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柳生の剣士  作者: MIROKU
無明を断つ
41/47

無明の明日17


   **


 十兵衛が気づけば、彼は一人、夜の中に立っていた。


 月光蝶の姿は何処にもない。十兵衛は柳生の屋敷からさほど遠くない路上に一人、刀を右手に佇んでいたのだ。


 般若面の奥で十兵衛の隻眼は燃えている。彼は己の使命を思い出したのだ。


 ふと、十兵衛は國松が潜んでいるという商家を思い出した。場所はわかっている。


 十兵衛は三池典太を鞘に納め、夜の中を駆け出した。


   **


 染物屋の風磨は風魔忍者の末裔だ。


 十兵衛が産まれる少し前、風魔忍者は江戸を荒らし回っていた。

 彼らは密かに命を受けた宗矩と忠明によって成敗された。


 首領の小太郎の首と引き換えに、風魔忍軍は生かされた。

 平時は評判の染物屋、だがその実態は幕府お抱えの実戦部隊として、彼らは荒事を難なくこなしていく。


 御庭番の本来の任務は、江戸城の警備である。なので幕閣でも御庭番を治安維持に使うのは、ためらいがちになる。


 そのような時、染物屋の風磨は明日をも知れぬ実戦部隊として暗躍する。数年前の島原の乱でも、風磨の者が隠密として活躍した。


 老中の松平伊豆守信綱や宗矩は、江戸に居ながらにして島原の状況を知っていたのであるーー


「ーーぐわ!」


 風磨の者によって、盗賊団の一人が斬られた。黒装束に身を包んだ風磨の忍びは、無慈悲な暗殺者であった。


 盗賊団は小柄な影をーー間違いなく義賊の首領だーー取り囲み、風磨の忍びに抵抗する。


 だが盗賊団は力及ばなかった。一人、また一人と風魔忍者に斬られていく。


 これは國松からの指示も影響しているかもしれぬ。國松は盗賊団全滅の命を、配下の風魔忍者に下していた。


 それは模倣犯が相次いだからであった。職もなく金もない浪人達に礼節などない。彼らは金のために義賊を装い、押し込み強盗を働いた。


 そのような模倣犯らは必ず成功するわけではなく、むしろ失敗の方が多かった。だが押し込み強盗の件数が急激に増加したために、國松も動かざるを得なかった。


 ーー天晴れ義賊よと、褒め称えてやりたいところだが……


 國松は素直にそう感じていた。だが、模倣犯による押し込み強盗の発生件数がうなぎ登りとあっては、彼も見逃すわけにはいかなかった。


 今ここで義賊を全滅させ、浪人達の悪意を挫く以外に、江戸の平和を保つ術はないように思われた。


「うおおお!」


 一人の盗賊が、國松へ踏み込んできた。決死の気迫から放たれた一刀を、國松は瞬時に抜いた刀の鍔本で受け止める。


 國松と盗賊は鍔迫り合いの姿勢を取った。


「ーー何のために、そこまでやる」


 國松はーー

 元の大納言忠長は盗賊に問うた。


「す、全てだ!」


 盗賊は叫んで刀に力をこめた。


「俺は生き返ったんだ!」


 盗賊の渾身の気迫に、十兵衛以上の実力者である國松が気圧された。

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