めし城下を、そこに住まう人々の平和を守るとな。公の徳川忠長はすでに死んだ、ここにいるのは國松という男だ」


 國松は道場の上座に目を向けた。

 十兵衛もつられて隻眼を向ければ、香取大明神と鹿島大明神の掛け軸が目についた。


 武徳の祖神、香取大明神たる経津主大神ふつぬしのおおかみ


 剣と雷の神、鹿島大明神たる武甕槌大神たけみかずちのおおかみ


 国家安泰を司る二大武神は、まるで十兵衛と國松のようである。

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