無明の明日13
ーーおいたわしや忠長様。
十兵衛には忠長の孤独が理解できる。
失った右目に勝るものを以て、十兵衛には忠長の心が理解できる。
忠長は最初から幕府には不要であったのだ。それが十兵衛には理解できる。
十兵衛もまた、家光には不要扱いされてきた。家光は事ある毎に十兵衛に苛立ちをぶつけた。
それは家光の妬みであった。右目を失った十兵衛だったが、それこそが十兵衛の人生の始まりではなかったか。
小野忠明の指導、春日局の気に入りよう、父たる宗矩との無刀取りを練磨する修行の日々……
十兵衛は輝いていた。視力に不安のある中で、十兵衛は必死に前を向いていた。
いつ果てるかも知れぬ人生に、死に花を咲かさんとしていた。
が、忠長にはそれがない。あったのは失望ばかりだ。
兵法、軍学。己を磨けば磨くほど、幕閣は忠長を危険視した。忠長が伊達家や島津家の使者に会い、幕府転覆を考えるのも、当然の成り行きだった。
「それがし斬られて果てた時は、木村殿に後事を託してありまする」
十兵衛はすでに遺書をしたため、助九郎に渡してあった。死んだ時に備えてだ。生きていれば、忠長を無刀取りで制する事ができれば、十兵衛自ら忠長に進言すべき事がある。
「参れ」
道場中央に進み出た忠長は鞘から刀を抜いた。
「応」
十兵衛も進み出て、道場中央で忠長と対峙した。彼は無手である。無手で刀を制してこそ無刀取りであり、忠長をも納得させる事ができるだろう。
助九郎が見守る中で十兵衛と忠長、どちらからともなくしかけた。
「キイエーイ」
忠長の烈火の気迫、そして打ちこまれた刃。
十兵衛は素早く忠長の右手側に回りこんでいる。
「おお」
声を発したのは助九郎だ。十兵衛の左足は、踏みこんできた忠長の右足の踵を払っている。
ダアン、と忠長は板の間に仰向けに倒れた。十兵衛、一瞬の早業だ。後世の柔道における小外刈りだ。
これが試合ならば一本勝ちだ。大抵は負けた側も見事な一本勝ちに感心するが、これは試合ではない。
「うう!」
十兵衛、叫んで飛び退いた。倒れた忠長が刀を横に薙いできたからだ。飛び退かなければ、膝から下を両断されていたろう。
立ち上がった忠長は鬼神のごとき迫力で十兵衛を見据えた。十兵衛の小外刈りで感服するどころか、火に油を注いだ事態に発展したようだ。
忠長は本気で十兵衛を斬ろうとしているーー
ーーなんたる凄まじい鬼気……
十兵衛は忠長の顔に鬼を見た。それは忠長の内で長年に渡って養われてきた、負の感情であった。




