表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
柳生の剣士  作者: MIROKU
無明を断つ
42/47

無明の明日18

「そうか……」


 國松の声に哀憐がこもった。

 だが、それは一瞬だった。國松は鍔迫り合いの姿勢から素早く飛び退いた。


 盗賊が体勢を整えるより早く、國松は拝み打ちの一刀を放つ。

 鋭い一刀は、盗賊の顔を真一文字に斬り裂いていた。


 が、盗賊は絶命しなかった。彼は刀を手放しながらも、國松に抱きついた。


「た、頼む……」


 盗賊は國松の耳元に囁いた。直後に力尽きた盗賊の体が地に倒れた。

 國松の胸元は盗賊の返り血に濡れた。絶命した盗賊の言は何を意味しているのか。それはもちろん、盗賊達の女首領の事だろう。


「あ、ああ……」


 盗賊の女首領は呆然と立ち尽くしていた。己の部下達は、彼女を守って死んでいった。

 風魔の者達も、盗賊達の命がけの行動に怯み、女首領に斬りこめずにいた。


 この間、御庭番の源と政は繁みの中から虐殺を眺めていた。


「ひ、ひでえ……」


 源は大きな体を僅かに震わせていた。彼は風魔忍者がためらいなく盗賊を斬り捨てていく様に、戦慄したのだ。


「皆殺しにしなくても……」


 政は風魔忍びのやり方に怒りを感じていた。國松の真意を知らぬ彼には、風魔忍びが血も涙もない悪鬼に思えて仕方なかった。


 かと言って、源と政に何ができようか。相手は家光の弟、國松の率いる風魔忍者だ。

 大納言忠長は秘密裏に生かされた。そして國松と名乗り、江戸にはびこる悪党を殲滅させる事を使命としていた。


 彼らと御庭番は意見が合わぬ。御庭番は江戸城警護が任である。風魔のやり方に口を挟む事はできぬが、反発は絶えない。


「……もうよかろう」


 國松は頭巾の奥から、くぐもった声を出した。普段の彼からは想像がつかぬ、弱気な声であった。


「見逃してやれ」


 國松は風魔忍者にそう告げた。動揺する風魔忍者の前で國松は刀を鞘に納めた。盗賊団は女首領を残して、全員が斬られていた。


「見事なりーー」


 國松の脳裏に苦い記憶が思い出された。

 兄の家光の命により、忠長は改易される事が決まった。所領は十分の一程度を残して没収された。仮にも将軍の弟に対して幕閣は非情な命を下したのだ。


 これに家臣は憤るかと思われたが、数千人の家臣は誰も江戸幕府に抗う事はなかった。

 家臣のほとんどは江戸旗本の次男三男であった。彼らは改易の命が下ると、足早に江戸の実家へ帰ってしまった。


 忠長につき従ったのは僅かであり、十兵衛や木村助九郎は幕閣側でありながら味方についた。


(余のために、真に命を懸けてくれたのは、十兵衛と木村のみであったな)


 國松は昔日を思い出した。同時に盗賊の女首領が羨ましかった。彼女を守るために、配下の盗賊達は平気で命を捨てた……


「何処へでも去るがいい」


 國松は女首領に告げた。覆面で顔を隠した女首領の表情はわからない。

 が、その顔からは血の気が引いていた。自分のために命を捨てた男達への、様々な感情が渦を巻き、一時的に混乱させているようだった。


 刀を抜いたままの風魔忍者に囲まれたまま、女首領は体を小刻みに震わせていたがーー

 やがて変化が訪れた。


 ーーあああああ!


 女首領は夜空に吠えた。月光の下、彼女は血涙を流していた。


 月明かりの下で女首領の体に変化が起きた。黒衣を引き裂いて肉体は肥大し、その顔は人ならざる存在へと変わっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ