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柳生の剣士  作者: MIROKU
無明を断つ
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無明の明日7

 十兵衛と山賊、両者は無言で対峙した。

 無手になった十兵衛が圧倒的に不利のはずだが、山賊は踏みこめずにいた。


 十兵衛は両手を開いて、顔の前に持ち上げている。お手上げ、降参の意味にも取れそうだが、般若面の奥からは不屈の精神が感じ取れた。


 山賊は長巻を構えたまま踏みこめない。十兵衛に気圧されているのだ。

 その間隙を衝いて十兵衛は踏みこんだ。疾風のごとき速さだ。


 十兵衛は右掌を打ちこむ。同時に左掌も打ちこむ。十兵衛の左右の掌が山賊の胴丸に打ちこまれた。

 重ねた両掌からの衝撃が山賊の胴丸を越えて、内臓へと伝わる。山賊は息苦しさに蒼白になった。


 十兵衛の動きは止まらぬ。彼は山賊の右手首を左手でつかむと、独楽のように体を回した。

 山賊は十兵衛によって投げられ、大地に背中から落ちた。


「うう……」


 それでも立ち上がろうとする山賊に十兵衛は左足で踏みこんだ。脛当てのつけられた右足で回し蹴りを放つ。

 十兵衛の全体重の乗った右回し蹴りは、立ち上がろうとしていた山賊の側頭部に叩きこまれた。鈍い音と共に山賊は再び地に倒れ、そして動かなかった。


 十兵衛は山賊を見下ろし、やがて息をついた。金属製の脛当ての表面に、血と数本の頭髪がこびりついていた。


 ーーこれで良いか……


 十兵衛は般若面越しに夜空を見上げた。十数名の山賊は、皆死んでいた。辺りには血臭と死の気配が漂っていた。

 十兵衛が人を殺したのは、この時が初めてであった。いかに死に行く者の最後の願いだったとはいえ、今の彼は人殺しには違いない。


 だが、それでも彼は仏法天道に導かれていたかもしれない。

 闘争に明け暮れる修羅も、時に仏敵を降伏するからこそ、仏法の守護者であるのだ。


 今この時、十兵衛の戦いには意味がある。腕自慢技自慢でもない、己の力を誇示するためでもない。

 仇討ちのため、命懸けで数に勝る敵に挑んでいく。そんな事は容易にできる事ではない。


 ーーこれが俺の背負う責というものか。


 十兵衛はしばし呆然とした。幕閣の者、特に旗本階級の者から柳生家は妬まれていた。


 先祖から戦場を駆けてきた旗本ですらが大半は数百石だというのに、将軍家剣術指南役にして幕府大目付たる柳生家は今では一万石の大名であった。

 そのため幕閣の一部では「柳生の剣は魔剣」と蔑まれている。無刀取りに関しても実体が外に漏れぬ以上、妖術のように思われていた。


 まだある。十兵衛は家光の辻斬りを止めた。それが故に三代将軍家光の下では、十兵衛は出世を望めない。命懸けの隠密行を任されているのが証明だ。

 弟二人が家光の小姓になり、気に入られている事が十兵衛には救いだ。己が死すとも柳生家には未来がある。


 そして、この寒々しい血と闘争の道にも救いがある。


 ーーせめて人の役に立ってから死のう。


 その思いある限り、十兵衛は自身が踏みこんだ兵法の道に後悔はない。

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