無明の明日17
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十兵衛が気づけば、彼は一人、夜の中に立っていた。
月光蝶の姿は何処にもない。十兵衛は柳生の屋敷からさほど遠くない路上に一人、刀を右手に佇んでいたのだ。
般若面の奥で十兵衛の隻眼は燃えている。彼は己の使命を思い出したのだ。
ふと、十兵衛は國松が潜んでいるという商家を思い出した。場所はわかっている。
十兵衛は三池典太を鞘に納め、夜の中を駆け出した。
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染物屋の風磨は風魔忍者の末裔だ。
十兵衛が産まれる少し前、風魔忍者は江戸を荒らし回っていた。
彼らは密かに命を受けた宗矩と忠明によって成敗された。
首領の小太郎の首と引き換えに、風魔忍軍は生かされた。
平時は評判の染物屋、だがその実態は幕府お抱えの実戦部隊として、彼らは荒事を難なくこなしていく。
御庭番の本来の任務は、江戸城の警備である。なので幕閣でも御庭番を治安維持に使うのは、ためらいがちになる。
そのような時、染物屋の風磨は明日をも知れぬ実戦部隊として暗躍する。数年前の島原の乱でも、風磨の者が隠密として活躍した。
老中の松平伊豆守信綱や宗矩は、江戸に居ながらにして島原の状況を知っていたのであるーー
「ーーぐわ!」
風磨の者によって、盗賊団の一人が斬られた。黒装束に身を包んだ風磨の忍びは、無慈悲な暗殺者であった。
盗賊団は小柄な影をーー間違いなく義賊の首領だーー取り囲み、風磨の忍びに抵抗する。
だが盗賊団は力及ばなかった。一人、また一人と風魔忍者に斬られていく。
これは國松からの指示も影響しているかもしれぬ。國松は盗賊団全滅の命を、配下の風魔忍者に下していた。
それは模倣犯が相次いだからであった。職もなく金もない浪人達に礼節などない。彼らは金のために義賊を装い、押し込み強盗を働いた。
そのような模倣犯らは必ず成功するわけではなく、むしろ失敗の方が多かった。だが押し込み強盗の件数が急激に増加したために、國松も動かざるを得なかった。
ーー天晴れ義賊よと、褒め称えてやりたいところだが……
國松は素直にそう感じていた。だが、模倣犯による押し込み強盗の発生件数がうなぎ登りとあっては、彼も見逃すわけにはいかなかった。
今ここで義賊を全滅させ、浪人達の悪意を挫く以外に、江戸の平和を保つ術はないように思われた。
「うおおお!」
一人の盗賊が、國松へ踏み込んできた。決死の気迫から放たれた一刀を、國松は瞬時に抜いた刀の鍔本で受け止める。
國松と盗賊は鍔迫り合いの姿勢を取った。
「ーー何のために、そこまでやる」
國松はーー
元の大納言忠長は盗賊に問うた。
「す、全てだ!」
盗賊は叫んで刀に力をこめた。
「俺は生き返ったんだ!」
盗賊の渾身の気迫に、十兵衛以上の実力者である國松が気圧された。




