光明を目指して
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十兵衛は板の間の道場にいた。
柳生屋敷の庭にある道場だ。稽古袴に着替えた十兵衛は、隻眼を閉じ瞑想している。
呼吸が整い、気力が全身に満ちてくる。手のひらも暖かい。心は晴れて、天地宇宙の気と調和するかのようだ。
今の彼は清廉なる気を放つ、一人の兵法者である。たとえ勝てずとも、今の十兵衛は挑んでいくーー
「ーー参れ」
十兵衛の眼前には、同じく稽古袴姿の國松が立っていた。信長の血を継ぐ國松は、今は戦国の魔王のごとき形相だ。
十兵衛、國松共に心は乱れていた。渦が巻いている。
女首領に率いられた義賊を討ち、その全滅の噂を江戸市中に流した。
そのおかげで浪人による押しこみ強盗の件数は激減した。江戸には数万人の浪人がいる。模倣犯が相次いでいたのは、特別な事ではなかった。
十兵衛は、おりんとの約束を果たし旅芸人一座の催し物に出かけた。だが心は晴れぬ。旅芸人一座の公演は終わり、不気味な妖怪のロウ人形の展示会になっていたから……というわけではない。
十兵衛も國松も江戸の治安を守るという務めを全うできた。
だが義賊を皆殺しにした事が、両者の心を痛めた。
ゆえに二人は手合わせを求めた。
全身全霊を振るうしか、十兵衛と國松の憂鬱を晴らす手段があったろうか。
彼らもまた人間である。終わりなき辛苦の中で正気を保っていられるほど、十兵衛も國松も強くはない。
辛苦を断つには人間を捨てれば良い。人間としての仁義礼智信、全て捨てれば楽に生きられる。大半の浪人のように嘘をつき、盗みを働き、女を犯し、人を殺せるようになれば何も恐れるものはない。
が、二人にはそれが無理だ。
「では……」
十兵衛はゆっくりと一歩を踏みこみ、二歩目で一気に國松に向かった。
風のような速さで迫った十兵衛に、國松は身をさばいて側面から組みついた。
互いにうめきをもらしながら十兵衛と國松は組み合った。後世の柔道のようだ。
互いに右手で対手の襟元を、左手で対手の右袖をつかんで離さない。組みつく事で相手の技を封じるという意味もある。
「ふーー」
吐息と共に十兵衛は國松へ足技をしかけた。




