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柳生の剣士  作者: MIROKU
無明を断つ
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武の精神

 夜の闇に放りこまれると、人間は思い知らされる事がある。


 この闇の中は、人間の住まう世界ではないと。人ならざる者達の住まう世界だと。


 夜の闇を克服するのに、人類は数百年を経なければならぬ。闇は人間を成長もさせる。


「ーーいくよ」


 闇に蠢く覆面の者。発した声は女のものだ。従う男達は応、と答えた。


 商家の裏門の高い屏へ、覆面の女は飛び乗った。尋常ではない跳躍力を披露した女は、屏の上から縄を下ろして配下を引き上げていく。


 噂に聞く女盗賊だ。今宵この商家では、盗賊団によって大金を盗まれたが、不思議と死傷者はいなかった。





 十兵衛の姿は江戸城内の道場にある。彼の本職は書院番であり、将軍家光の護衛を任としている。


 が、十兵衛は書院に詰めるという事はない。弟の左門と又十郎の二人が家光の側にいれば充分すぎるという考えもある。


 そしてまた彼の背負う任は、家光の護衛に劣らぬものである。

 稽古袴の十兵衛は、板の間の道場中央に立ち、左の隻眼を閉じた。


 瞑想する十兵衛の心中に、父宗矩の技がよみがえる。かつて無刀取りの術を学んだ時、宗矩は踏みこんできた十兵衛の足を払って横倒しにし、組ませもしなかった。


 ーー未熟。


 宗矩の厳粛な声もまた、十兵衛には活となった。そして師事した小野忠明の事も十兵衛の脳裏によみがえる。


 ーーほれ。


 忠明は左手に乗せた石に、右手の手刀を打ちこんだ。気合いもなく、力をこめたようには見えなかったのに、忠明の左手上の石は真っ二つに割れていた。


 ーー十兵衛さんの親父殿には及ばんが、わしとてこれくらいはな。


 忠明の目が、若い十兵衛には怖かった。宗矩と同じく将軍家剣術指南役ながら、忠明の一にらみで幕閣の誰もが震え上がっていた。


 ーー十兵衛さん、その眼だよ。わしが気に入っているのは、十兵衛さんの眼、いや心意気だ。


 忠明は言った。十兵衛の眼が好きだと。

 己よりはるか格上の者を前にして、怯みつつも尚、戦意を失わぬ十兵衛の気概を。


 それでこそ男だと。


 ーーたとえ殺されても一歩も退かぬ気概、それこそ戈を止めるもの…… 武というものだ。


 忠明はそう言った。武の精神を説いたのだ。


 なるほど、命を捨てて江戸を守らんとする今の十兵衛こそ、武の体現に他ならぬ。ひょっとしたら、それは忠明に導かれて到達した境地だったかもしれない…………


 十兵衛は瞑想から醒めた。心は現実に引き戻された。

 江戸を騒がしつつある女盗賊、彼らの行いは天晴れなれど、放っておくわけにはいかぬ。

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