無明の明日4 生きる勇気
突然、十兵衛は振り返りながら右手の三池典太を横に薙いだ。
十兵衛の背後に近づいてきていた魔性の首が一刀の下に切断されて、夜空に舞い上がった。
魔性の首が地に落ちる前に、十兵衛はすでに前を向いている。右目を失っている十兵衛だが、その分、他の感覚は常人よりも研ぎ澄まされていた。
聴覚と嗅覚は人並みはずれ、微かな音や匂いに敏感だ。その肌は風によって流れてくる殺気を感知する。また勘も鋭く、巧みな言葉の中に混じる虚実を見抜く。
失った右目に勝るものを十兵衛は得ているのだ。その感覚が隠密行の最中で、幾度も十兵衛を救ってきた。
ましてや手にした三池典太は、後世で国宝に数えられるほどの名刀であった。その煌めく刃は魔物をも斬ったと伝えられている。
三池典太は春日局より十兵衛に賜られたものだ。三代将軍家光による女ばかりを狙った辻斬り、それを春日局から密命を帯びた十兵衛が阻止した。その褒美として、この名刀を賜ったのである。
黒装束に身を包み、黒塗りの般若面を被った十兵衛。二刀を提げて月下に佇む姿は、まるで十兵衛が一個の魔物であるかのようだ。
だが、十兵衛の心中には暖かく明るいものが在るーー
ーー明日は会いたいな。
十兵衛は般若面の奥で笑った。心中にはツンと澄ましたおりんの顔が思い浮かんだ。
死の覚悟と同時に、十兵衛は生きる勇気をも得た。
「ーーいくぞ」
小さくつぶやき十兵衛は踏みこんだ。疾風のような速さで振るわれた三池典太の一閃は、間近にいた魔性の首を一瞬で両断した。




