無明の明日14
「これで余を制したと思っておるのか」
「まさか」
忠長の問いに十兵衛は冷静に答えた。これが戦場であるならば、相手の命を奪うまで戦いは続くのだ。
十兵衛の父もまた、こう言うであろう。
残心、と。
勝敗の決するまで気を抜くなと。
「しかし、ますます気に入った」
忠長は刀を下段に構えながら、十兵衛へ一歩、間合いを詰めた。
「気に入らぬのが気に入った」
忠長、静かに微笑した。同時に踏みこみ、袈裟がけに十兵衛に斬りつけた。
十兵衛はその一閃を後退しつつ、身を翻して避けた。
半円を描くような十兵衛の動きは、無刀取りの真髄であった。彼の体は忠長の刃の死角へーー
忠長からは遠く、己からは近い距離へと移動しながら、十兵衛は反撃の機会をうかがう。
「ーーは!」
十兵衛は忠長の側面から、肩を用いて体当たりした。当たりは浅いが、忠長は数歩後退した。
忠長へ組みつこうとした十兵衛だが、その彼の頭上へ忠長が一刀を打ちこんだ。
刃が空を裂く。十兵衛は横へ前回り受け身しながら刃を避けていた。
互いに間合いを離し、道場内で対峙する十兵衛と忠長。
いつの間にか両者は本気で対峙していた。
十兵衛の心からは己の使命など消えていた。忠長を無刀取りで制した後は、紀州公らとの交流を断絶するように進言するーー
それが十兵衛の思い描いた展開であるが、今ここに到っては、彼の脳裏からは消えているらしい。
あるのは、一瞬の勝機に己の全てをこめる気迫だ。
「十兵衛、余に仕えよ」
忠長もまた不敵な笑みを浮かべていた。天下広しといえど、忠長と対等に接してくれる者などいない。
その孤独が満たされていくのを忠長は感じていた。十兵衛との命がけの対決が、忠長の虚無を埋めていっていた。




